東札幌にあるsaku.to&co(以下、サクトコ)は、札幌ではまだ珍しい花の場外卸売市場です。こちらの立ち上げメンバーが、今回取材させていただく長津宏紀さん。色とりどりの花が並び、たくさんのお花屋さんが仕入れに訪れるこの場所は、オープン時の来客がほぼゼロだったそう。「苦労はあったけど、良いこともあった」と話す、長津さんにお話を伺います。
花に興味がない彼が始めたアルバイト。
長津さんが花と関わるきっかけになる出来事は、中学2年生の時。会社員として働いていた両親が「花屋をやりたい」と、会社を辞めて自分たちの花屋をオープンしたことでした。
「父が最初に始めたいと言ったそうですが、母も生花を習っていたので、ひょっとしたら2人でいつか花屋を始めようと考えていたのかもしれません」
中学高校時代の長津さんは、両親の花屋に全く興味がなかったといいます。特に高校生になってからは友だちと遊ぶ中で、ヘアカットに興味を持っていったそうです。
「高校生の時は、友だちの髪を切ったりアレンジすることが楽しくて、将来はヘアメイクアーティストになりたいと思っていました。高校卒業後は、美容専門学校に進学したいと考えていましたね」
そこで長津さんが両親に進学の相談したところ、ある条件を出されます。
「『美容専門学校に行くなら、東京に行きなさい』と言われたんです。おそらく就職口の多さを札幌と比較したのでしょう。でも、僕は札幌が好きだったから、東京に行く気はなかったですね」
時を同じく、両親の生花店でアルバイトを始めます。
「『ちょっと手伝ってみよう』くらいの軽い気持ちで始めたんですけど、ガーベラの水揚げや菊の葉っぱ切りなどを手伝ってみたら、花を触るのが楽しくて。高校卒業して、花卸売会社に就職するのもありかもしれないと思い始めました」
東京で美容専門学校に進学するか、札幌で花卸売会社へ就職するかで長津さんは悩みます。
ただ迷いがある時点で、心の中で「進学はない」と気づいていたようで…。
「両親が必死に働いてくれたお金で進学するのに、半端な気持ちでは行けないですよね。その時点で、美容専門学校は違うなって思ってました。なので、両親には『美容専門学校には進学しないで、花卸売会社へ就職する』と伝えました」
両親からは「宏紀が決めたことなら」とひとこと。長津さんは18歳で自ら進む道を決め、花卸売会社に就職します。
18歳で就職。東京でできることは札幌でもできる。
花卸売会社で働くことになった長津さんの1日は、学生時代に比べるとガラリと変わります。魚の市場と同じく、花も市場に卸売会社が仕入れに行き、その後お花屋さんへ届けます。当たり前ですが、お花屋さんがオープンする時には店頭に花が揃っている状態じゃないといけません。
「朝は3時に出勤だったので、朝早いというより夜中に起きる感覚でした。しかも、お花屋さんの息子だけど、バラとカーネーションくらいしか花の名前もわからない。最初は床を竹ぼうきで掃くことからスタートでした」
竹ぼうきでの掃除はコツがあるそうで、先輩に教わりながら掃除をマスターします。次に任されたのは『店別作業』といい、お花屋さんの注文別に花をまとめる作業を担当します。
「『店別作業』で、やっと花の名前を覚え始めましたね。と言っても、仕事をしていたら自然に覚えていったので、覚えるのが大変というのはなかったです。20歳くらいまでは『店別作業』と花の配達がメインでした」
それから長津さんは、花の仕入れ担当に昇進し、市場で花を仕入れるようになります。このタイミングで地方にも配達を兼ねて営業に行くようになり、仕事の幅が広がり始めました。
「営業の一環でお花屋さんに声をかけると『こういう品種ってあるかな?』とリクエストがあるんです。それに応えるのも楽しかったし、僕がおすすめした花に満足してもらえたときも嬉しかったですね。北海道全域を担当していたので、トラックに花をのせて移動していると行商をしている気分でした」
