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フットパスだからできる人と地域の繋げ方。

2024.2.5

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「フットパス」をご存知でしょうか?スポーツ名称のような響きですが、イギリス発祥の景色を楽しみながら歩く道のことを指します。このフットパスに魅せられたひとりが、今回取材する小川浩一郎さん。小川さんはフットパスを広めたいという想いから、株式会社ジオを立ち上げます。「フットパスが心から楽しい」と話す小川さんにお話を伺いました。

夢の挫折と1枚の飛行機チケット。

小川さんは、札幌市南区生まれ。家の近くには芸術の森があり、暖をとるのは石炭ストーブだったそうで、他の家庭より自然が近い環境で小川さんは育ちます。この場所を選んだのには、小川さんの父・巌(いわお)さんの影響がありそうな予感が…。巌さんは、自然環境の分野でちょっとした有名人だと聞いています。

今回取材する、株式会社ジオ 代表取締役社長の小川浩一郎さん。

「父は自然環境問題解決のために活動している人で、環境市民団体『エコ・ネットワーク』の代表です。環境ボランティアという形で、自然に関わる様々な問題を解決しています。人も動植物も同じ生き物だと平等に接することができ、自然に関して先見の明がある人だと僕は思っています。ただ幼心には、父の行動が理解できないことも多かったですね。僕が小学生の時は、家にゲームもなければテレビもなかったんですよ」

その理由はいろいろあるのではないかと推測する小川さんですが、本当の理由はわからないそうです。ただ家にテレビがなかったことで、小学生の時に初めて見た映画の感動は今も忘れられないと、目を輝かせます。

「叔母が稚内に住んでいて、長距離バスで向かったんですよね。そのバスはモニターがついていて、洋画が流れていたんです。ベトナム戦争の映画で小学生には難しい内容もあったのですが、食い入るように見たのを覚えています」

その数年後、ついに小川家にもテレビがやってきます。映画を自宅で見られるようになり、小川さんはどっぷり映画の世界へ。映画好きは高校生になっても変わらず、高校卒業後の進路にも影響していきます。

「高校生の時に『映画監督になりたい』と思ったんですよ。なので卒業後は、札幌の映画監督養成の専門学校に行きました。専門学校在学中は、映画もたくさん見れて最高だと思っていたのですが…就職が狭き門で、映画会社もテレビ局も全く受からなかったですね」

就職先が決まらないまま小川さんは卒業することに…。他職種での就職も心が惹かれず、1年ほど無職のまま過ごしました。そんなある日、お父さまから「ひまなんだから行ってこい」と1枚のチケットを渡されます。

放牧地の中の英国のフットパスの様子。

「イギリス行きの飛行機チケットでした。Center for Alternative Technology (通称CAT)という環境型テーマパークで行われるイギリスの環境問題のツアーをエコ・ネットワークが主催したため、参加したんです。ヨーロッパは、環境保護意識の高さが世界でも郡を抜いて高い。しかし、実際にその活動を見てみると父が10年前から取り入れてる手法が『イギリスで最先端です!』と紹介されていて驚きました」

父親の凄さに内心驚きつつも、自身の人生に今後大きく影響するある出会いもあります。

「そして、イギリスでフットパスに出会いました。当時からイギリスでは排気ガスが出る車やバスでの移動ではなく、自転車などの脱炭素の移動方法が推奨されていました。そこで『じゃあ歩いて移動しようか』と誰かが言ったんですよね。父からフットパスの話は聞いていましたが、この時、実際に歩いて体感することができました」

フットパスとの出会いは2002年の秋、小川さんが22歳の時でした。

北海道各地のフットパス冊子。

最初からフットパスの全てを愛せたわけじゃなかった。

日本に戻った小川さんは、イギリスで環境問題に触れたことから自分でもなにかできないかと模索します。

「自然環境問題解決につながるような商品を取り扱うショップをやってみようかなとか、いろいろ考えましたね。でもどれも自分の中でしっくりとこなかったので、父の活動を手伝うことにしました」

お父さまの手伝いを始めた当初は自然環境問題解決のための活動が多かったものの、自然や歴史などを含めた地域環境を感じられるフットパスの割合が増えていきました。イギリスで小川さんがフットパスと出会う前から、お父さまの活動の中には件数が少ないながらフットパスもあり、物珍しさから参加者が増えたわけではないようです。

