あしたをつくる、ひと、しごと。

  1. トップ
  2. 仕事や暮らし、このまちライフ
  3. 30席の音楽ホールが奏でる音。「CREEK HALL」

仕事や暮らし、このまちライフ

30席の音楽ホールが奏でる音。「CREEK HALL」

2025.6.16

share

札幌市営地下鉄の宮の沢駅から歩くこと5分。住宅街の中にある石畳の細長い道を見つけ進んでみると、目の前に一軒家が現れます。ここが音楽ホールの「CREEK HALL(以下、クリークホール)」です。このホールを経営しているのが、小川直(すなお)さんと妻の英李(えり)さん。大規模ホールが多い札幌では珍しい小規模の音楽ホールをなぜオープンさせようと思ったのか、オープンまでの経緯やこれからの夢を小川夫妻に伺いました。

原点は、母が聴いていたクラシックレコード

福岡県出身の直さんは、クラシック音楽好きの母が買ってきたレコードを聴いて育ちました。小学5年生の頃には、母に連れられてウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏会へ。そこで初めて、生のオーケストラの音に触れたそうです。

中学生になると、ラジオから流れてきたビートルズの『Let It Be』を聴いたことをきっかけに一転、ポップスの世界へ。趣味でギターを弾き始めたのも、この頃でした。

こちらが、クリークホールの施設全般の管理を担当する小川直(すなお)さん。

「当時は、フォークギターが流行っていたんです。ギター雑誌についていたタブ譜と呼ばれる楽譜を見ながら、井上陽水や吉田拓郎、かぐや姫などの曲を弾いていました」

高校を卒業すると、東京への強い憧れを胸に上京。早稲田大学に進学し、アメリカ民謡研究会というサークルに入ります。アメリカ民謡研究会は、ブルーグラスと呼ばれるカントリー系の音楽を演奏するサークルで、直さんはウッドベースを担当していました。

「カントリー音楽が好きなわけじゃなかったんです。弦を弾いて音を出す撥弦(はつげん)楽器のバンジョーを弾くクラスメートに、暇だったらやらないかと誘われて。ブルーグラスは音楽自体がすごくシンプルで、ベースを弾くのは簡単だったけれど、大きくて持ち運びが大変でした(笑)」

大学時代は、クラシックの音楽喫茶にもよく通っていたそうです。

「当時は、都内のあちこちにジャズやクラシックを聴くための音楽喫茶というものがあったんですよ。大きなスピーカーが置かれていて、レコードをすごくいい音で聴ける。コーヒー一杯で、一日中いられたんです」

クリークホール内にも音作りのこだわりが散りばめられています。札幌でも珍しい6面体のスピーカー。

暮らしの中にいつも音楽があった直さんですが、実は作家を目指していたそう。大学卒業後は、「作家に近い場所で仕事をしたい」との思いから出版業界に飛び込みました。最初に入社したのは美術専門の小さな出版社。編集、営業、広告、倉庫作業まで幅広く経験し、28歳のときに総合出版社へ転職します。数々の人気雑誌の編集を担当しながら、直さんは仕事の幅を広げていきました。

一方で、音楽活動にも変化が。社会人になってからもしばらくは、大学の先輩たちとブルーグラスバンドを組み、ライブハウスに出演していた直さん。いつしか演奏するよりも聴くことに面白さを感じるようになり、再びクラシックの世界に浸るようになりました。

「クラシックは毎日聴いていました。普段は生活のBGMとして流していましたが、コンサートに行くと1〜2時間集中して聴きながら、その間にいろいろなことを考えるんです。音楽はクリエイティブでありながら、疲れているときは癒やしにもなる。つらいことがあった日はバッハを聴いたりしていましたね」

音楽は日々の生活の支えだったと語る直さん。やがて、仕事においても、長年身を置いた出版の世界を離れ、音楽に近い道へと進んでいきます。

音楽に関わる仕事をしたい、それだけを胸に

妻の英李さんは、生まれも育ちも札幌。幼い頃から、クラシックや歌謡曲など、幅広いジャンルの音楽に親しんできました。小学生の頃にはエレクトーンを習い、中学では吹奏楽部でクラリネットを担当。社会人になってからも、趣味で社会人吹奏楽団に所属するなど、音楽は常に身近な存在でした。

直さんの隣にいらっしゃるのが、クリークホールの事業全般を担当する小川英李さん。

大学を卒業してからは音楽教室の受付スタッフとしてアルバイトをしていました。そしてそのタイミングで出合ったのが、札幌市教育文化会館の仕事。契約職員ながら、ようやく制作の仕事ができるチャンスです。「これだ!」と飛びついた英李さんは、市民の芸術活動を支援する事業に従事し、イベントの企画や運営に力を注ぎました。

