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あんなこと、こんなことフォーカス

食と農の未来を見据え、農学部の学生たちが行う「北大マルシェアワード」

2025.12.15

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毎年秋に北海道大学農学部で行われる「北大マルシェアワード」。食と農に関する活動を行っている道内の団体を表彰するアワードと、これまでのアワードのファイナリストたちが出店するマルシェが行われます。実はこのイベント、農学部の大学院の授業のひとつ。運営の中心となるのは学生たちです。今年(2025年)は10月25日、26日に開催。まだ余韻が残る中、北大マルシェアワードの立ち上げ時から学生たちの指導にあたっている小林国之さん(北海道大学大学院農学研究院准教授)と、今年の実行委員長を務めた森本真依さんに話を伺いました。

北大マルシェアワードの企画の仕掛け人は、北大農学部出身の小林国之准教授

まずは、北大マルシェアワードの仕掛け人である小林先生に話を伺っていきたいと思います。

小林先生は北海道大学農学部出身。もともと生物や化学が好きで理系だったこともあるほか、高校時代に食糧問題や気候変動に関するニュースを目にすることが増え、それらにまつわることに興味を持ったのをきっかけに農学部へ。最初は研究者になるつもりはなかったそうですが、大学院の修士のとき、農業経済学の面白さを感じ、教授からの勧めもあり、博士課程へ。

▼こちらが、北海道大学大学院農学研究院准教授の小林国之さん。

「教授が農業の現場から未来の種や希望を見出し、理論化して世の中に広めるというスタンスの研究をやっていて、これならやってみたいなと思ったんですよね。簡単に説明すると、農家の人たちにどのような課題があるか、困っていることがあるかを聞いて、それらをまとめたものを世の中の人に見てもらい、農家の課題や悩みが個人の問題ではなく、社会的な構造などの問題であると伝えていくという内容ですね。私は酪農の研究が長いのですが、農家の人たちに話を聞いて、彼らがやっているイイなと思うことを、あなたはイイことやっていますよ、こういう意味で素晴らしいですよというのを伝えたり、それを発信したり、あとは人と人を繋いだり…といったところですね。今も研究者という感じではないんです(笑)」

そう笑いながら話す小林先生ですが、農村・農業振興に関するネットワークや協同組合のこと、新規就農者や農業後継者が地域社会に与える影響などの研究も行い、著書も多数。農業系雑誌での連載も執筆しています。

小林先生が畜産・酪農の研究を行っている谷朋弘准教授と共に、大学院の授業として北大マルシェアワードを始めたのは2021年。今年で5回目になりますが、アワードとマルシェを一緒にやったのは正確には2回目。コロナ禍だったということもあり、その前の3回はアワードだけ行いました。

▼ファイナリストと審査員、運営に携わった学生たちの様子。「撮影:北大 広報・コミュニケーション部門」

前身は北大マルシェ。学生たちが生産から消費までを学べるイベント

北大マルシェアワードには前身となるイベント「北大マルシェ」があり、それは2010年から2019年まで行われていました。学生たちに生産から消費を一貫して学べる機会をと、大学院の授業の一環としてスタート。毎年、夏の2日間、農学部の前で出店者を集めてマルシェを行いました。

「農学部に入ってもなかなか現場に出ることや生産者さんと触れ合う機会が少ないので、学生たちと現場の人を繋げるという目的から始めました。また、生産現場で抱えている問題が消費者に伝わっていないというのも課題に感じていたので、学生、生産者、消費者が繋がれる機会になればと考えていました」

学生たちが主体となり、生産者さんたちに出店を依頼し、当日は一般の方たちに気軽に買い物に来てもらうという内容。多い年で約40店舗が参加し、2日間でのべ1万人が訪れる大きなイベントに。当初から10年と期限を決めてスタートしたそうですが、ちょうどコロナ禍に見舞われたこともあり、10回目の2019年で一旦終了となりました。

▼北大マルシェの様子。「撮影:北大 広報・コミュニケーション部門」

「学生、生産者、そして消費者を繋ぐという役割は果たせたと思っています。ただ、1年に1度のイベントだけで終わらせるのではなく、日常的に根付いてこそのマルシェだと考えていたので、『北大マルシェ Cafe&Labo』でもマルシェに出ていただいた方のものを一部販売しています」

2017年にオープンした北大マルシェ Cafe&Laboは、大学の正門からわりと近いところにある百年記念会館の1階に入っているカフェとショップ。北大の農場の牛たちの生乳から作った牛乳も販売しています。

「北大牛乳をテーマにしたカフェを作るとなったときに、それだけではなく、商品を通じて生産者と都心の消費者が繋がれるようにと運営会社にお願いし、大学とも調整しながら、商品を置いてもらえるようにしました。今は観光客の方がたくさん来てくださっているのですが、札幌の方たちにももっと気軽に利用してもらい、食に関心を持ってもらえる場所にしたいと考えています」

