道を歩いている時、クルマを走らせている時。周囲のアスファルトよりも濃いグレーの部分を見かけることはありませんか?おそらく道路工事の際に舗装し直した跡だということは想像がつきますが、そもそもあの硬い路面をどのように掘削しているかはあまり知られていないはずです。そのカギとなるのが建設業界の「カッター屋さん」。今回は、道路の切断に特化したスペシャリスト集団、有限会社栄進カッター工業に伺いました。
道路工事のトップバッターを担うのがカッター屋さん。
札幌市白石区川下エリアに社屋を構える有限会社栄進カッター工業。取材陣が会社の前に到着すると、2階の窓から女性がひょっこりと顔を出し、「こんなに多くの方が来るとは思っていなかった。本格的な取材なんですね…緊張しちゃう。ま、上がってくださ〜い」と声をかけてくれました。
実にハツラツとした明るい人柄。この女性が今回の主役、同社の代表を務める若林優子さんです。

「私たちの仕事は基本的に電話やFAXで受注が入り、機械オペレーターが一人で現場に向かって工事を進めています。来客らしい来客がほとんどないから、社内がザワザワしちゃいました(笑)」
聞けば、同社は約半世紀近く「アスファルトやコンクリートの切断」の専門企業として歴史を積み重ねているのだとか。この分野は建設業界の中でも非常にニッチで、札幌市でも競合他社は4〜5社程度しかないのだそうです。
「ごくごく簡単にいってしまえば、工業用のダイヤモンドカッターが取り付けられた特殊な機械で舗装に切り込みを入れるのが私たちの仕事。ただ、機材にしても、各種道具や水のタンクを積み込めるようカスタマイズしたトラックにしても、初期投資が非常に高額です。加えて、技術やノウハウもすぐに培える分野ではないため新規参入が少なく、だからこそ安定しているともいえます」


同社のような「カッター屋さん」の出番は、地中に埋まっているガス管や水道管の交換・点検などで道路を掘削する工事を行う時です。仮にいきなり道路を掘り起こしてしまうとアスファルトがひび割れるなど該当箇所以外も傷んでしまうため、まず掘削する場所のカッティングが必要なのだといいます。つまり、同社の機械オペレーターは常に道路工事のトップバッターを担うワケです。
「上下水道やガス管の交換・点検はインフラを維持する観点からもなくなりませんし、その際にカッター屋が必ずカッティングしなければならないのでニーズも安定的。競合他社も顧客やエリアによって上手く棲み分けされているため、ムリに仕事を奪い合うようなこともありません。むしろ、最近では業界をあげて単価をアップするような雰囲気が根づいていますね」
お客様の数ではなく、サービスを増やして売上を拡大。
若林さんは同社の三代目にあたります。お父さんが本州大手のコンクリート切断会社に勤めていて、アスファルトやコンクリートの切断の楽しさに取りつかれたことから、27歳のころに先輩とともに札幌市で独立したそうです。
「というと私が二代目のように思うかもしれませんが、父は自分でも社長の才能がないと自己分析するくらい経営者には向いていないタイプ(笑)。当初は一緒に会社を立ち上げた先輩が代表を務めていましたが、しばらくした後に急逝してしまい、父が二代目として社長のポジションを引き継ぎました」
若林さんが同社に入社したのは、お父さんが社長を引き継いだ約5年後。今のイキイキとした表情からは想像がつきませんが、大学在学中も特にやりたいことが見つからず、昼夜逆転生活を送りながら「死んだ魚のような目をしていました」と苦笑します。

「徐々に大学にも通わなくなり、単位も取得できずにいたので、何となく中退してしまったんですね。そうしたら、母から『これまでにかかった学費を返しなさい』と…。当時は就職氷河期でしたし、当然ながら手に職をつけていたワケでもなかったので、父の会社で働かせてもらい、借金を返すことにしました」
事務や営業、現場の簡単なお手伝いをしながら、少しずつアスファルトやコンクリートの切断、さらには業界について理解を深めていった若林さん。今でこそ建設現場で女性が活躍するのは当たり前の時代になりましたが、当時はどうだったのでしょう?
「私自身は現場で手を動かすことはほぼありませんでしたが、建設業界の雰囲気は自分に合っていると感じるようになりました。当時から性別で人の能力を決めつけるのではなく、キチンと仕事を全うすると認めてくれますし、誰もがカラッとした人柄。怒鳴られているようで、実は頼まれているみたいな話し方のおじさんたちとコミュニケーションをとるのも楽しいんですよね(笑)」

とはいえ、入社からほどなく、公共事業が削減される時代に突入し、同社も苦しい時期が続きました。業界全体が仕事を獲得するために値下げ合戦となり、利益率が極端に低くなったのです。苦境に立たされる中、若林さんは次の一手を打ちます。
「道路のカッティングをする時には水を使うのですが、かつては鉄やアスファルトが混じった切断水をそのまま排水するのが許されていた時代。ただ、このカッター汚泥は、環境汚染の観点から2012年に環境省と国土交通省から産業廃棄物として適切に処理をするよう通知が出されました。そこで、私はいち早く産業廃棄物処理の認可を取得し、切断と産廃処理をワンストップで提供できる体制を整えたんです」
お客様の数ではなくサービスを増やす工夫によって売上を拡大。こうした機転によって、苦しい状況を何とか乗り切ったと若林さんは振り返ります。


