学生や社会人が集まって、それぞれが「働く目的」について語り合う「ハタモク」。グループに分かれて自分のことを語るところから始まり、最終的に「何のために働くのか」を対話する場です。
家族や会社、学校など、自分の生活範囲を超え、世代の異なる人たちと対話を行う機会は滅多にないものです。さまざまな考え方や価値観に触れられるそんな場があるなら、参加してみたいと思う方もいるのでは?
今回は、この「ハタモク」を運営するNPO法人ハタモク北海道の代表理事・中田隆太さんにお話を伺いました。
本業は短大の職員。ハタモクはあくまでボランティア
中田さんの勤務先は北海道武蔵女子短期大学の学務課。てっきり学校も絡らんだ活動かと思いきや、ハタモクの活動はあくまで中田さん個人が行っており、ボランティアなのだそう。今回は短大へおじゃまし、取材にご協力いただきました。
中田さんは函館出身。高校卒業後は新潟の大学へ進学し、教育系の学部で学びます。東京での就職も考えたそうですが、やはり北海道に戻りたいと札幌で就職先を探し、経営者を支える団体の職員に。中小企業の経営課題解決のための勉強会の開催、社員研修をはじめ経営環境改善のための諸活動に取り組み、忙しい日々を送っていました。
「就職してすぐに結婚して、娘が生まれました。他にはないやりがいのある仕事ではありましたが、家庭の事情と、大学で教育に関することを学んでいたので、教育に携わりたいという想いもあり、今の職場へ転職することにしました」
4年いた団体職員時代はセミナーや勉強会を主催する側でしたが、ほかが主催する勉強会にも参加してみたいと思った中田さんは、転職後、組織系のコンサル勉強会に参加します。
「組織風土や組織改革に関することに興味があったので、おもしろそうだなと思って参加していました。しばらくしてそこの主催の方から、東京で開催しているハタモクの話を聞いて、これまたおもしろそうだと東京まで行って参加したんです。ちょうど2012年ですね」
活気あふれるハタモクの場。北海道でもこれをやりたい!とスタート
中田さんは東京のハタモクで大きな刺激を受けます。たくさんの学生と社会人が集まって、真剣に話し合っているその場は活気に満ちあふれていました。
「中身が濃くて、参加者の満足度が高いものだと感じました。すごくおもしろくて、これを北海道でもやりたい!って思いました。特に学生と社会人が気楽に真面目な話をできる場というのがいいと思いましたし、世代を超えて繋がりが持てるこういう場所があるって大事だと感じました」
前職で培ったセミナー開催の経験も生かし、翌年の夏、北海道で初のハタモクを開催。このとき参加した学生、社会人数名に声をかけ、ハタモク北海道運営委員会を立ち上げ、定期的にハタモクを行うようになり、2016年にはNPO法人化しました。
「今は15人くらいのメンバーで運営しています。やりたい人ベースで活動するようにしています。基本的にはボランティアの活動になりますので、参加を強制するようなことはせず、ゆるいですね(笑)」
語り合う際の基本的なテーマは「働く目的」ですが、運営委員会のメンバーが語り合いたいテーマをプラスすることもあるそうです。
「ほかの企業や団体とコラボすることも多く、私が以前勤務していた団体と共同で開催したときは起業がテーマでしたし、IT企業とコラボしたときのテーマはITについて。ゲストハウスを会場に、旅をテーマにした学生団体と一緒にやったときは留学について語り合いました。また、転職をテーマに開催したときも非常に盛り上がりました」
幅広い層の社会人の話から学生たちが得ることはさまざまある
ハタモクの回数を重ねるうちに口コミでその輪はどんどん広がっていきました。参加を希望する大学生は、いろいろな社会人の話を聞いてみたい、就職活動の参考に働く目的について考えてみたいという人が多いそうです。一方、社会人の参加者は30~50代と幅広い層が集まります。社会人にはリピーターも多くいるとのこと。これまでに学生、社会人合わせて延べ1,600人以上が参加しています。
「学生は社会人から直接話を聞けることが大きいと思います。大学でもキャリア教育の授業で社会人の講話を聞いたり、就職活動で社会人から話を聞く会があると思いますが、ハタモクの場はそれともちょっと違って、教える・教わる、採用する・される、という立場ではなく、同じ目線でいろいろな働き方をしている社会人と働くことについて対話するのがポイントかなと。学生たちの多くは、『就職するならこうあらねばならない』『社会人はこうでなければならない』と考えがち。そこにとらわれすぎている学生も多くいるのですが、ハタモクに参加すると『こんな考え方でもいいんだ』『こんな働き方もあるんだ』という発見があるようです。それから、社会人の人たちは自分の経験が若い人の役に立つなら…と参加してくれている方が多いかもしれません。中には今の若い人の考え方を知りたいという方もいます」
「働く目的」について語る場なので、参加している社会人の多くは働く意義や目的を明確に持っている人が多いのでは、と思われるかもしれませんが、全ての人がそうとは限らない。社会人も様々なライフステージで悩んだり、普段言葉にできなくても、いろいろな想いを持ちながら働いている。そういう社会人の率直な言葉を聞くうちに、ホッとしたという学生や、参考になったという学生もいるそう。
