札幌市営地下鉄宮の沢駅から徒歩で10分ほど、イオン札幌発寒店近くの住宅街にある「R dining(アールダイニング)」。2023年8月にオープンした創作料理のお店です。料理のベースになっているのは、昆布と鰹の合わせ出汁、それから生糀。味の良さはもちろん、体が喜ぶやさしい料理を提供しています。この「R dining」のオーナーは、料理人の宮本了輔さん。自営業だった両親のもと、このエリアで生まれ育ち、料理の道へ進みました。札幌市内の有名居酒屋で経験を積み、縁があってお店をオープンすることに。今回は、宮本さんがお店をオープンするまでのことや料理のこと、そして地域に対する想いなどを伺いました。
なんとなく入った料理の道。就職を機に料理人の自我が芽生える
イオン札幌発寒店のすぐ近く、一般住宅が並ぶ中に「R dining」があります。一軒家を改装した店内は、トーンを落とした紺色の壁が落ち着きある雰囲気を演出。ミッドセンチュリースタイルを彷彿とさせる洒落たイスやテーブルがいい味を出しています。
出迎えてくれた宮本了輔さんは、長い髪をまとめ、サルエルパンツにエプロンという出で立ち。アーティストのような印象を受けます。宮本さんは、店の近くで理美容室を営んでいた両親のもと、6人兄弟の3番目として生まれます。高校卒業後、周囲の勧めもあり、市内の調理の専門学校へ進学。20歳ころまで実家で暮らしていました。
「そのころは特に調理師になりたかったわけでもなく、なんとなく勧められるまま専門学校へ。特になりたいものもなかったんですよね。毎日のように絵を描いたり、写真を撮ったりしていました」
卒業後は、当時すすきので飲食のチェーン店を経営していたはせ川観光へ就職。すすきのの中心部にあり、味にうるさい客が集まる店舗に勤務します。ここから料理人としての意識が芽生えはじめます。
「その頃では珍しく、オーガニックなど厳選素材を用い、添加物の入ったものを使わず、ドレッシングにいたるまで手作りをする店でした。とても勉強になりましたし、ここでの経験は今の自分のスタイルにも影響を与えています。また、この店はオープンキッチンだったので、カウンター席のお客さまの前で天ぷらを揚げていたのですが、見られている楽しさ半分、怖さ半分で、いい経験になりました」
6年ほど勤務し、退職。定山渓にある有名ホテルで調理担当として働きはじめます。
「ちょうど25、26歳くらいでしたね。その頃、フランス映画にはまって、フランスへ行きたいと思ったんです。フランスへの渡航費を1年で貯めようと思って、住み込みで働くことにしました」
そこは本格的な和食を提供するホテル。仕事を通じてさらに和食の技術を磨きます。ところが、働きはじめて1年が経とうとするタイミングで、父親が倒れたという連絡が入ります。フランス行きを断念し、実家からそう遠くない琴似の有名な居酒屋「居酒屋ふる里」に就職します。
いつか独立を…。モチベを上げるため、自分の考え方をチェンジ
「居酒屋ふる里」で妻の祐紀さんと出会い、結婚。いつかは独立したいと考えていた宮本さんは、2年くらい経ったころ、自分が居酒屋をやりたいのかどうかを自問自答します。
「もし、独立してやるなら、居酒屋ではなくてカフェがいいなとその時に思ったんです。でも、カフェで働いたことがなかったので、ふる里を辞めて、カフェで雇ってもらいました。そのとき、カフェって経営するのがすごく大変だなと思って…」
そんな矢先、ふる里にいた先輩から「戻ってこないか」と声をかけられます。戻ったものの、何かしっくりこないものが宮本さんの中にありました。仕事はキライではないけれど、決められたことをきちんとやるだけでは物足りなさを感じていました。
