私たちは「福祉」という言葉をよく使いますし、耳にも目にもします。でも、そもそも「福祉」という言葉の意味を知っていますか? 福祉とは、幸せや豊かさを意味し、公的扶助によって人々の幸福な生活を提供することを指します。すべての人が健やかに人間らしく暮らすことができるよう支える社会福祉制度には、障がい者福祉、高齢者福祉、児童福祉などがあり、法律に基づいてさまざまな福祉サービスが提供されています。札幌や近郊で、サービスの利用者目線の企業理念を立て、障がいのある方や高齢者向けの福祉サービスを提供している会社がH.Eウェルネスです。この6月に就労継続支援B型事業所「にっか」を豊平区南平岸でスタート。「にっか」を担当する同社執行役員の武田康幸さんに会社のことや「にっか」のことを伺いました。
利用者さんに「想像以上の日常と感動を」。前向きにサービスを利用してほしい
H.Eウェルネスは、太陽光発電の事業からスタートしたH.Eグループの子会社。札幌に拠点をおく同グループでは、エネルギー、農業、食品関連、不動産、そして福祉と、環境・経済・社会の3つを融合させた総合事業を展開しています。
「もともと太陽光発電のH.Eエナジーの前身であるヒロエナジーに入社し、道東エリアの営業を担当していたんです」と話す武田さん。出身は東京で、介護系の会社で働いていましたが、転勤で札幌へ。そのまま、地元出身の奥さまと結婚した後、転職をしたのがヒロエナジーだったそう。
「半年くらいして、福祉事業が立ち上がるということになり、もともと福祉業界の出身ということで、やってもらえないかということでウェルネスの前身のユートラストへ移籍しました。ちょうど2020年の11月ですね」
理念は「想像以上の日常と感動を」。福祉事業と言っても、自分たちが提供するのは福祉サービスであり、サービス業であるという考えのもと、サービスを受ける利用者さんたちに想像以上のものを得てもらいたいと、この理念に決めたそうです。
「どうしても福祉サービスを受けるというと、利用者さんにはネガティブに捉えられがち。でも、受けて当然のサービスなのだから前向きに受け取ってほしいという思いを込めています」
こうした想いをベースに、最初に手掛けたのは障がい者のグループホーム事業でした。障がいのある人たちが数名で共同生活する場を提供、支援し、障がい者の自立と社会参加を促すというものです。福祉業界にいたといっても、武田さんが携わっていたのは高齢者介護だったため、障がい者福祉に関しては手探りからのスタートだったそう。立て続けに保育園事業立ち上げにも携わり、昨年、障がい者、高齢者のためのヘルパー事業を他社から事業継承します。
「ヘルパー事業というのは、福祉事業における根幹だと僕は思っています。ヘルパー事業はやるべきだと考えていました。多くの方が、自分の家や住み慣れた地域で暮らし続けたいと思うんです。でも、あれができない、これができないという理由からそれを諦めなければならないことが多い。ヘルパーはそんな利用者の方たちが自宅や地域で幸せに暮らせるようにサポートするのが仕事ですから」
地域と関わりながら働ける就労継続支援B型事業所は、缶詰を販売する専門店
グループホームの運営、ヘルパー事業を通して、利用者さんやスタッフの話に耳を傾ける中、「幸せに暮らすためには働くことも必要で大事だ」と思ったという武田さん。地域社会で暮らすためには、働くという行為を通して社会参加することが必要であると考え、就労継続支援B型事業所の立ち上げについて考えはじめます。
「B型事業所をやるなら、きちんとその地域の人たちと触れ合うような場所でなければならないと考えていたので、地域の人たちが気軽に出入りできるような路面に面した店舗物件を2年近く探しました」
そして見つけたのが、地下鉄南北線南平岸駅から徒歩5分ほどの住宅街にある元ケーキ屋だったという店舗物件でした。準備をはじめ、就労継続支援B型事業所「にっか」は今年の6月にプレ開所し、本稼働は8月からになりました。
「にっか」で行う作業は、主に2つ。ひとつは、店舗物件を探していた理由でもある「食卓の魔法使い」の店舗作業です。「食卓の魔法使い」は缶詰の専門店としてオープン。誰でも買い物ができる場所となっています。利用者さんたちには表に出る接客はもちろん、POP作りや在庫管理などの裏方仕事もお願いするそう。
缶詰は、食品を扱うグループ会社の協力のもと、珍しいものを用意。中でも、大阪に本店がある缶詰バー「mr.kanso」のオリジナル缶詰は、通販以外のショップで購入できるのは珍しく、目玉商品となっています。
「地域の方たちにとっても有意義な場所にしたいと思っているので、気軽に足を運んでもらい買い物ができるようにしています。缶詰は、だし巻きやバターチキンカレー、パエリア、かきめしなど、ご飯を作るのが面倒なときやもう1品欲しいときにも活用できるようなものをそろえています」
