たくさんのトラックが出入りし、ターレットと呼ばれる三輪の運搬自動車が往来。まだ暗い時間にも関わらず、たくさんの人と食材であふれかえり、活気に満ちている札幌市中央卸売市場。札幌市やその近郊に暮らす約230万人の食を支えているといわれています。日々、各地から集まった大量の野菜や果物、水産物を札幌市の許可を受けた卸売業者が、同様に許可を受けた仲卸業者や売買参加者にせりや相対取引などで販売。それらが小売業者や飲食業者、加工業者などに販売され、私たち消費者のところへやってきます。この札幌市中央卸売市場には、青果物1社、水産物2社の卸売業者が入っており、今回はその青果物を扱う「札幌みらい中央青果株式会社」へおじゃましました。せり人として活躍しているスタッフのひとり、果実部果実一課主任の三橋省吾さんに仕事のことなどを伺いました。
カッコよくて華やか。初めて生で見た競売に感激し、「自分もせり台に立ちたい!」
まずはお話を伺うため応接室で待機していると、「うちのマスコットです」と先輩の方から紹介されて現れたのが三橋省吾さん。大きな体を屈めながら、「えー、なんか緊張しますね」と落ち着かない様子。そうは言いながらもずっと笑顔で、その憎めない雰囲気に、「マスコット」と呼ばれる理由も分かる気がします。
札幌出身の三橋さんは入社7年目。専門学校を卒業後、2018年に旧札幌ホクレン青果株式会社へ入社します。入社から1カ月後に、旧札幌ホクレン青果株式会社と旧丸果札幌青果株式会社が合併し、社名が「札幌みらい中央青果株式会社」になりました。
「僕、6月ごろには内定をもらっていたんですが、実は僕、合併することを知らなくて、専門学校の先生に『合併するらしいぞ』と教えてもらいまして…(笑)。一瞬焦りましたね、今からまた就職活動しなきゃならないのかぁ!って。でも、なにごともなく無事に就職できたのでよかったです」
この仕事に就きたいと思ったきっかけは何だったのでしょうか?と尋ねると、「ちょっと特殊な仕事に憧れていた部分があって」と三橋さん。
「父親がバスドライバーで、いわゆるオフィスで働く営業マンや事務仕事とは違う仕事をしていたのを見て育ったこともあり、自分もちょっと特殊な仕事をしてみたいなと思っていました。それで、ちょうど卸売市場で仕事の見学をさせてもらった際、生で競売を見て、テレビとかのニュースで見るよりもずっと迫力があるし、ただただスゴイ!と思って感激したんです」
これまで見たこともないような大量の野菜や果実、それをいかにせり落とすか集まっている仲卸や売買参加者。その真剣なまなざしの業者たちを相手に、手際よく次々とさばいていくせり人の姿に、三橋さんはカッコよさや華やかさを感じたそう。
「扱っているものの量もすごいし、スケールもめちゃくちゃ大きい。毎日これをやっているんだと思うとワクワクしました。自分もこの会社に入って、せり人としてせり台に立ってみたい!と思いましたね」
最初はキツかった朝早くからの仕事も、今ではすっかり平気
念願叶い、入社した三橋さん、最初のうちは、取引先の仲卸業者の荷物の積み替えを手伝ったり、売場の掃き掃除をしたり、まずは現場の雰囲気に慣れるところからスタートしたそう。そのあと、野菜部、果実部など、各部署を少しずつ経験し、現在所属している果実部果実一課へ。また、入社から半年くらいでフォークリフトの免許も取得。「はじめは緊張しましたけど、やっているうちにスイスイとリフトも使いこなせるようになりましたね」と話します。
卸売市場といえば、朝が早いというイメージですが、早朝勤務は苦ではなかったのでしょうか。
「入社してすぐのころは朝が早い出勤スタイルに慣れなくて、キツイと思ったこともありましが、しばらくするとすぐに慣れました。今はだいたい4時20分ころに起きて、5時ちょっと前に家を出て、5時20分には会社に着く感じですね」
北海道産のものが多く出回る夏場や繁忙期は4時30分や5時出勤という日もあるそう。社員のほとんどがマイカー通勤で、三橋さんもマイカーで通っています。
「出社したら、競売の準備をして、せりをやって、売場の仕事が終わったら、上の事務所に戻って発注作業をしたり、仲卸業者の方と商談をしたりして、だいたい15時には仕事を終えて会社を後にします」
基本は日曜と水曜が休みの週休2日。祝日がある週は、水曜に出勤となりますが、月曜が祝日の場合は日曜月曜と連休になるそう。
「きちんと休みも取れるし、休みの日は学生時代の先輩たちと草野球をやったり、冬はスノーボードに行ったりして楽しんでいます。割と思い立ったらすぐに行動したくなるタイプなので、その日に映画を見たいと思ったら映画館に行ったり、温泉に入りたいと思ったら定山渓のほうまで車を走らせたりもしますね」
仕事のリズムにも慣れ、休みの日も充実している様子が伝わってきます。
真剣だからこそ厳しい言葉も。でも、市場にいるのは人情味あふれる人ばかり
青果で行われているせりは、仲卸など買い手が指のサインで数量や価格を示していきます。せり人は次々とあがる指を見ながら、せり落とす業者を決めます。