「きついことも多かったですが、本当にやりたかったことができたので思い切り働きました。この5年が今の自分の原点になっている気がします」

任期満了後は別の文化施設に移り、生涯学習講座の運営に関わりました。しかし、英李さんの中で「音楽の仕事をしたい」という思いが再び強くなっていきます。これが最後のチャンスかもしれない。そう感じた英李さんは上京し、コンサート制作の仕事を目指そうと決めました。

「小さいホールでもいいから、お客さまが喜んでいる姿を実際に見られる仕事をしたかったんです。そのときの勤務先は、公共施設のホールでした。担当は前職と同じ生涯学習講座の運営。でも、そこで経験を積みながら、いつか制作部門に異動できるかもしれないと思っていました」

札幌で自分たちのコンサートホールを作ろう

英李さんが東京で勤めることになったのは、出版業界を離れた直さんの転職先でもあった、文京区の公共ホール施設。直さんは、すでにホールの施設担当として働いていました。

2人は同じホールの職員として出会いますが、英李さんの入職後まもなく、コロナ禍に突入。エンタメ業界が大きな打撃を受ける中、英李さんは仕事を失い、心身共に疲れ果ててしまっていました。そんな中、英李さんの胸に、ある思いが芽生え始めます。

「地元で仕事をしたいと思ったんです。北海道ではエンタメの仕事をしたくても働き口が少ないから、東京に出るしかなかった。でも本当は、自分が好きな場所で仕事がしたい。だから札幌に戻ることに決めました」

一方、直さんは文京区の施設を退職し、音楽関係の出版社と業務委託契約を結んで編集の仕事を始めていました。当時英李さんとお付き合いしていた直さんも、共に札幌へ移住することを決断。そして2人はその後入籍し、自分たちのコンサートホールをつくろうと考え始めます。

「コンサートを企画する仕事に就くには壁がある。それなら、自分でホールをつくった方が早いんじゃないかと思ったんです。彼女は、僕以上に音楽ホールを持ちたいという気持ちを強く持っていました。だから、札幌に自宅を建てて1階をホールにしてみたらいいんじゃないという話をしたんです」と、直さん。

自宅兼ホールを作るには、専門知識のある建築家に依頼しなければなりません。2人は、以前英李さんが仕事で出会った、建築家の畠中秀幸さんにお願いすることに。フルート奏者でもある畠中さんは、2人の熱い思いに共感し、快く引き受けてくれました。

CREEK HALL主催公演で開かれるコンサート。多彩なアーティストが集います。

「いろいろ探した結果、今のクリークホールの場所にあった中古住宅をリノベーションすることになったんです。駅から近いのに、路地裏にあるから大通りの車の音も気にならない。家の前には石畳があって、まるで路地裏に迷い込んだようなワクワクする気持ちでコンサートに来てもらえると思いました」と、2人は当時のことを振り返ります。

こうして完成したホールには、音響や設計など、随所にこだわりが詰まっています。音の響きを考えたアシンメトリーな空間に、外の景色を眺めながら音楽に浸れるよう、音楽ホールとしては珍しい大きな窓を設置。音響効果を高めるために壁に貼られた木製のルーバーは、経年変化の美しさも楽しめるよう工夫されています。

木の香り、ぬくもりを感じながら音楽を聴けるホール。
天井にも音の厚みを出す工夫が!ホール後方天井に穴をあけて2階スペースと空間をつなげることで、演奏の音が2階にあがった後に1階ホール空間後方へと降り注いでくるような設計になっています。

「築50年の家がここからまた生まれ変わって、音楽とともに時を重ねていく。そんなメッセージが込められています」と英李さん。

直さんも、「道内外の若手アーティストたちを呼んで、コンサートやギャラリー展示をどんどん開催していきたいですね。30人ほどしか入れない広さですが、だからこそプレーヤーの息づかいや弦がふれ合う音を間近で感じてもらえます。そういう極上の音楽体験を、多くの方に味わっていただきたいです。若い音楽家たちには、このホールを足がかりにして世界に羽ばたいていってほしい。札幌の文化シーンを支える存在になれたらうれしいです」と熱い思いを語ります。

ホールに音が響き、人が集う

物件探しから1年以上の月日をかけて作り上げたクリークホールは、2024年3月31日にグランドオープンを迎えました。「クリークホール」という名前には、直さんと英李さんのこだわりが込められています。

「クリークは、小川という意味なんです。私たちの苗字も小川ですが(笑)、それよりもここで奏でられた小さな音楽がいつかうねりとなって、大海に注がれて欲しいという願いを込めました」と英李さん。

最初のうちは、もっと大きな建物だと思う人もいて、一軒家だと知ると驚かれることもあったそう。「建物の大きさにかかわらず、人が集う場所なら小さくてもホールなんです」と楽しそうに英李さんは話します。

