以前、未来ベースでも紹介させてもらった「カミニシヴィレッジ」。旧上野幌西小学校の校舎を再利用した新しい地域交流の場です。カミニシヴィレッジの取材時、ここの建物の外の一角にかわいらしい畑を見つけました。
聞くところによると、子どもたちの未来のことを考え、人にも環境にもやさしい給食の実現を目指して活動している団体が手がけているコミュニティガーデンとのこと。「エシカルンテの庭」と名付けられたここを運営している団体「エシカルンテさっぽろ」の代表・柳田双美さんにお話を伺いしました。
目指すのは、社会や環境を大切にした「エシカル給食」の実現
近年、「エシカル」「エシカル消費」という言葉をよく耳にします。この「エシカル」とは英語で「倫理的な」という意味を指します。つまり、「エシカル消費」というのは、法律などの縛りがなくとも、それぞれが人や環境、社会に配慮した考えで行動、消費しようというもの。
「エシカルンテさっぽろでは、エシカル給食の実現を目指しています。未来を担う子どもたちや地球環境のことを考えた食材を使った給食のことを『エシカル給食』と呼んでいます。最初は環境や子どもたちの健康のためにオーガニック食材を使った給食を広めようと活動を始めたんですが、動いているうちに給食と繋がるいろいろな分野、例えば農業や地域経済、地域の食文化など、大切なことにたくさん出合いました。単に給食の食材をオーガニックにするというのではなく、私たちが最終的に目指しているのは、社会や環境のことを大切にし、それを未来を担う子どもたちに繋いでいくことだと思ったんです。それで、オーガニック給食ではなく、エシカル給食と呼ぶようになりました」
柔らかな雰囲気と人懐っこい笑顔の柳田さん。かわいらしい声で活動について説明してくれます。一見堅苦しくも捉えられがちな「エシカル」という言葉を使った話もすんなりと入ってきます。
柳田さんは、エシカルンテさっぽろの代表という顔のほか、全国規模の市民活動の団体「NPO法人めぐりる」の理事長も務めています。めぐりるは、この秋に名称が変わったばかり。もともとはNPO法人ナチュラルスクールランチアクションという名称だったそうで、北海道、愛知県、埼玉県、茨城県などのママたちが集まって、エシカル給食の推進、循環型社会の推進などに取り組んでいます。
自然が身近にあった幼少期を経て、飲食業界に進みソムリエの資格も取得
さて、そんな活動的な柳田さんですが、こうした子どもや食、環境にまつわる活動を行うようになるきっかけは何だったのでしょうか。
「うちの父は退職後にネイチャーガイドになったような人で、子どものころから自然が身近にある環境で育ちました。自然保護や自然環境に対する考えもおのずと芽生えていたという感じで、今の活動の根っこはそういうところにあるのかもしれません」
学生時代は空間やデザインに興味があり、建築系の専門学校へ進学。途中から「自分が思い描くお店を持ちたいんだ」と気付き、カレー屋、ビストロなど飲食店で修行のアルバイトに励みます。飲食業界にも深く携わる一方、海外にも興味があり、学校を卒業したあとはバックパッカーでフランスに行ったりしていたそう。その後、札幌に戻り洋食店の厨房で働きはじめ、ワインに出合います。
「シェフたちが開くワインの勉強会に参加させてもらううちに、ワインの奥深さにはまっていきました。とはいえ、その頃は若かったこともあり、いいワインを飲むにはお金がかかるため、高級店で働けば味見とかできるかも!と思って大阪の高級イタリアンで働くことにしたんです(笑)
今でこそワインは身近なものになりましたが、当時の日本ではまだ高級というイメージが強かったワイン。札幌でも本当にいいワインはそう簡単に手に入らない時代でした。
「大阪の店ではたくさんのことを教えてもらいました。そのあと、東京の自由が丘のワインレストランの立ち上げに携わり、再び大阪に戻って北新地のワインバーの立ち上げに関わらせてもらいました。このとき、ソムリエの資格も取得しました」
慌ただしく働いていたこともあり、一度日本を離れてみようと、サンフランシスコへ。学生ビザで1年ほど滞在し、語学学校に通う傍ら、週末にはワイナリー巡りに出かけていました。
帰国後、ススキノでビストロをリニューアルするからやってみないかと声をかけてもらい、2年ほど店長として勤務します。
「とにかく多忙だったこと、そして、自分の給料より高いワインを扱うことにストレスや違和感を覚え、ワインを造るほうに携わろうとオーストラリアに行こうと思ったんですけど、今の夫と出会って結婚することになり、日本に残ることになったんです」
母になり、自分にできることは何かを考えたときに出合ったオーガニック給食
結婚後、妊娠、出産を経て、「お母さん」として過ごす日々がはじまります。充実していましたが、2人目の子どもが小学校に上がるタイミングで、「そろそろ『お母さん』という役割だけじゃなくてもいいのではないか」と考えるようになります。ちょうどコロナの感染拡大が始まる前でした。「自分のやりたいことをやろう」と自分のアンテナに引っかかる講演会や勉強会に参加するようになります。
「環境や社会のために何かしたい。でも何をすればいいか分からない。しかも自分はただのお母さんで、一人じゃ何もできないと思っていたんです。そんなとき、小樽市にある絵本と環境雑貨の店『ワオキツネザル』の神聡子さんが安全性が懸念される農薬の販売中止を100円ショップ『ダイソー』など求めた事例の講演会を聞いて、私もやろうと思えば何かを動かすことができるかも!って思ったんです」