コロナ禍を経て、アワードをスタート。未来の食と農を一緒に考える機会にしたい

2019年に一旦区切りをつけた北大マルシェ。コロナ禍の2020年は何も行うことができず、その翌年から北大マルシェアワードとして新たなスタートを切ります。

「マルシェはたくさんの方たちに来ていただくことができ、いろいろな繋がりもできて、イベントとしてそれはそれでよかったと思うのですが…。賑やかにワイワイやってそれで終わりでいいのか?という話を三谷先生としていて、次にマルシェをやるなら、これからの時代、大事なものはこういうことじゃないですか?と投げかけ、皆さんと一緒にそれについて考えられるようなものに進化させたいと、アワードを行うことにしました」

毎年のコンセプトを決めるのは、実行委員でもある学生たち。テーマに合った活動を行っている生産者や団体に、その想いや取り組みを発表しないかと参加を呼びかけます。応募した団体は、ファイナリストに残ると、イベント当日にステージで発表を行います。

▼「北大マルシェアワード」の最終審査会の様子。
▼授賞式の様子。

前述した通り、コロナの懸念があり、3年間マルシェは開催しませんでしたが、昨年からマルシェも復活。出店者はこれまでのアワードでファイナリストに選ばれた生産者や団体のみとしました。

「これからの農業に必要であろう考えを持ち、実践している人たちにスポットを当て、それを広く社会へ発信していくのがアワードの役割。一人ひとりが素晴らしい取り組みをしていて、そういう人たちが繋がれる場でもあってほしいと考えています。そして、マルシェに出て作っているものを販売し、その取り組みを消費者の人にも知ってもらえたらと考えています」

北大マルシェからはじまり、アワードに進化。トータルで15年経った今、小林先生は、「これからの農業において大事なことを共有できる人たちが増えてきていると実感するとともに、世の中の変化を感じています」と話します。また、「これまで参加してくれた学生たちは300人以上になるのですが、マルシェの経験を今も大事にしてくれている卒業生もたくさんいて、そういう意味では私も三谷先生も続けてきてよかったなと感じています」と穏やかな表情で語ってくれました。

▼「私がいなくなっても、北大マルシェアワードは続いていって欲しいですね」と話す小林准教授。

今年のテーマは「変わる農業、動かす人」。繋がりと交流が生まれた2日間

さて、次に今年の北大マルシェアワードの実行委員長を務めた森本真依さんに話を伺います。

今年のアワードのテーマは「変わる農業、動かす人」。価格とは違った部分で食と農の価値を伝え、消費者の意識を変える「消費者倫理部門」と、未来に向けて持続可能な農業を実践する「環境部門」の2部門を設けました。事前に応募を受け付け、審査の上、ファイナリストを各部門3団体選出。中には、札幌未来ベースや姉妹サイト・くらしごとで紹介したことのある方の名前も。

▼こちらが、北海道大学農学院修士1年 北大マルシェアワード2025 実行委員長の森本真依さん。

ちなみに各部門の最優秀賞は、消費者倫理部門が、エシカル給食の普及推進活動などを行っている「エシカルンテさっぽろ」(以前未来ベースで紹介)、環境部門が小清水町で有機栽培や不耕起栽培を実践している「やむべつメーメーファーム」でした。

みんなをまとめてきた森本さんは、「春からみんなで準備し、本当にいい経験をさせてもらったと感じています。そして、これに関わったことで、いろいろな取り組みをしている生産者さんたちがたくさんいると分かり、北海道の農業ないし日本の農業はまだまだ捨てたもんじゃないって思いました」と目を大きく見開き、元気よく話します。

アワードは初日に行われ、マルシェは2日間行われました。マルシェには両日合わせて3500人近くの方が訪れました。

▼北大マルシェアワードを運営した学生。「撮影:北大 広報・コミュニケーション部門」

「2日目は残念ながら悪天候だったのですが、出店者の皆さんが、天気が悪かったおかげでボランティアの学生やほかの出店者さんたち、また、足元が悪くてもわざわざ訪れてくれたお客さんたちとゆっくり話ができて良かったと言ってくださったんです。それぞれがじっくり交流を深めることができ、それはそれで良かったのかなと思いました」

このイベントの趣旨でもある消費者と生産者の繋がりを作ること、さらに生産者同志を繋ぐという役割も果たせたと感じたと続け、「いろいろな立場の人たちが集まり、いい具合に混ざり合った『場』という感じでした」と振り返ります。

「北大マルシェアワードに関わらなければ、こんなにいろいろな生産者さんと親交を深めることもなかったと思います。農学部で学んでいますが、生産者さんと直接会って話す機会は少なく、それこそ教科書で読んだリジェネラティブ農業を実際にやっている方にお会いするなんて思いもしませんでした」