立ち上げから順調にハタモクは開催されてきましたが、2020年からコロナが広がりはじめると、なんとかオンラインで継続しながらも活動は自粛気味に。「続ける意味があるのかなと思ったときもありました。でもやっぱり開催すると、参加してくれた人たち、特に学生たちの顔つきがやる前と後で全然違っていて、やって良かったなと思うんです。あと、参加後のアンケートを見ると、学生たちにとって気付きがたくさんあったと分かると、よし、また次もやろう!ってなるんですよね」と笑います。
就職課にいたから分かることも。4年制大学の開学に合わせて何かできれば…
「多くの学生が就職活動をはじめると、『やりたいこと』について聞かれるシーンが多々あります。よくよく学生たちに話を聞くと、『やりたいこと=職業名』で悩んでしまっている学生も結構いるのではないかと思います。私個人としては、『やりたいこと=職業名』に固執しすぎるよりも、もう少し視点を変えて、どのような働き方をしたいか、どのような生き方をしたいかという考え方でも良いと思いますね。また、やりたいことが無いというのは、一つのことに固執しないでいろいろなことにチャレンジできる可能性があるということですから、決して悪いことだとは思いません。働き始めてから面白さや、やりがいを感じることもあるでしょうから、『やりたいこと』だけに固執しすぎて迷子にならなければいいなと思っています」
学生たちの抱える悩みや困りごとをリアルに理解できるのは、短大で就職課に所属していたこともある中田さんだからこそ分かる部分です。
「ハタモクで社会人の話を聞けば、『やりたいこと』が学生時代に見つけられない人はダメというわけではないと気付くと思います。やる気に満ちたガッツのある社会人の話もいいですけど、そのような方も含めていろいろな働生き方・生き方に触れる機会があれば迷子から抜け出せるのかなと」
中田さんが勤務する学園では、2024年4月から北海道武蔵女子大学の開学が決まっています。道内初の女子4年制経営学部ということで注目もされています。大学では課題解決型学習を導入し、さまざまな企業とのコラボも考えているそう。学務課の中田さんも準備に関わっており、「ハタモクを絡めて学生たちの役に立てることがあればいいですね。個人的には、短大・4大の卒業生と在学生が働く目的について語り合える場を作れたらいいなと考えています」と話します。
自分のことを話していいんだ! 高校生の感想から見えたハタモクの役割
最近のハタモクには、大学生だけでなく高校生の参加者もいるそうで、高校生の感想が印象的だったと中田さん。
「日常の中で自分のことを素直に表現する場というのはないけれど、ここでは自分のことを抵抗なく話すことができたという感想があったんです。学校や家でもない、はじめましての人ばかりの中で、自分のことをこんなに話していいんだと思ったみたいですね。大学生と違う視点からの感想で、これはこれでハタモクの役割として大事ことだなと思いました」
いい、悪いをジャッジする場所でもなく、それぞれが自分のことを語り合うというのが高校生には新鮮だったようです。こんな話を聞くと、今どきの高校生はSNSを駆使しているのに、普段の生活で自分のことを語ったり、自由に表現したりする場がないのだろうかと少々心配に…。
最近は、高校からの依頼で総合的な学習(探求)の授業でハタモクが採用されるケースも増えているそう。
「もともと高校の先生もメンバーとして活動していて、少しずつ知り合いの先生や生徒に声をかけて輪が広がっていき、旭川、函館、登別などで実施してきました。先日は、オホーツクの大空町の高校へ行ってきました。あくまで高校の授業なので、時間も短いですし、初対面の人と話すのは少し苦手という生徒もいますが、ハタモクの場はそれぞれの考えていることを大事にしようというのがコンセプト。だから、その場で正解を出す必要もないし、参加した高校生たちが何かを考えるきっかけになればいいなと思っています」
いろいろな人が集まって互いの働き方や生き方について語り合う場
中田さんの話を伺っていると、中田さん自身があくまでフラット。決めつけたり、押し付けたりする感じは一切ありません。見ている視点も俯瞰で見ているような印象です。
立ち上げから10年、ボランティアでハタモクの活動を続けている中田さんは、「単純にハタモクの場がおもしろいから続けているんですよね」と笑います。線の細さや柔らかな物腰からは想像できませんが、プライベートでは毎週末にスノーボードやサーフィンをするためにアウトドアフィールドへ出かけていくそう。「私自身、たくさんいる社会人の一人でしかありません。学生時代に何か特別なことをしてたわけでもありません。仕事もハタモクも周りの方に支えられて続けることができています。結果的に自分の取り組みが、誰かの何かの役に立っていれば嬉しいですね」と話します。
これからのハタモクの活動について尋ねると、「ハタモクは、いろいろな働き方、つまりいろいろな生き方や在り方について語り合う場。いろいろな人生があるということを学生も社会人も知ることができるいい機会だと思っています。ここ数年、高校に行く機会が増えて、高校や大学の授業、カリキュラムにもっとハタモク、語り合う場を取り入れたらいいのになと感じています。特に高校生には、大学に進むにしても、就職するにしても、考えるきっかけになればいいと思うんです」と語ってくれました。
あちこちで多様性という言葉が飛び交っていますが、多様性社会の第一歩は互いの違いを認め合うことから。中田さんの話を伺っていると、ハタモクの場はまさに違いを受け入れる場のようにも感じます。いろいろな働き方、生き方があっていい。学生だけでなく、参加した社会人にとっても、「それでいいんだよ」と認めてもらえる、そんな温かな場のように感じました。