都道府県、市区町村に置かれている社会福祉協議会。略して社協と呼ばれるこの組織、営利を目的としない民間の組織ですが、法律に基づいて全国に設置されており、福祉サービスや相談活動、ボランティア支援など、福祉のまちづくりの実現を目指してさまざまな活動を行っています。
全国にある社協の中で、いち早くケアラー問題に取り組み、唯一「ケアラー支援推進センター」を設置しているのが北海道社会福祉協議会です。センター設置の立役者であり、ケアラーの問題に取り組んでいるセンター長の中村健治さんに、ケアラーやヤングケアラーについて、またセンターの役割について話を伺いました。
ケアをしている人を支える仕組みが必要。日本ケアラー連盟の発足
北海道札幌市出身で、北星学園大学で福祉を学び、高齢者福祉施設の生活指導員などを経て、福祉のまちづくりを行う道社協に入ったという中村さん。最初は「人」に興味があって福祉の世界へ入りましたが、施設で働くうちに入所者と地域の交流の必要性を感じ、福祉を絡めた「地域づくり」に関心が向き、道社協へ入ったそうです。
「今からちょうど15年くらい前、日本における社会保障問題について、日本女子大学の堀越栄子教授が開いていた社会保障研究会に参加しました。そこで、日本はケアや介護を必要としている高齢者、児童、障がい者など、個別の課題については制度ができているけど、家族全体としてとらえたときに介護やケアをしている人たちのことを置き去りにしているという話になりました。特に子どもの負担という部分に関しては触れられてこなかったよねと」
研究会では、ケアを受けている人だけでなく、ケアをしている人のことも包括して世帯や家族のことを見られる仕組みや、介護やケアをしている人が気軽に相談できる場所が必要だとなりました。しかし、家族を捉えて支援する制度や仕組みが当時の日本にはありませんでした。世界的に見ると、イギリスやオーストラリアなどではすでにケアラー支援に関する法制度が整っていましたが、昔から「家族の世話をするのは家族がやって当たり前」という風潮が強い日本ではまだそこに目が向けられていませんでした。
「少子高齢社会、人口減少の日本にも家族介護者支援のための法整備が必要だとなり、研究会で話し合いをはじめました。その話し合いの中で、精神障がいがある家族と暮らしている方から『私たちは、介護ではなく、サポートをしているのだ』といった声があがり、『家族介護者』という言葉について話し合い、障がいや病気などの介助や看病、お世話などを総称して『ケアをしている人』ということで、『ケアラー』という言葉を採用。その中で18歳未満の子どもに関しては『ヤングケアラー』と呼ぶことになりました」
2010年に研究会からケアラー連盟が発足し、翌年には一般社団法人日本ケアラー連盟が設立されました。中村さんも設立時から理事として関わっています。
「ケアラーという言葉を定着させ、ケアラー、ヤングケアラーを社会全体で支えるための法制化を目指しての発足となりました」
ケアラー連盟では、ケアラーの置かれている実態を調査・研究するほか、政策立案に関する提言活動、ケアラーへの情報提供、フォーラムなどを通してケアラーのことを広く知ってもらうための啓発活動を行っています。
ケアラーの問題は社会全体の問題。多様なケアラー問題に対応していく必要がある
「全国でひと月に3件は介護殺人が起きているという悲しい調査報告があります。さらに、年間10万人の人が介護離職をしているという調査結果も出ています。あちこちで人手不足と言われていますが、これを無視して人材確保なんて難しいに決まっていますよね。家族の世話は各家庭の問題だからそれぞれで解決してくださいと言い切れる状況ではなく、社会全体で考えていかなければならないのです」
ケアラー連盟が2010年に行ったケアラー実態調査では、心身に不調がある家族のことをいつも考え、「気づかい」をしている人も含むと4から5世帯に1世帯がケアラー世帯と見ています。さらに最近はケアラーのうち4人に1人は、育児と介護などダブルケア状態になっているそう。また、2021年の国によるヤングケアラー実態調査で、中・高生では、概ね20人に1人が家族のケアをしていました。
「ケアラーのいる家庭が決して特別ではなく、他人事ではなくなってきています。ケアの形もさまざまで、多様なケアラーに対して、社会で支援を考えていく必要があるんです。ケアラー支援で大事なのは、まずケアラーがどうしたいか寄り添うこと。決して孤立することなく、困ったときに困ったと声に出せる環境を作ることが大切です」