「その理由は、父が普及に尽力したことでフットパスが国内でも広まったという背景と、参加者の口コミで新たな参加者が増えていったことがあります。参加してみると楽しくて、次は友人を連れて参加してくれるという流れが多くて嬉しかったですね」

しかし、フットパス活動が勢いづいた反面、小川さん自身の気持ちに問題が生じます。地方でのフットパスは楽しくて魅力的に感じるものの、地元である札幌ではイマイチ気持ちがのりません。

「最初に札幌でフットパスをした時、全然楽しくなくて(笑)『見慣れた景色だし、いつものコンビニもあるし…なんだかなあ』っていうのが正直な感想です。でもそれから、根室や白老など北海道のフットパス聖地と呼ばれるところにたくさん行ってみたんです」

圧倒的景観の根室のフットパス。

「新しいところに行くと何か探す」という小川さん。そうすると必然的に発見の連続だったそう。それは視覚的要素だけでなく、異なった地域に住む人々との交流やふれあいなども含まれます。それを踏まえた上で視点や感覚を変えてもう一度見慣れた札幌を歩きます。

「歩いてみたら、全く感じ方が変わって驚いたんです。きっかけは、ものの見方だったんだと気がつきました。いつもと同じ道と思っていたら、そこまでの部分までしか感じられません。ですが、同じ道でも季節によって咲く花は違いますし、雨の日や雪の日では景色も変わります。その日によってラーメン屋のスープの切れる時間も違いますし(笑)町中で起きるドラマを見ているような感覚に近いかも知れないです」

それからはいつどこを歩いても楽しいと思うように。

「ちょうどこの頃、父の方の環境ボランティア活動が多くなってきました。父はもともとはこの環境活動を行いたいと思っていただろうし、僕はどんどんフットパスに魅せられていったので自然と分担が進んでいきました」

「楽しいフットパスをもっと広めたい!」と、2016年に小川さんは株式会社ジオを設立します。

いつかは「フットパスが当たり前」の世の中に。

ジオ発足後、順調にフットパスの参加者は増え、道内外や海外のフットパスツアーも好評だったと言います。そして2020年にコロナが流行。しかし意外にも、コロナ禍でフットパス会員が爆発的に増えたそうです。

「父の手伝いをしていた2008年のリーマンショック後も同じでしたが、心理的に不安なことがあると、人は野外に出て自然や景色に触れたいと欲する傾向にある気がします。コロナ禍にスイスの方が基調講演をしたオンラインセミナーにパネリストで参加した時も『スイスでも野外アクティビティをする人が増えてる』と言っていました」

なんとなく不安な気持ちを、太陽の光を浴びて払拭したくなるのは、全世界共通の人間の本能なのかもしれません。フットパスツアーはコロナ禍で中止しなければならなかったものの、札幌近郊でできるフットパスには参加者が増えたことで、小川さんは多忙を極めます。

「『フットパスを広めたい』と会社を設立したものの、広まっていくスピードに僕はついていけない状態で本当に忙しかったです。ただコロナが落ち着いたら、申し込みは減るんじゃないかなって思っていました」

札幌駅北口近くの事務所では、自然、環境、フットパス関連の書籍を多く取り扱っており、この分野では北海道随一の取り扱いがあるそうです。

実はリーマンショックから少したったあと、徐々にフットパスへの申し込みは落ち着きました。小川さんの読みはあたり、コロナ禍をすぎた今は少し落ち着きを取り戻しています。ただ道内外のフットパスツアーを再開できるようになってきたので、忙しさは変わらないそう。

「嬉しいことです!『フットパスをしたい』と言ってくれる人が、こんなに増えてくれるなんて。僕は将来的にこのフットパス普及の仕事がなくなったらいいなと思っています。イギリスでは『会議はフットパスにしようよ』『食後にフットパスね!』といった会話が普通にされている。日本でもそれくらい生活に溶け込んでくれるといいなと思っています」

歩くことは、その土地が元気になる第一歩。

ここで小川さんに、道外やフットパスの本場イギリスでの拠点移動を視野にいれていないのか聞いてみました。

「全くないですね!僕は札幌や北海道が大好きで、ここに住んでいることを世界に自慢したいと思っているんです。札幌は平年の積雪が4メートルを超える豪雪地帯なのに、人口が200万人規模が住んでいる世界的にも見ても稀な土地です。さらに近くの空にはオジロワシが飛び、川にはサケが遡上してくる。こんなに自然に恵まれて面白い都市、他にあるのでしょうか?」

