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店主の接客も魅力。新感覚の和菓子「あんこ堂」

2025.5.12

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札幌市西区にある「あんこ堂」。店頭には、ラムネ味やピスタチオ味など、普通の和菓子店では見たことがないカラフルなあんこが並びます。さらに、このあんこを挟むのは、なんと蒸しパン。「一体どんな味がするんだろう」と考えずにはいられない、この新感覚の和菓子を考えたのは、店主の松本めぐみさんです。この珍しいお菓子を世に生み出すきっかけや、松本さんが大切にする接客への想いを伺いました。

接客の楽しさを知ったのは、何気ない「ありがとう」

札幌市清田区で3人きょうだいの長女に生まれた松本さん。幼い頃から「根拠のない自信」があったと笑います。

笑顔で出迎えてくださった、あんこ堂店主の松本めぐみさん。

「母と買い物に行っても一人で動き回る子どもでした。はぐれてしまっても『母が迷子になった!』と周りの大人に言っていたほどです(笑)」

幼い頃から料理が好きで、4歳から卵焼きや目玉焼きを作り、小学校にあがるとお菓子の本を見ながら、クッキーやシュークリームなどを作っていました。幼少期から食に興味を持っていた松本さんは、高校卒業後に栄養系の短期大学に進学するものの、希望していた商品開発に携わる仕事に就けず、生命保険会社の法人営業に就職します。もともと接客の仕事が好きだった松本さん。仕事自体は楽しかったそうですが、上司との相性が合わず1年ほどで退職します。

その後松本さんは、接客のお仕事を求めて転職活動をします。なぜ接客業だったのでしょうか?

「高校時代に、スーパーにあるお酒とタバコを販売するカウンターでアルバイトしていました。常連さんのタバコの銘柄を覚えて『今日も1個でいいですか?』と言って出すと、すごく喜んでもらえて。ビールのケースを車まで運ぶと『ありがとう』と言ってそのうち名前で呼んでくれるようになって。そんなやりとりが嬉しくて、接客っていいなと思ったんです」

その後、憧れていたアパレル店員での採用が決まり、仕事を始めた松本さん。「海外ブランドも扱うセレクトショップで、毎日がとても楽しくてやりがいのあるお仕事でした。」と話しますが、5年程働いた頃、将来のキャリアを考えるようになったそうです。

「憧れていた職業で、すごく好きな仕事だけど、いつまでお店に立っていられるんだろうと思うようになったんです。ずっと接客をしていたいけど、年齢を重ねると管理職になる可能性が高い。でも、できれば接客を続けたいと思っていたんです」

そう考えた松本さんは思い切って転職することを決意。接客を続けながら年齢を重ねられる仕事は何かを考えた時、思い浮かんだのがホテルスタッフでした。

結婚を機に、お寺へ

松本さんは、実際にホテルの接客を体験するため、大阪にある外資系の高級ホテルに滞在してみることに。そこで目に入ったのが、ホテルブライダルの仕事でした。

「これならずっと接客ができる」

そう思った松本さんは、札幌に戻ると、通信講座でブライダルの仕事に必要な知識を学び資格を取得。その後、ブライダル専門の会社に就職し、式場見学に訪れたカップルへの案内や、プランの提案などをするお仕事をしていました。

そして、半年ほどたった頃、松本さん自身も結婚することに。お相手は、札幌市内にあるお寺の住職をしている方でした。お寺に嫁ぐことに不安はなかったのでしょうか。

「それまでお寺とはご縁がなかったので、何が大変かも分からず結婚を決めました。ただ、結婚したらお寺の仕事を手伝うために、自分の仕事は辞めなければなりませんでした」

せっかく見つけたブライダルの仕事を、辞めることになった松本さん。しかし、心の中には新たな目標が。それは、仏式の結婚式を多くの人に知ってもらうことです。

「実は、日本の結婚式のルーツってお寺での仏式なんです。現在では仏式で結婚式を挙げる方がほとんどいないので、それを広められたらブライダルの資格も生かせると思いました」

家事をしながらお寺の手伝いをし、檀家さんにも孫のようにかわいがられて楽しい日々を送っていた松本さん。しかし、結婚から十数年経った頃あることがきっかけでそんな生活に終わりを告げることに。
お寺での生活から離れ、別々の道を歩んでいくことを考えはじめます。

あんこ堂のオープンと一緒に、新たな人生が始まる

お寺の仕事を辞めたことで、それまで得ていた収入が途絶えてしまった松本さん。そこから、派遣会社に登録し、百貨店に入っているブランドのアパレル店員として仕事を始めます。

「離婚を考えた時に、アパレルの仕事に戻ろうかとも思っていました。ありがたいことに、派遣で勤務していたブランドから『社員にならないか?』とのお声もいただいたので。でもそれだと結局いつまで店頭に立っていられるかわからなくて」

これから何をして生きていこうと考えたときに出会ったのが、「あんこ」でした。

「たまたま、スーパーに『りんごあんのおはぎ』が売られていたんです。もともとあんこはそれほど好きじゃなかったのですが、珍しかったので好奇心で買ってみました。それが食べたらシャキシャキの果肉が入っていてめちゃくちゃおいしかったんです」

興味が湧いて、あんこを調べてみると世の中には300種類のあんこがあることを知った松本さん。その話を家族にしたところ、妹から思いも寄らないことを言われました。「へ〜面白い!そんなお店やってみたら?」と。

「自分が経営するなんて全く考えたことがなかったけれど、ちょうどこれからの人生を考えていたタイミングだったので、そういう道もあるのかって。そこから経営に関する本を何冊か読んでいくうちにお店をやってみようと思うようになりました」

お店を自分でつくることを決めて早速、商品の試作を始めた松本さん。

「カラフルなあんこの色味を生かしたお菓子にしたくてまずおはぎを作ってみました。でも、あんこの味によって合う味と合わない味があって。そこからお餅やワッフル、どら焼きなども作ってみましたがどれもしっくりこなくて。半年ほど試作をしていた時に子どもの頃、母がおやつに作ってくれていた蒸しパンを思い出して。あんこに合わせてみるとどのあんこにもマッチしたのでそれを基に生地をブラッシュアップして現在の形に辿り着きました」

松本さんのお母さまが作る蒸しパン。できたてでほかほかです!