ケアラー連盟の代表理事である牧野史子さん(NPO法人介護者サポートネットワークセンター・アラジン理事長)は、ケアラーズカフェを開き、ケアラーをスタッフとして採用し、1時間でも2時間でも社会参加できるように工夫しているそう。
「少しでも社会と関わることでまず孤立は防げると思うし、それこそ介護離職している10万人の方たちが活躍できるような働き方が可能な世の中になっていったらいいですよね」
周囲も本人も気づくのが難しいヤングケアラーに関する課題
さて、ケアラー全体の話を伺ってきましたが、ヤングケアラーについて少し話を伺うことにしましょう。
2024年6月、「ヤングケアラー」を「家族の介護その他の日常生活上の世話を過度に行っていると認められる子ども・若者」と定義した改正子ども・若者育成支援推進法が成立しました。日本ケアラー連盟では大きな一歩であるとしつつも、「過度」という表記に苦言を呈します。
「周りは気づいていなくても本人が苦痛を感じている可能性のある子どもを排除することになりかねないと考え、私たちはヤングケアラーのことを『家庭にケアを要する人がいる場合に、家事や家族の世話、介護、感情面のサポートなどを行っている、18歳未満の子どものこと』と定義しています」
ヤングケアラーは周囲に気づかれにくい、本人が自覚しにくいという「難しさがある」と中村さん。北海道の調査で、幼いときから家族のケアをしてきたヤングケアラーがたくさんいたということが分かったそうですが、「幼いうちはそれがケアだと認識できないんですよね。お手伝いだと思っているので。そして、お手伝いをしていると家族や周囲から『いい子だね』と褒められるから、負担にも思わないんです」と話します。
さらにヤングケアラーで難しいのが、「親をケアしている場合に多くある親子共依存です」と中村さん。ケアラー連盟のヤングケアラーの定義にあるように、ケアというのは、入浴や排せつ、食事の世話だけではなく、感情面のサポート、つまり精神的な支えも含まれます。「自分がいなければ」という子どもの思い、「この子がいなければ」という親の思いが強い共依存に発展することで、「子ども自身がケアラーであることに気づかないまま大人になるケースがよくあります」と続けます。
ヤングケアラーの問題点はほかにもあります。中学生や高校生で家族のケアをしている場合、友達に遊ぼうと誘われても行くことができず、かと言って自分の家のことを友達に話すのは恥ずかしいと本当のことを言えないままどんどんクラスでも孤立し、最悪の場合それがいじめに繋がるようなケースも。あるいは、勉強する時間がなく、教師にも相談できないまま、成績が悪い子とレッテルを貼られてしまうこともあります。
「ほかにも、こういうケースがあります。ケアをする期間が長く続き、ヤングケアラーからケアラーになっても、誰にも相談できないまま、結局引きこもるようにしてケアを続けているというケース。ケアする家族が亡くなるなどして生活スタイルが変わり、じゃあ外に出て働きなさいと急に言われても、引きこもりに近い状態からそれはなかなか難しいんですよね。だから、外の人との関係構築を少しずつ進める機会などが必要になってきます」
このようにあらゆるケースがありますが、世帯や個人によって違いがあるため、一つひとつ慎重に対応していかなければなりません。たとえば公的サービスが入って目に見える課題が解決したとしても、古い家族制度を大事にしている地域などでは「家族が世話をしないなんて」と白い目で見られ、それによって近所から孤立してしまうことも。「表面的なサービスだけでなく、みんなが『困っています』と言えるような環境や文化を土台から作っていく必要があると思います。ケアラー、ヤングケアラーが社会から孤立しないように些細なことでもいいので、相談できる人が近くにいることが大事」と中村さん。
また、お手伝いの延長と捉えている、あるいは恥ずかしくて周囲に言えないという隠れヤングケラーに気づくことができる専門知識を持った人たちも必要だと話します。「現在の縦割りのシステムでは解決できないことが多いため、各機関の横の連携が大切。世帯全体を見た上でケアされる側、ケアする側の問題を解決していかなければならないんです」と続けます。
ケアラー支援推進センターを設立。研修を通じて関係機関の連携を
ケアラー連盟の啓発活動や世論の動きが活発になり、都道府県、市区町村で独自のケアラーに関する条例が施行されるようになります。北海道も令和4(2022)年4月、全国の都道府県で3番目の早さで「北海道ケアラー支援条例」を施行。ちょうど条例ができた同じ年の6月には、中村さんが中心となり道社協に「ケアラー支援推進センター」を全国の社協で初めて開設しました。