「親は自営業だったし、祖父も建具職人で、それぞれ自分で工夫し、どうやったらお客さんに喜ばれるかを考えて仕事をしていました。それを見て育ったので、組織に入って決められたことをただこなすだけというのが性に合わなかったんでしょうね。だから独立しようって思っていたのですが、ふる里の店に戻ったとき、仕事へのモチベーションを下げないため、社長をクライアントに見立ることにしたんです。クライアントを喜ばせて、その対価としてお金をいただくという考え方に切り替えました」
社長を喜ばせるには、まず店に来てくださるお客さまたちを喜ばせなければなりません。自身でいろいろ考え、工夫しながら仕事に取り組み始めます。それから約10年勤務。最後は店長として、厨房に立ちながら店を仕切ってきました。
「料理を作るだけでなく、店を回す経験をしてみないと分からないこともたくさんあって、この10年は経営する側としてもとても勉強になりましたね」
地域に愛されている宮本ファミリーの理美容室。兄弟がいるこのエリアで独立
宮本さんが「R dining」をオープンさせるきっかけはひょんなことからでした。理美容室兼実家をビルに建て替えることになり、建てている間の仮店舗が「R dining」の場所。ここの大家さんは、長年理美容室に通ってくれていたご家族でした。無事、建て替えが終わると、理美容室「miyamoto hair&shave」を継いでいた兄が大家さんに交渉。宮本さんに「独立して、ここで飲食店をやったらどうか」と声をかけます。
「両親の時代からずっとお付き合いのある方が大家さんでしたし、僕自身も生まれ育った地域で、しかも兄弟が近くにいる場所で店をやれるのはいいなと思って、店を始めることにしました。タイミング的にもちょうど良かったかなと思っています」
冒頭で6人兄弟と記しましたが、ここで宮本家について少しご紹介を。宮本さんの独立を後押しした兄の保さんは理容師。「miyamoto hair&shave」の代表を務めています。姉の江美さんはアクセサリー作家として活躍する傍ら、着付けなどを担当。兄弟のそれぞれの店の手伝いにも入り、みんなをサポートしているそう。弟の真実さんは理容師として、双子の妹の京香さんは美容師として「miyamoto hair&shave」に勤務。さらに、もう一人の双子の妹・由加利さんはエステシャンとして、「miyamoto hair&shave」の建物の上に「肌質改善エステagate」をオープン。そして、この兄弟を産み、育てたお母さんの京子さんも美容師、着付け師として現役で活躍中とのこと。兄弟全員が手に職を持っているとは、カッコいいのひと言に尽きます。ちなみに、「R dining」も含めた宮本グループとして、共通で使えるアプリもあるそうです。
おいしいのは当たり前。体にイイモノを提供するためにこだわった「お出汁」
さて、自分の店をオープンさせることになった宮本さん。どのような店にするかを考えた際、「おいしいものを提供するのは大前提。体にイイモノを、胸を張って提供したい」と思ったそう。
「最初に勤めたはせ川観光で無添加やオーガニックに出合い、当然毎日のまかないもそういうものを使った食事でした。たまたま休みの日に、添加物が多く入った味の濃い弁当を食べてお腹を壊してしまった経験があるんです。それで、そのときに身を持って、口にするものって大事だなと感じて…」
和食出身の宮本さんが特にこだわりたいと思ったのが「お出汁」でした。店の料理に使うのは、三石の日高昆布と鹿児島産の鰹節から取った合わせ出汁。栄養的にも優れたお出汁のおいしさをお客さんたちに知ってもらいたいと、おしぼりと一緒に温かい一番出汁を提供しています。実際飲ませてもらいましたが、ほんの少しモンゴル産のまろやかな天日湖塩を加えたお出汁は、香りも良く、そのうまみに食欲が刺激されます。
「大人はもちろん、子どもたちが『おいしい!』『おかわりしたい』って喜んでくれるんです。それがとても嬉しくて」
2人の子どもの父親でもある宮本さん。子どもたちには本物の味を知ってもらいたいと話します。舌の表面にある味覚を感じる味蕾(みらい)の数は、大人より子どものほうが多く、それだけ味に敏感。だからこそ、添加物で作られた味ではなく、素材が持つ本来のおいしさを子どもたちに伝えたいと考えています。