そして、店舗の場所を決めてお店づくりが始まりました。

「内装やパンフレット、紙袋などのアイデアは全て自分で考えました。コンサルタントにお願いすると費用がかかるので、できることはなるべく自分でやろうと思いまして。色の組み合わせやインテリアなどはアパレルの仕事をしていた経験が役立ちましたね。自分のお部屋を作っているみたいな感覚で楽しかったです」

そして、2022年8月に念願の「あんこ堂」がオープン。新しい一歩の始まりでした。

店内の素敵な壁掛け。ファッションの視覚的な要素がとりこまれていて、松本さんの培ってきたセンスが光ります。

口コミが教えてくれた、「お店を続ける」というこ

オープン当初は、「『世の中にないものだから、きっと話題になる』と小さい頃からの根拠のない自信が何となくあって。自分がワクワクしているから、きっと同じように面白がってくれる人がいるはず」と思っていたそう。

「まずはSNSのアカウントを作り、オープンまでの情報を少しずつ発信していきました。すると、インフルエンサーさんの目に留まり、オープン翌日に来店してくれたんです。そこから一気にフォロワーさんが増えました。その影響でオープン当初は完売が続いて。SNSの影響力のすごさを感じました。ひたすら作って、売って翌日の仕込みをしてと一日があっという間でした」

ところが、オープン後まもなく「生地がパサついている」という口コミがグルメサイトに掲載されてしまいました。その日作ったお菓子を夕方食べると、確かにパサつきが気になります。あんこの甘さや風味を感じられるように極力砂糖や油分を抑えたレシピだったのでどうしてもパサつきやすくなるそう。

「でも、このまま販売してはダメだと思い、急遽お店を2日間閉めてレシピを見直しました。今でも違う作り方やレシピを試しながら何度か改良しています」

あのコメントが無かったら、今までお店は続いていなかったかもしれないと松本さんは話します。

「人によって味の好みは違いますから、万人においしいと言っていただけることは難しいのはわかっています。ただ、少なくとも自分が自信を持って出せるものを販売しないとお客さまにもそれが伝わってしまうと思うんです」

どんな仕事も経験も、すべて「今」につながっている

オープンからもう少しで3年。松本さんがいま一番楽しいと感じるのは、「あんこの面白さ」が伝わった瞬間だといいます。お客さまとは、何かしらの会話を交わすようにしているそう。まさに接客が好きな松本さんならではのスタイルです。

「初めての方には当店のお菓子がどんなものなのかを説明しないと何屋さんかわからないので。その上で、どの味にするか迷うお客さまにはあんこの試食をお出しすることもあるんです。味の想像がつかないものばかりなので(笑)試食をした時のお客さまの『何これ?!美味しい』という声が返ってくると、こちらも嬉しくなるんです。あんこが苦手だった方が『ここのあんこなら食べられる』と再訪してくださることもあって。自分が面白い、おいしいと思っているものを楽しんでくださる。接客しながら直接そんなお声を聞けることが何よりも嬉しいんです」

あんこ堂には本州から買いに来るお客さまもいるそう。そうした方からネット販売はしていないのかとお問合せをいただくことも。そうした要望に応えるため、新しい商品の開発を進めていると教えてくれました。

「完成したら、全国の方に届けられるようにクラウドファンディングをするつもりです。ゆくゆくは、海外への発送やポップアップ出店などもやってみたい。そんな野望も抱いています(笑)」

まだ世にないあんこのお菓子を生み出し、ゼロからお店を立ち上げた松本さん。そんな松本さんだからこそこれから何かを始めたいと考えている方にメッセージはありますか?とお聞きすると、

「特別なスキルや資格がなくても、やってみたいという気持ちと行動力があればきっと形にすることはできます。私自身、経営も製菓も未経験の状態だったのに、今こうしてお菓子屋さんを開業できていますから。そして、今までやってきたことは必ずどこかで役立ちます。今は意味がないと思っていることもいつか思わぬところで繋がる日があるかもしれないんです。100のうち1つでも『あの経験があったから今がある』と思える瞬間がきっとあると思います。無駄な経験なんて無いんです。だからこそ、今この時に自分の心が動いたことに勇気を出してぜひ一歩踏み出してみてください」

松本さんのキャリアには、いつも「接客」という軸がありました。そして一人の女性としてもさまざまなことを経験してきた松本さん。しかしそれをネガティブに捉えるのではなく、「むしろ学びだった」と笑顔で語る姿がとても印象的でした。これからも、あんこを通じて多くの人を笑顔にしてほしいです。

松本めぐみさん

あんこ堂 店主

松本めぐみさん

北海道札幌市西区発寒6条9丁目17−28 エフビル宮の沢6

TEL. 011-600-6842

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