グランドオープンの当日には、ピアニストの實川風(じつかわかおる)さんとビオラ奏者の田原綾子さんによる共演で、こけら落とし公演が開催されました。前年の夏から、英李さんが2人の拠点である東京のコンサートに足を運び、ホールづくりへの思いを伝えて出演をお願いしたそうです。そして、2週間後の4月14日には、箏(こと)奏者の木村麻耶さんとオペラユニット歌劇弾による2公演が行われ、クリークホールは本格的にスタートしました。

「自分たちが聴きたいと思った人をホールに呼べるのは、究極の贅沢です」と、直さん。「お客さまからも『来てよかった』と言っていただいたときは、ホールを作って良かったなとあらためて思います」と英李さんも話します。

ホールは、コンサートの他にもギャラリーとして活用することもあり、アート目当てにふらりと入ってきてくれる人もいるそうです。ホールが使用中でなければ、カフェ利用もできるので、訪れた人が小川夫妻とゆったり話をすることも。普段だったらなかなか会うチャンスがない人と話をできるのも、このホールの魅力だと2人は話します。

開催中(2025年6月現在)のギャラリー

一方で、札幌ではまだこのような小規模ホールが根付いておらず、思ったように集客できていないという課題を感じることもあるそう。東京で満員になるような演奏家でも、札幌では思ったほどチケットが売れないことも…「でも」と英李さんは続けます。

「だからこそ挑む価値はあると思います。素晴らしい演奏家を呼んでもそれが伝わりきらないという葛藤はありますが、『あそこに行くといい音楽に出会える』と思ってもらえるように、続けていかなきゃいけない。クリークホールのファンが生まれてくれるのが理想ですね」

これからの夢も、音楽と一緒に歩みたい

クリークホールの立ち上げから約1年。「次は第2のクリークホールを作りたい」と、直さんは語ります。

「例えば、100人から200人規模のホールを借りて、クリークホールの名前でコンサートを開く。それもひとつの夢ですね」

英李さんも「同じ志を持つ場所とつながりながら、それぞれの持ち味を生かして地域全体を盛り上げていきたい」と続けます。

今後も、「拠点は札幌」と話す2人に、北海道の魅力を尋ねてみました。

「東京にいると、選択肢が多すぎてコンサートに行かなくなってしまうことがあって。札幌ぐらいの規模がちょうどいいのかもしれないと思います。札幌って、僕みたいに道外から移住して来る人間からすると、思った以上に都会なんです。生活するには何の不便もない。もう少し自然があってもいいのにって思うくらいです(笑)」と直さん。

北海道生まれの英李さんは、道民という存在そのものに惹かれているといいます。

「北海道の人って、妙に自分の住んでいる土地を誇りに思っているところがあるじゃないですか。愛すべき道民の気質ですよね。東京に憧れながらも、東京に行くとやっぱり北海道っていいよねって言っちゃう(笑)。そういうところが大好きなんです」

そんな2人に、音楽の仕事に就きたい人や、新しいことを始めてみたい人に向けて、アドバイスをお願いしました。

英李さんは、自身の経験を振り返ってこう話します。

「私はずっと制作の仕事にこだわってきましたが、振り返ると、事務職でも営業でも、すべての経験が今に生きていると感じます。どんな仕事も無駄ではない。自分が何をしたいのか分からなくなるときもあるけれど、核となる思いは持ち続けてほしいですね。いろいろな関わり方をしているうちにチャンスが巡ってくることもあるし、人に話すことで何かにつながる可能性もありますから」

直さんは「叶えたいことがある時に、何より大事なのは、人とのつながりです。困ったときに支えてくれる人がいるかどうか。だからこそ信頼できる仲間を大切にしてほしいです」と話します。

最後に、音楽への思いを尋ねると、それぞれの言葉でこう答えてくれました。

「音楽は、子どもの頃からずっとそばにあるものでした。言葉では伝えきれないものが音楽にはある。だからこそ、今こうして音楽に関わる場所をつくれたのは、とても幸せなことだと思っています」と、直さん。

英李さんも、「私にとって音楽は、恩人であり、友人のような存在です。つらいとき、寂しいとき、いつも音楽に救われてきました。自由に聴いて、自由に感じていい。それが音楽の魅力だと思います。いろいろな人と出会えたのも、音楽があったから。やっぱり、音楽は世界をつなぐんです」と目を輝かせて、音楽の魅力を伝えてくれました。

直さんと英李さんの言葉のひとつひとつから、「音楽とともに生きていきたい」という思いが伝わってくるインタビューでした。クリークホールは、そんな2人が築いた特別な空間。これからも札幌に住む人々に素晴らしい音楽を届けながら、愛され続ける場所として育っていってほしいと思います。

クリークホールのロゴにもある石畳。路地裏を抜けたさきで、特別な音楽空間・体験を味わってみませんか?

小川 直さん

CREEK HALL 施設担当

小川 直さん

小川 英李さん

CREEK HALL 事業担当

小川 英李さん

北海道札幌市西区発寒6条9丁目11-28

TEL. 011-795-5268

ホームページ

Instagram

キャラクター