糀を使うことも含め、手間ひまかけ、素材の下ごしらえをするのがプロ
それからもう一つ、こだわっているのが「生糀」。カフェで働いていたときに、糀や発酵食品を使うことが多く、素材のおいしさを引き出す力があるのはもちろん、あらためて腸を整える力があると感じたそうです。宮本さんが使っているのは、栗山町にある蝦夷ノ富士醸造の生糀。天日湖塩を用いて塩糀を作るなど、素材の下味や料理に用いています。
「糀は生き物。扱う際には温度や湿度などの調整、それから僕の気持ちも大事だと思っています。おいしいものを皆さんに食べてもらいたいと思いを込めて、いつも仕込みをしています」と話し、最近は、「糀のまわりのふわふわしたお花のような麹菌がかわいいなぁと思って」と笑います。
宮本さんの自慢のお出汁と、糀を使った素材を存分に楽しめるのが「発酵熟成サーモン丼 〆のだし茶漬け」。糀に漬け込んでうまみを引き出したサーモンをお出汁で炊いたご飯と一緒に味わえる人気メニューです。自家製塩ワサビなどの薬味も絶妙。最後はお出しをかけてサラサラと。自家製昆布の佃煮も加えると、さらに違う味を楽しめます。
ドリンクにも醗酵の力を生かしたメニューがあります。スライスしたレモンを生糀で発酵させた「クラフト発酵レモン」は、レモンスカッシュやホットレモンで味わえるほか、酎ハイやハイボールでも楽しめます。スッキリとした味わいが特徴。さらに、薄くスライスしているので、皮ごと食べることもできます。
佃煮の昆布の細さ、発酵レモンの薄いスライスと言い、細部に渡るまで丁寧に仕事をしているのが分かる宮本さんの料理。そこには、おいしく食べてもらいたいという思いも伝わってきます。
「料理って、誰でもできるもの。家庭とプロの違いは下処理にあると僕は思っていて、どれだけ手をかけられるかが重要。だから、お出汁や発酵にもこだわっていますが、僕が料理人として一番大事にしているのは下ごしらえで絶対手を抜かないことなんです」
「おいしい!」の笑顔が活力に。イベントなどを通じて地域にも貢献したい
「R dining」をオープンして、自分が周囲に支えられていることをあらためて実感しているという宮本さん。「だから、この場所で、自分ができることで恩返しをしていきたいと思っています」と話します。地域の人たちとの交流も大事にしたいという気持ちから、食事に来てくれた近所の人たちに包丁研ぎのサービスを行っているほか、さまざまなイベントも企画。子どもたちを対象にした魚のおろし方教室を開いたり、イモもちを一緒に作るイベントも予定しています。お腹を凹ませる「あへあほ体操」のしものまさひろさんとコラボして、腸活ランチイベントも実施。また、店の2階を多目的スペースとして使えるようにと考え、6月には札幌大谷大学の美術学科に在籍している画家の宮ノ宮さんの個展も行う予定です。
「今後もいろいろな方とランチ企画でコラボするなど、おいしく食べてもらうプラスアルファで地域の方に喜ばれることをしていきたいですね。店の横の畑を使って、子どもたちと一緒に何かできたらいいなとも思案中です。また、せっかくスペースがあるので、やりたいことのある若い人たちを応援する場所にもなれたらと思います」
また、「R dining」をオープンする際、宮本さんは「頑張っている人たち、特に子育て中のママや忙しくしている女性たちに、ご褒美感覚でおいしいもの、体にやさしいものを味わってもらいたい」と考えていたそう。
「おいしいものを食べる瞬間って、みんな顔がにこやかになるんです。そんな笑顔を見ることが、僕の活力にもなりますから」
オープンからまだ1年経っていませんが、宮本さんのこれまでの経験を生かした料理や店づくりの考え方などは、伺っていると揺るがない安定感があります。地域に根差した店として、熟成していくのが楽しみです。