「ケアラー連盟の理事を務め、ケアラーについての調査や問題に携わっていく中で、ケアラー支援のためには地域住民と一緒にケアラー支援の文化を築いていく必要があると考えていました。そういう意味では、福祉のまちづくりを掲げている社協だからこそ普及啓発やケアラー世帯を包括で見られる地域づくりなど、できることがいろいろあるのではないかということでセンターを立ち上げました」
現在、センターでは北海道から委託を受け「ケアラー支援関係職員等研修」「地域アドバイザー養成研修」を行っています。「ケアラー支援関係職員等研修」では、福祉、介護、保健、医療、教育など、あらゆる分野の関係機関職員をはじめ、地域の民生委員や支援団体関係者らが、ケアラーやヤングケアラー、その家族からの相談に適切に応じられるよう、ケアラー支援について学びます。
「研修では、ケアラーを主人公として考えてくださいと伝えています。相談を受ける際、あるいはケアラーであると気づいて声をかける際、まずはケアラー自身がどう在りたいか、どうしたいかをきちんと聞くことが大切。その上でどのような公的サービスが利用できるか、どこに繋げればいいのかなどを考えていきます」
この研修は、基礎研修がオンデマンドで行われ、リアルに集まる応用研修が道内の14振興局単位で行われます。応用研修ではグループに分かれてさまざまなワークに取り組むそう。
「応用研修は、研修後も地域の関係機関、専門職たちが繋がり、連携できるようにという目的も持たせています。たとえば、学校の先生がヤングケラーの生徒に気づいて、福祉関係に繋げようと思っても、どこの誰に相談すればいいのか分からず、支援がストップしてしまうような場合もあります。また、高齢者を見ている地域包括支援センターのスタッフがヤングケアラーの存在に気づいても縦割りの組織ではどこと連携して支援すればいいか分からないということも。違う分野や管轄の専門職たちが、ケアラー支援という名のもとに集い、顔が見える関係性を築くきっかけにしてほしいと考えています」
「かわいそう」ではなく、自然と地域で支えるのが当たり前の社会を築く
センターでは、北海道から委託を受けた研修事業のほか、道内の各市町村の実態調査や条例作り、具体的な支援の仕組み作りの相談やサポートなども行っています。また、センター長である中村さんにケアラー問題に関して講演会の依頼もあるそう。
「あるとき、講演会のあとに参加者の女性から、『私もケアラーだったんですね。人に相談してよかったんですね』と声をかけられたことがあります。彼女は障がい児を育てているお母さんで、大変なことがあっても、これは子育てだから当たり前なんだと思い込んで、困ったことがあっても誰にも言えず、愚痴も言えずにいたそうなんです。彼女のように、自身がケアラーだと気づいていない人がまだたくさんいると思いますし、ちょっと愚痴を聞いてあげられるような場所や相談できる人が近くにいることが支援の第一歩として大事だとあらためて思いました」
また、「かわいそう」という目で見られるのがイヤだというケアラーやヤングケアラーの声も多いと中村さん。「ケアを受ける人もケアラーもどちらも幸せであるべきだと思うので、その家族のことを『かわいそう』と捉えるのではなく、地域全体でそこに暮らす人たちを自然と支え合えるような社会にしていくことが大事」と話します。そのためにも関係機関は丁寧な啓発、普及を行い、地域ごとにきちんとケアラーを支える環境や文化の基礎を築いていかなければと考えているそう。
現在、北星学園大学短期大学部で地域社会論について非常勤講師も務めている中村さんは、「自分の暮らす地域に興味を持ってもらい、地域を好きになってもらうことが大切だという考えで授業を行っています。ケアラー問題にしても、やっぱり地域のサポートが最終的には大事になるからこそ、みんなが暮らしやすい地域を作っていくことを考えてもらえたらと思います」と語ります。
2年前に道社協を定年退職した中村さんは、センター立ち上げに伴ってセンター長として再雇用となったそう。北と南の2拠点生活に憧れていると笑いますが、話を伺っていると北海道のケアラー支援や地域づくりに関して中村さんの力はまだまだ必要な気がします。ケアラーに関するさまざまなケースや課題を伺いながら、私たち一人ひとりが、ケアラーやヤングケアラーについて「正しく知る」ことが大事だと感じた取材でした。