カッコよくて、誇りを持てる仕事だと再認識。
現在、若林さんが代表、ご主人は経理として会社の資金面を見ています。これまでは機械を長く使い込むのが業界の美徳とされてきましたが、資金繰りに力を入れてトラックやダイヤモンドカッターを最新のものに入れ替えました。
「トラックや機械が新しくなることで社員のモチベーションがグッと高まったのが見てとれましたし、性能が上がったので効率も良くなりました。ミーティングというほどではないですが、社員が帰社した時には現場の大変だったことや仕事ぶりをよく話すようにしている中で、例えば制服を変えたいというリクエストがあればできる限り応えるようにしています」

同社では先代のころから「私生活あっての仕事」をモットーに、お子さんの急病や学校行事、家族旅行などの予定には積極的に有休を使える環境。加えて、2025年6月からは土日祝日を休みとする完全週休二日制に移行するそうです。一体、どのような方法で休日を増やしたのでしょう?
「土曜日の仕事を断るというシンプルな方法です。最近は公共工事も土曜日を休工とするケースが増えましたが、それでも建設業界全体としてはまだまだ完全週休二日制は一般的ではありません。けれど、既存社員の負担を減らすためにも、これから活躍してくれる若い世代に選んでもらう会社になるためにも、できないものはできないという勇気も必要。いくら売上が減っても、社員には替えられませんからね」
機械や制服の新調に応える柔軟な姿勢。休日の増加。若林さんは、どうしてこれほど社員想いなのでしょうか?ストレートな疑問をぶつけると、これまたストレートな答えが返ってきました。

「だって、私は現場の作業ができないから。社員の皆がカッター屋の仕事を好きでいてくれるから、それをやりやすいような環境を整えるのが使命だと思っています。北海道胆振東部地震が起きた時、札幌市東区の道路が陥没したことを覚えていますか?実は、あの時に当社の社員も道路を切りにいったんですね。もともと父が仕事をする姿を見ておぼろげに尊敬はしていたのですが、復旧作業に携わる皆の姿に『私たちの仕事はライフラインを支えているんだ』って改めて誇りに思いました」
若林さんは「当社のメンバーは全員が信頼できるし、作業もスピーディ。トラック一台でサッと現場に向かい、サッと作業を終わらせて帰ってくるのがカッコいいんですよ」と大絶賛。一方で仕事量が増えていることもあり、一人ひとりの負担を減らすためにも、今後は人材の増員が課題だと表情を引き締めます。
「人数が増えれば、もっと働きやすい環境をつくれます。札幌市外からの転職もできる限りサポートしたいと考えているので、このカッコよくて、自分のペースで進められる仕事の楽しさを知ってほしいですね」

一人で現場を回し、提案を喜ばれるやりがい。
最後にインタビューのマイクを向けたのは、同社で働く伊原郁さん。現在7年目、28歳の期待の若手です。
「高校卒業後は遮水シートという資材を使って、水が漏れないような施設を作る仕事に携わっていました。2年ほど働きましたが、1年の大半が遠方出張で自宅にほとんど帰れないような環境。さすがにハードだったため、退職後にハローワークで見つけたのが栄進カッター工業です」
同社では普段出張はあまりなく、「カッター屋」という珍しい仕事に興味を抱いて転職することを決めたと振り返ります。

「入社後はホースを伸ばすといった簡単な作業から教わり、機械操作も順序立てて『なぜこうする』まで理解できるように指導してもらいました。当社は『見て覚えろ』『声を荒げる』がまったくない丁寧な教育です。新人さんが入社した際は、僕も同じように分かるまで教えたいと考えています」
こうした教育に加え、会社の前でも練習を繰り返したことで、伊原さんは入社から約1年後に一人立ち。道路をキレイにカッティングするのはもちろん、一人で現場を回し、お客様と一緒に仕事を進められるのがやりがいだと笑顔を見せます。
「作業自体はほぼ同じですが、毎回現場の景色が違いますし、車線規制や作業順序の提案を喜んでもらえるのも面白みがあります」


同社では仕事が薄い冬の1〜3月には九州出張があります。ただし、隔年の交代制で、家庭の事情なども考慮してくれるとか。伊原さんは前職のような長期の拘束ではないため、現地の名物を食べたり、観光したりするにはちょうど良い相好を崩します。
「6月から完全週休二日制になるのは単純にうれしいです。社長に制服やヘルメットを新しいものにしたいと伝えると対応してくれるなど、社員の働きやすさをきちんと考えてくれるのも魅力の一つ。給与面も含め、満足できる環境だからこそ長く働いています」
インタビューが終わろうとするころ、若林さんが顔を出し、「伊原くんは口数が少ないけれど、仕事をキッチリこなすのでお客様からの評価も高いんです」とニッコリ。このすてきな笑顔と、彼女のもとに集う仲間が、これからも未来を「切り開いていく」ことでしょう。