▼毎年、実行委員がファイナリストの方に取材を行っています。

実行委員長の実家は兼業農家。大学に進むまで農業に興味はなかった

現在、大学院の修士1年の森本さん。出身は、丹後半島の付け根にある京都の与謝野町で、実家は兼業農家なのだそう。農家だから農学部に進学したのかと思いきや、「そういうわけではないんです。小さい生き物や生物に興味があって、そこから農学部を選びました。大学院でも白衣を着て、顕微鏡を見ながら、植物の遺伝子の研究をしています」と意外な回答。

「北大を選んだのも、北海道に住んでみたいという憧れと学部の選択肢が多かったからで…。農業そのものに興味を持つようになったのは、実は農学部に入ってから。実家は稲作をやっているんですが、初めて稲刈りの手伝いをしたのも農学部に進んでからなんです」

▼生き物や生物に興味があって、北海道大学を目指したと話す森本さん。
▼北海道大学を目指したのも、「北海道に住んでみたかった」という単純な理由だそう。

初めて実家で稲刈りをした際、お父さんが「体調のこともあるし、苗の代金が高くなっていることもあり、いつまで続けられるか分からない。そろそろ辞めるかもしれない」と漏らしたのを聞き、「授業で習っていた離農や農家の高齢化などの問題をリアルに感じ、それをきっかけに農業の現場や地域創生にも興味を持つようになりました」と話します。

座学だけでなく、せっかく農業大国と言われる北海道にいるのだから、自分で動いて考えるフィールドワーク的な授業を受けたいと考えていた森本さん。大学院に進み、北大マルシェアワードが授業だと初めて知ります。

「それまで北大マルシェアワードの仕組み自体をよく分かっていなかったんです。イベントがあるのは知っていたのですが、まさか授業だとは思わず…。授業でこういうのがあるのは面白いなと思い、参加することにしました」

▼農学部大講堂で行われた北大マルシェアワード最終審査の様子。

北大マルシェアワードに関わったから知ることができた北海道農業の素晴らしさ

小林先生の北大マルシェアワードの授業には、それぞれ異なる研究に取り組んでいる大学院生が25人集まりました。森本さんは「これに参加していなければ知り合うことも、話すこともなかった人ばかり」と話します。

投票で実行委員長に選ばれた森本さんは、手探りでしたがみんなと一緒にマルシェとアワードの準備を進めていきます。

「それぞれが得意なところを生かしながら準備ができたと思います。みんな研究内容が違うので、あらゆる視点から農業を見ていて、自分としても勉強になりました。アカデミックな感じで進めていけたのが、大学院ならではな感じがして良かったと思います。もちろん先生たちのサポートがあってのイベントですが、学生たちが主となってやることに意味があったと思います」

▼「北大マルシェアワードを知らなかったら、小林先生との出逢いもなかった。本当にいい経験をさせていただきました」と笑顔で話す森本さん。

参加した生産者も買い物に来た消費者も、「大学だから敷居が高いかと思っていたけど、学生が運営していて、学生をはじめいろいろな人と交流できたのが良かった」と言ってくれたそう。

「特に、アワードに参加してくれた生産者さんや団体の方から、学生と話せたことが嬉しかったとたくさん声をかけてもらいました。自分たちの活動を私たちのような学生に話せる機会はそうそうないし、私たちも聞く機会がなく、懇親会などでもみんな熱く語り合っていました。私たちも自分たちの専門に沿ったマニアックな質問をぶつけるので、そういうのも面白かったようです。生産者さんにとっても、私たち学生にとっても、新しい気付きがたくさんあったと思います」

北大マルシェアワードに携わったことで、農業に対して広く視野を持つことができたという森本さん。これから就職活動がはじまりますが、「農業の担い手や農業に関わる人を笑顔にできるような仕事がしたいと考えています。北大マルシェアワードに関わり、北海道の生産者さんたちと出会い、北海道の農業ってスゴイな、北海道ってステキだなって思いました。以前は北海道に残ることは考えていなかったのですけど、今は北海道で就職することも選択肢として残しています!」と、最後にとびっきりの笑顔で語ってくれました。

▼農学部の歴史は古く、1876年に北海道大学農学部の前身となる札幌農学校が開校して以来、旧制専門学校などから昇格する形で多くの大学に農学部が設置されました。
▼「以前は北海道に残ることは考えていなかったのですけど、今は北海道で就職することも選択肢として残しています!」と話してくれた森本さん。これからも「農業」の魅力をいろんな形で発信していって欲しいですね。
小林 国之さん

北海道大学大学院農学研究院
地域連携経済学
准教授

小林 国之さん

森本 真依さん

北海道大学農学院修士1年
北大マルシェアワード2025
実行委員長

森本 真依さん

北海道札幌市北区北9条西9丁目

TEL. 011-706-2458

北大マルシェアワード2025

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