「新人のころは、競売をしている先輩の横についてせり落とした業者さんの番号や金額、数量のメモを取るんですけど、指を見るのと、聞き洩らさないようにするのに必死でした。それでも、ときどきミスをしてしまうことがあって、業者の方に怒られたこともありました」
最初のころは緊張して胃に穴が空くかと思ったこともあると笑いますが、いつも一生懸命な三橋さんを見て、取引先の人たちも少しずつ信頼を寄せてくれるように。
「やっぱり皆さん、競売のときは真剣勝負なので、こちらも同じように真剣に向き合わなければなりません。だから、ミスをすれば叱られて当然なんです。もちろん上司や先輩たちにも育ててもらいましたが、取引先の皆さんにも育ててもらったと思います」
今では多くの業者の人たちと顔見知りになり、「いろいろな方にかわいがってもらっています」と三橋さん。親しい業者の人たちから、飲み物やお菓子などをもらうこともあるそう。「仕事で厳しく言われることもあるけれど、皆さん基本的に心の温かい人ばかり。卸と仲卸または売買参加者の関係というのは、持ちつ持たれつの部分もすごくあると思うんです。常に真剣勝負ですけど、この業界の昔ながらの人情味あふれる感じが僕はすごくいいなと思っています」と話します。
入社から3年過ぎてせり人に。登録して初めてせり台に立つとどよめきが…
入社してしばらくすればせり人になれるのかと思いきや、せり人になるには卸売市場ごとに決められた資格があるそう。3年間の実務経験が必要で、さらに会社で行う実技試験をパスできたら、札幌市が用意する筆記試験を受けます。それで合格すると晴れてせり人に登録されるとのこと。せり人に登録されると、売場でかぶる帽子が青いものからえんじ色の「赤帽」にかわります。
「入社して3年目の終わりに、まずは会社の実技の試験があったんですが、僕は意外とあがり症なので、当日しっかり声を出せるようにと思って前の日にカラオケに行って慣らしておこうと思ったら、つい歌いすぎちゃって逆に喉がガラガラに。当日は緊張もあって、声が浮ついてしまって恥ずかしかったです」
そんな思い出を楽しそうに語る三橋さん。無事にすべての試験をパスし、5月1日からせり人として登録され、その日に初めてせり人としてせり台に立ちました。
「確か清見オレンジだったと思うんですが、僕がせり台に立ったとき、売場にどよめきが起きたんです(笑)。体も大きいし、良くも悪くも目立つから、皆さんから『いよいよか!』『お、やったな!』と随分声をかけてもらいました」と笑います。たくさんの方たちに愛されているキャラであることがよく分かります。
果実部に所属する三橋さんが担当している果物は、愛媛の富士柿、国産キウイ、生栗、手稲で栽培されているサッポロスイカなど。今年のサッポロスイカの初せりの際、「専門学校時代の先生が見学に来ていて、びっくりしました。いつも以上に緊張しました」と話します。
テレビのニュースでメロンなどの初せりが取り上げられることがよくありますが、「ああいうのはうちのレジェンドたちが担当するんです。僕はまだまだですね」と三橋さん。伝説的な憧れのせり人の大先輩たちがいるそうで、いつかそんな存在になれたらと思っているそう。
レジェンドの背中を追いかける日々。いつか生産者さんに恩返しもしたい
競売、せりの話が続きましたが、せりにかけるための仕入れなどを行うのも大事な仕事。また、仲卸業者から別注を受けることもあり、「そういう場合は、わりと季節が少しずれるものが多く、あちこちに連絡して必死で探しますね」と話します。
仕入れに関するおもな取引先は全国各地のJAで、「担当者との価格交渉があり、交渉力も試されます」と三橋さん。ときに担当する果実の生産地を訪れ、生産者に会うこともあるそう。
「僕、ちょうど1年目に研修で愛媛の西宇和農協の三崎という場所へ行ったんです。そこで、清見オレンジを作っている山下さんという農家のおじいちゃんと仲良くなって、本当によくしてもらったんです。実は今も親しくさせてもらっていて、僕のおばあちゃんが個人でやっている畑でとれたタマネギとかを山下さんちに送ったり、逆に山下さんのところでとれたものを送ってくれたり…。本当にかわいがってくれていて、いつか三崎の清見オレンジを自分が競売でさばくことができたら、それが恩返しになるかなと思っています」
そんな生産者さんとの温かな交流も三橋さんの仕事の原動力になっているのかもしれません。
「仕事はすごく楽しいんですよ。大きな品目を任されると、やっぱりうれしいし、やりがいも感じられます。職場の人たちもみんな元気いっぱいで、雰囲気も明るいですし。レジェンドと呼ばれる先輩たちに付かせてもらって仕入れの交渉や競売のコツも学ばせてもらいながら、自分自身ももっと成長していきたいですね」
愛されマスコットの三橋さんがレジェンドと呼ばれる日はまだまだ先かもしれませんが、いつか何かの初せりのテレビニュースで三橋さんがせりをしている様子が大きく映し出されることがあるかもしれません。そのときはぜひ「あっ!」とこの記事のことを思い出して、三橋さんの頑張りを応援してあげてください。