若い頃から、1960~1970年代のヒッピー文化やウッドストック・フェスティバルの音楽などが好きだった柳田さんは、環境問題にも早くから関心を持っていました。自身が子どものころ、父親に連れられて経験したアウトドアなど、恵まれた自然環境があるからこそ体験できたものを自分の子どもたちに安心して体験させられる環境が今の社会にはあるのか。ふとそんな疑問が浮かびました。
「子どもたちの未来のことも考え、環境に配慮したものを世に広めたいと思いました。いろいろ調べる中で出合ったのがオーガニック給食です。長く飲食業界にいたので、オーガニックカフェをやるという手もありましたが、カフェだとオーガニック食材の食事を提供するとしてもその数は知れています。それよりも給食なら、何万人もの子供たちにオーガニック食材を用いた給食を提供できます。そして、オーガニックや有機という言葉を知らなかった人、興味がなかった人に対しても、給食を通じて平等にそれらについて触れてもらえると思ったんです。そのほうが大きな意味があると思い、成功事例などを調べ始めました」
やれることをコツコツと。仏からオーガニック給食の実践者を招いてイベント実施
すると、「ナチュラルスクールランチアクション」という団体で活動している愛知県のママたちが結果を出していると分かります。そのやり方を学びたいと連絡を取ると、快くOKをもらいます。名前を使う許可ももらい、2021年、柳田さんは1人で「ナチュラルスクールランチアクションさっぽろ」を立ち上げます。
「こういうことやります!と思い切って発信したら、自然と仲間が増えました。まずは、札幌市の教育委員会を訪ねて給食の現状を聞いたり、市議の方たちにオーガニック給食をやるにはどうしたらいいかを相談したり、保護者の方たちにアンケートを取ったりしました。ただ、意見書や要望書を一方的に市に突きつけるのはやめようと決めていました。こちらの意見を押し付けるのではなく、子どもたちの未来を考えてオーガニック給食を出したいと考えているのですが、私たちにできることは何でしょうか、連携してできることはないでしょうかというスタンスで活動しています」
その思いや趣旨に賛同してくれる人たちは多いものの、札幌市内の小・中学校の数は約300校。そのうち200校に調理場があり、総食数はなんと13万3,000食。あらゆる角度から検討を重ねますが、規模が大きい分、越えなければならないハードルが数多くあり、「今すぐに札幌の給食を変えるのは難しいと感じました」と柳田さん。
しかし、活動の一環で、札幌市や近郊の有機農家さんらとも交流を深めていたことがきっかけとなり、生産者さんからの繋がりで、安平町でオーガニック給食に関するイベントや勉強会をやってみませんかと声がかかります。
「今年の夏、フランスでオーガニック給食を成功させているCPPフランスという団体のメンバーに安平に来てもらい、パネルディスカッションや料理教室を開催しました。安平町は、北海道で初めてオーガニックビレッジ宣言をしている町ということもあり、参加してくださった皆さんにはとても喜んでもらえました。今は、できることをコツコツとやっていこうと思っています」
ハードルはあげず、誰でも気軽に参加できるオープンな「エシカルンテの庭」
今年7月に「ナチュラルスクールランチアクションさっぽろ」の名称を「エシカルンテさっぽろ」に改称。冒頭で柳田さんが教えてくれたように、オーガニックの食にだけこだわるのではなく、環境のことを配慮したものを用いた暮らしや教育を実践し、子どもたちが健やかに夢や希望を描ける社会にしたいという想いをベースに「エシカル給食」の実現を目指して活動しています。
カミニシヴィレッジの「エシカルンテの庭」は、「たまたま家が近くで、この施設のプレオープンのときからイベントをさせてもらったことなどがきっかけで、敷地内にある花壇を貸してもらえることになり、始めた畑なんです」と柳田さん。自然栽培でさまざまな野菜を植えているほか、藍の栽培も行っています。ここで栽培した藍を使って料理教室や藍染めのワークショップも開催しているそう。
「オーガニックとかエシカルとか声高に言うと、ハードルが高いと思われてしまって、一部の人にしか参加してもらえないこともあります…。でも、ここをそんなハードルの高い場所にしたくないんです。エシカルってこだわりではなく、思いやりだと思うんです。子どもや地域の人や環境への思いやり。その思いやりをここから広げていけたらと思っています」
SNSでの発信もしていますが、あえて町内会の回覧板にエシカルンテの庭のチラシを挟んでみたところ、これまで来たことがなかったご近所さんが顔を出してくれるようになったそう。「この施設自体が地域の交流の場。だから、この庭も地域の人が気軽に立ち寄れるような庭でいいんです」と柳田さん。
「今、考えているのはワイルドな子ども食堂。この庭に子どもたちが勝手に入って野菜をもいで食べてもいいよって言えるようにしたい(笑)。食べてもいいから、その代わりに手伝いなさいよって。そうやって子どもたちに環境のことや食のことを自然に学んでもらえたらって思うんです」
楽しそうに話す柳田さんを見ていると、無理に背伸びすることなく、身近なところから少しずつ変えていけたらいいというしなやかな強さを感じました。