小川さんは北海道の魅力についてもこう続けます。

「北海道で穫れる資源の豊富さは世界に誇れます。美味しい作物が収穫できるのは、土壌が豊かで栄養が循環しているから。そして3つの海に囲まれていることで、水産資源も豊富。自然環境的に厳しい部分も多いけど、恵まれた土地だと思っていますね」

かつて読売新聞北海道版の連載記事にて小川さんが執筆したフットパスの書籍「北海道フットパスガイド」です。

さらに小川さんは、この北の大地をフットパスでめぐることが、地域の人たちの活力につながるといいます。

「遠い土地からわざわざ来てくれたという事実は、地方に住んでいる人たちからすると嬉しい。僕も海外から来たお客さんが『札幌の情景が好きで来た』と言ってくれたら、嬉しくなります。しかもその土地をゆっくり歩いて見て回りたいって言われたら、さらに嬉しくないですか?フットパスには、人と地域をつなげる力があると思うんですよね」

札幌をフットパスでぐるっと1周!いろんな人に楽しんでほしい。

フットパスの魅力を話す小川さんの表情は、とても楽しそうで輝いています。これからフットパスを通してどんなことがしたいですか?と未来について伺うと、あるパンフレットを見せてくれました。

さっぽろラウンドウォークのプロジェクト会議の様子。

「さっぽろラウンドウォークというプロジェクトに2019年から参加していて、2023年6月にやっとこの札幌を一周できる地図が完成したんですよ」

パンフレットを手に取り拝見すると、このプロジェクトは札幌の歴史や文化、自然資源の豊富さなどをフットパスを通して知ってもらうことが目的だそう。最終的には、次世代へこの環境を引き継ぐことのきっかけや自然保全の啓発に繋げていきたいとのこと。

「父は約30年前から『札幌を歩いて周れる道を作りたい』とさっぽろラウンドウォークの形を構想していたのを知っていたので、お話を頂いたときは『やっとこの時がきた』と思いました。プロジェクトに参加し、約4年かけて札幌市内をぐるっと約140キロを一周できるウォーキングコースが完成したときには、グッと込み上げるものがありました」

こちらが完成したさっぽろラウンドウォークの冊子。

『街を望める山の手エリア』『歴史と文化の田園エリア』『自然を楽しむ里山エリア』の3つから構成されたコースは、新しい道を作るのではなく既存の道をつなぎ合わせてコースとして設定されています。各エリアの歴史やおすすめスポット、さらには休憩ポイントまで本当に細かくパンフレットには記載されていて、このプロジェクトへの熱量の高さを感じます。

「コースを設定する時には『この道は通れない』や『ここは外さないといけない』などいろいろな苦労もありました。それでも、完成後に実際に歩いてくれた人から『この道は歩いていいのかわからなかったけど、歩いていいことがわかって安心した』と感謝の言葉をいただいたんです。その瞬間に、苦労は全部吹き飛びましたね」

そう笑って話す小川さんに、おすすめのエリアを聞いてみました。

「海外や道外に出る機会があったことで北海道、特に札幌の魅力を日本全国、世界中から来る観光客に発信したいんです」と楽しそうに語ってくれました。

「僕が好きなのは、里山エリア。自然豊かな部分も良いですが、美味しいラーメン屋も多くておすすめです(笑)フットパスは、別に自然に触れなきゃいけないなんて縛りはないんです。ランチを食べに今までは地下鉄に乗っていたのを、歩いて向かってみる。それだけでも十分にフットパスになるんです。これからフットパスを始めてみようと思う人には何にもとらわれないで、自由に楽しんでもらえたらいいなと思っています」

小川さんから聞いたフットパスの楽しみ方を聞いて、翌日の早朝仕事に向かう道を少し変えてみることに。朝日が見える道を選んだのですが、雪に朝日が反射してキラキラと輝く景色に「雪景色って綺麗だったな」と、この美しい風景が日常にある土地に住んでいることを思い出させてくれました。大雪による雪害に悩まされることも多く忘れていましたが、本来雪って美しいんですよね。小川さんが「フットパスは人と地域をつなげる」と言っていたのは本当だなと思いながら、別の現場へ向かった編集部でした。

小川浩一郎さん

株式会社ジオ 代表取締役社長

小川浩一郎さん

北海道札幌市北区北9条西4丁目7番4号エルムビル8階

TEL. 011-737-7841

https://the-o-sapporo.jimdofree.com/

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