この実店舗での販売のほか、地域のイベントなどにも積極的に参加したいと考えているそう。秋には地元で行われるマルシェにも出店を予定しています。
「地域の人と買い物を通じてやり取りすることで、利用者の皆さんには社会と繋がっている感覚を持っていただき、さらに自分たちが扱っているものが『売れた』という喜びややりがいも感じてほしいと考えています」
全国の事業所でも珍しいメタルエンボッシングアートを作業に導入
「にっか」で行っているもうひとつの作業は、手工芸の作品作り。メタルエンボッシングアートやガラスタイルを用いた作品を一つひとつ作っていきます。ところで、このメタルエンボッシングアートというのは、あまり耳慣れない名称ですが…。
「メタルエンボッシングアートとは、ヨーロッパのほうで何世紀にもわたってその技術が継承されているクラフト工芸。金属の薄いシートを押し出して模様や文字などを浮き上がらせていくものです」
実際に作品を見せてもらうと、繊細な模様が浮かび上がり、アンティークな雰囲気が感じられるものもあれば、アメリカンなポップなデザインのものまで多彩。
「うちに日本メタルエンボッシングアート協会の講師の資格を持っているスタッフがいまして、協会の全面協力のもと、利用者さんのアートセンスを生かしてもらった作品作りができればと考えています」
全国の就労継続支援B型事業所でも、このメタルエンボッシングアートを作業内容に取り入れているところはないと思うと武田さん。集中して手先を使った作業に取り組みたい人や、デザインなどに興味があり作品作りに没頭したいタイプの人には合っているかもしれません。
「町内会の会長さんにも地域の人とも交流ができるような場所にしたいと話をしていて、そのうち町内の人向けにメタルエンボッシングアートのワークショップなども開催できればと思っています」
ゆくゆくはオーダーメイドで表札の制作なども受けられるようになれれば、さらに利用者さんたちの自信や意欲にも繋がると考えているそうです。
主人公は利用者の皆さん。彼らの人生をサポートする太陽のような場所でありたい
「生きていくために働くというのは大事なこと。ここでは利用者の皆さんに、働くことを通してやりがいや喜びを見出してもらえたらと思います。そのためには、基本的な作業を一つひとつ丁寧に併走してやっていきたいと考えています。店舗事業のほうで言えば、『どうすれば商品が売れるか』を一緒に考えながら、地域に根差した店づくりをしていきたいです」
現在、「にっか」の利用希望者の方たちの見学を受け付けていると同時に、支援側のスタッフも募集しているそう。
「僕はこの仕事をしていて、福祉事業の主人公は僕らではなく、あくまで利用者さんたちだと考えています。自分たちは利用者さんの手であり、足であり、頭脳であり、利用者さんの引き立て役。利用者さんたちが楽しんで日々を暮らしている様子を見て、それを心から喜べる人が福祉の仕事には向いていると思います。僕自身、しばらく現場から離れていたのですが、『にっか』ができてから現場に出ることが増え、あらためて利用者さんに関わり、変わっていく様子を見るのが楽しい、面白いと感じています」
武田さんは、利用者さんに「ありがとう」と言ってもらえることを求めていないとキッパリ。中には、「ありがとう」と言ってほしくて福祉業界に入ってくる人もいるそうですが、「これだけではなかなか仕事は続けられない」と話します。
「利用者さんは、支援スタッフに感謝しようがしまいがどちらでもいいんです。権利として福祉サービスを受け、自分の人生をわがままに謳歌してほしいと考えています。だから、見返りを求めるのではなく、人って面白い!と興味を持って利用者さんと接してくれる人と一緒に働きたいですね」
ちなみにH.Eウェルネス全体では20人ほどの職員が在籍。未経験からこの業界に入った人もいるそうです。「会社自体、今は土台作りの最中。経験、実績を積み上げているところです。同じ方向を向いて一緒に取り組んでくれる人を待っています」と武田さん。
「H.Eグループは、人々の営みに欠かせないエネルギーや農業、不動産といった事業展開をしています。そこに福祉を絡め、グループ全体でシナジー効果を出していけたらと考えています。ゆくゆくは農福連携の事業も行えればと思います」
事業所名の「にっか」とは、太陽を意味する「日華」から名付けたそう。グループホームの「valo」もフィンランド語で光という意味。「もともと、太陽光発電からスタートしたグループということもあり、太陽や光をかけている部分もありますが、事業所やグループホームが利用者さんたちにとって太陽のように温かく、光に包まれた居心地の良い場所であってほしいと願って付けたんです」と、最後に語ってくれました。