この数年、ニュースでもよく耳にする「ヤングケアラー」という言葉。2024年6月には、改正子ども・若者育成支援推進法が成立し、ヤングケアラーに関して「家族の介護その他の日常生活上の世話を過度に行っていると認められる子ども・若者」と定義が明記されました。ヤングケアラーに関しては各自治体でも大きな社会問題と捉え、その課題解決の支援等に向けて動いています。今回は、北海道におけるヤングケアラーの実態や北海道の取り組みなどについて、北海道保健福祉部子ども応援社会推進監の野澤めぐみさんに伺いました。
クラスに1人はいるヤングケアラー。お手伝いの範ちゅうを超えている場合も
令和2年度に厚生労働省と文部科学省が連携し、ヤングケアラーに関する実態調査を全国で行いました。それを受け、全国の各自治体も動きはじめ、北海道も令和3年度に、心や体に不調のある家族の介護や看護、日常生活上の世話などをするケアラーとヤングケアラーに関する実態調査を実施。まずは、北海道におけるヤングケアラーの実態について野澤さんに伺いました。
「ヤングケアラーに関しては、札幌を除く道内の中学2年生、高校2年生を対象に調査を行ったほか、学校、スクールソーシャルワーカーにも調査を実施しました。その結果、自分が世話をしている家族がいると答えた中学2年生が3.9%、全日制へ通う高校2年生が3.0%、定時制高校の2年生に関しては4.5%という結果が出ました。つまり、40人ほどのクラスのうち1人または2人の生徒がヤングケアラーであるというわけです」
世話の頻度は、中学2年生と全日制の高校2年生のうち約半数が「ほぼ毎日」と回答。また、学校生活への影響を尋ねたところ、「特にない」が最も多かったものの、次に多かったのが「自分の自由になる時間がない」という結果でした。
「影響がないという結果に関してですが、実は本人にヤングケアラーだと自覚のない場合が多く…。お手伝いのひとつという受け止め方をしているんですね。周りの大人たちも、家の中のことなので、子どもたちの負担に気付きにくい状況にあると思います。誰かに家族の世話をしている悩みを相談したかという問いに関しても中学2年、全日制の高校2年の8割近くは相談するほどの悩みではないと回答しています」
こうした結果から見えてくるのは、家族で助け合うのは当たり前という日本人の古い価値観や自分の家のことを他人に言い出しにくいという子どもたちの意識。とはいえ、3世代で暮らすのが一般的だった時代と異なり、現代は核家族化が進み、さらにひとり親世帯も増えています。介護や介助が必要な家族の世話を家族だけで行うには厳しいのが現状なのです。
「子どもが家事をしなければ家が回らないという家庭もあり、これをお手伝いと呼ぶには負担が大きすぎます。家事や家族の世話で、勉強や部活、友達と遊ぶことができなくなっているとすれば、子どもの権利において公正とは言えません。重い責任を負うことで、心身に不調が生じたり、進路に影響が生じるケースもあります」
北海道は全国の都道府県で3番目にケアラー支援に関する条例を制定
ヤングケアラーをはじめ、ケアラーを専門機関や地域が支えていく体制を整えていく必要があると、北海道は「北海道ケアラー支援条例」を制定し、令和4年4月に施行しました。福祉や医療、教育などの専門機関が連携することはもちろん、地域の人々が一体となってケアラーを支えていこうというものです。ケアラー支援に関する条例を都道府県で最初に出したのは埼玉で、北海道は3番目。全国でも早い段階で条例を制定しました。
条例の基本理念の中には、「ヤングケアラーへの支援は、ヤングケアラーの意向を踏まえつつ適切に行われるとともに、子どもの権利及び利益が最大限に尊重され、心身ともに健やかに育成され、並びに適切な教育の機会が確保されるよう、行われなければならない」という条文があります。当事者である子ども自身の意見を聞きながら支援を講じるべきとの考えから、「意向を踏まえつつ」という言葉を用いているのが印象的です。
この北海道ケアラー支援条例のもと、令和5年3月には「北海道ケアラー支援推進計画」を策定。令和8年3月までの3年間に渡り、ケアラー支援を推進させていくための計画です。北海道のホームページにその推進計画のPDFがすべてアップされていますが、現在の状況も踏まえ、とても分かりやすくまとめられています。
普及啓発の促進の一環として行われている「ひとりじゃないプロジェクト」
北海道ケアラー支援推進計画の中には、3つの柱に基づいた取り組みを進めていこうと明記されています。3つの柱とは、①普及啓発の促進、②早期発見及び相談の場の確保、③ケアラーを支援するための地域づくりです。
それらのうち、ヤングケアラーの普及啓発の一つとして行われているのが「ひとりじゃないプロジェクト」。AIR-G‘ FM北海道と連携・協力に関する協定を結び、ラジオを通じてヤングケラーに寄り添っていこうというものです。
「毎週金曜の夕方の番組内に、ひとりじゃないプロジェクトのコーナーがあり、北海道ヤングケラー相談サポートセンターの加藤高一郎さんが登場し、ヤングケアラーに関する情報発信をしたり、ヤングケアラーからの相談に応じたりしています。ヤングケアラーの方の多くはテレビや動画を見る時間はないけれど、ラジオなら耳を傾けながら家族の世話ができるため聴いている人も多いと加藤さんからの熱心なプレゼンがあり、ラジオによる普及啓発はとても効果的だと私たちも思いました。また、ラジオネームを使って相談ができるため匿名性があるというのも、周りの大人には相談できないけれど、誰かに話を聞いてほしいという方にはとてもいいと感じています」
野澤さんはひとりでも多くの中学生・高校生に「ひとりじゃないプロジェクト」を知ってもらい、「ヤングケアラーの方たちのひとつの居場所、拠りどころになれば」と考えていると話します。
ケアラー支援には、福祉、介護、医療、教育など各分野の連携が重要
「ヤングケアラーの問題は家族全体の問題だと考えています。ケアラーへの支援は福祉だけ、教育だけ、医療だけと縦割りで解決ができないのが特徴です。行政としても管轄や部署を横断し、家族全体をどうサポートしていくかが課題だと考えています」
北海道では、関係機関の職員や地域の支援者がケアラーへの支援について学ぶことを目的に14振興局ごとに「ケアラー支援関係機関職員等研修」を実施しています(運営は北海道社会福祉協議会)。各機関や支援団体が連携することが重要と考え、ケアラーやヤングケアラー支援に携わる福祉、介護、保健、医療、教育などの各分野に広く声をかけ、参加を募っています。基礎研修はオンラインで実施し、応用研修は対面式で行っています。
「応用研修ではグループワークを行います。ここでは地域の関係機関の方たちが顔を合わせて議論し、コミュニケーションを取ってもらうことを大切な目的としています。研修が終わったあとも管轄の垣根を越えて気軽に相談や話し合いができる、本当の意味での連携に繋がればと思っています。縦割りでは解決が遠回りになってしまうケアラー支援の流れをスムーズに行ってもらえればと考えています」
たとえばヤングケアラーの場合、学校の先生が遅刻や早退を繰り返す生徒の異変に気付き、家族の世話に追われて大変だと分かったとします。さてその次に、その生徒を支援するためにはどこの機関につなげばいいのか、どんな対処方法があるのか分からないということがこれまではよくあったそう。しかし、こうした研修の場を通じて、関係機関との繋がりができることで、迅速な対応、早期の課題解決を行うことも可能になります。
「現在、全道8カ所にコーディネーターを配置し、学校と福祉の連携も進めています。元ヤングケアラーの方から、当時は日々の暮らしに精一杯で、支援方法を調べたり、誰かに相談したりできるような状況ではなかったと伺いました。おそらく現在もそういう子どもたちがたくさんいるはず。学校や地域の周りの大人が気付いて、声をかけ、よく話を聞き、必要な支援に繋げることが重要。そのためにも、ケアラー支援推進計画の3つの柱、普及啓発の促進、早期発見及び相談の場の確保、ケアラーを支援するための地域づくり、この3つを一緒に進めていくことが大事だと考えています」
道内179市町村すべてでケアラー支援のための環境整備を行いたい
野澤さんは厚生労働省からの出向で、令和4年7月から北海道へ。もともとは栃木県出身で、一橋大学を卒業後、一度は民間企業へ就職しますが、課題に対してチームでアプローチをして解決に導いていく公務員の仕事に興味を持ち、旧労働省に入省(2001年から厚生労働省)。能力開発や年金、医療などさまざまな分野を経験してきました。2年間のアメリカ留学、財務省や内閣府男女共同参画局、OECD(経済協力開発機構)日本政府代表部への出向経験などもあるほか、大臣の秘書官を務めたこともあるそう。
「コロナ禍にワクチン接種の担当をして、全国の各都道府県、各市町村にどのようにワクチンを配布するかを考える業務に従事していました。その際、地域における関係機関の連携の重要性を感じるとともに、住民の方たちに近いところで仕事がしてみたいと思うようになり、都道府県への出向の希望を出しました」
希望が通り、北海道へ出向。令和5年6月から子ども応援社会推進監を務めています。子ども施策を担当するのは初めてですが、現場で情熱を持って社会課題に向き合っている方たちをはじめ、『ひとりじゃないプロジェクト』の加藤さんやFM北海道の方たちなど、それぞれの専門家の方たちと一緒に課題解決に取り組めることにやりがいを感じています」と話します。
おそらくあと1年ほどで厚労省に戻ることになる野澤さん。戻るまでに、北海道ケアラー支援推進計画で掲げている数値目標を達成させたいと話します。そして、道内179市町村でケアラー、ヤングケアラーがきちんと支援を受けられるように環境を整えたいと考えているそう。
「関係機関の連携ができていないと、ケアラーの方が相談に行ってもたらい回しにされてしまう可能性があります。そうならないためにも、各市町村で、まずは相談支援の窓口を明確化していただく必要があると考えています。実際に窓口を設けている市町村もありますが、人手不足などでなかなか難しい市町村があるのも事実。これからも引き続き各市町村の皆さんに協力していただけるよう、私たちもできる限りサポートをしていきたいと思います」
毎年11月は北海道のケアラー支援推進月間。現在もコンビニエンスストアなどの協力のもと、ポスターやステッカーの提示、リーフレットの配布を行っていますが、さらに力を入れて啓発活動を行うそうです。私たちもケアラーやヤングケアラーについて知ることはもちろん、みんなで支え合える地域づくりについても考え、自分事として捉えていく必要があると感じました。