しかしこの頃、社内で仕入れ担当の変更があり、社長が担当している花の仕入れを長津さんが担当することになりました。社長は『季節の花』を担当しており、春であれば春の期間に摘むことができる品種の全てを仕入れすることに。
「季節の花は、覚えるのに苦労しましたね…とにかく品種が多いので。しかも季節の花は、天候によって入荷がないこともあり、『お花屋さんに花を届けられないかもしれない』と毎日もどかしく感じていましたね(笑)。配達先に迷惑をかけたくないし、社長からの引き継ぎだったので『社長から長津さんに変わって、品種少なくなったね』と言われたくなかったのも大きいです」
しかし今振り返ると「社長が自分を信用して挑戦させてくれたんじゃないか」と長津さんは推測します。他にも「東京の市場や本州の産地を巡る視察をしたい」と言ったときも、NOとは言わなかったそうです。
「視察にもたくさん行かせてもらいました。きっと社長は、花業界の知識をたくさんつけてほしかったのかな。僕もいろいろ見ていくうちに『東京と札幌のタイムラグをなくしたい』と思ったんです。花に限らず、東京で流行ったものが、数年後札幌で流行るタイムラグってあるじゃないですか。なのでお花屋さんが『東京で見たアジサイって手に入る?』って声をかけてきたら、次の入荷日には渡せるくらいのスピード感を持ちたかったんです」
「長津さんにお願いしたら、ほしい花が手に入る」と長津さんを懇意にするお花屋さんが徐々に増えてきます。それを見ていた花卸売会社の社長から、今後の札幌の花業界の行く末について相談されます。
常識を破ったその先にあった、理想と現実。
30年以上花に携わっている社長は、長津さんにこう話しました。
「『今まで通りの商売をしていれば会社は安泰だけど、このままだと札幌の花業界は何も進化しないで衰退していってしまうんじゃないかな…。だから、花の文化を絶やさないためになにかしたいと思っているんだよね。花業界の改善じゃなくて、常識を破って改革をしてみたい』と、社長はいっていましたね」
これは長津さんも感じていたことで、花の未来のために「なにか」を始めたいとは思っていたそうです。「花業界を衰退させないためのなにかを始めよう」と意見が合致し、動き出します。
「同じ会社の他のメンバーにも相談したところ『お花屋さんが欲しい量で買える花の仲卸をやってみるのはどうだろう?』『花の良さを伝えるワークショップは?』と、声が上がったんですよ。花の仲卸は東京では珍しいことじゃなかったし、場所も東札幌で貸してもらえそうな場所があるという話になり、2年ほどかけて構想を立てていきました。」
そしてついに、2021年3月に花場外卸売市場『saku.to&co(サクトコ)』が生まれます。コンセプトは『花の未来を考えた花市場』。しかし、オープンしてからの苦労は相当なものだったようです。
「全くお客さんがこなかったんですよ。新しいことを始めるので覚悟はしていましたが、これほどまでに来ないのかと愕然としました(笑)。お客さんがこなかったのには、いろんな理由があると思うんですけど、その中のひとつにお花屋さんから見ると、一般の人も花を買える場所で仕入れするのに抵抗があったと思うんです」
イメージとしては、飲食店で出す酒を客と同じ店で購入しているのに近いでしょうか。確かに飲食店では1杯の価格が、自宅で飲むよりも割高になりますが、そこにはスタッフが酒を提供しお店の雰囲気を楽しめるという付加価値があります。お花屋さんも同じように花のセレクトやアレンジメントなどの、ただ切り花を買うだけではない価値がありますが…。
「お花屋さんの店主がやってきて『ここでこんな商売されちゃ困る』って直談判してきたことがあったんです。それが何回か続いたある日、その方が店内を見渡して『この花、珍しいね』って買ってくれたんです。きっともう何十年と花を見てきてるのに、まだ見たことない花があるんだって嬉しくなって。人のことを感動させることができる花ってまだまだあるんだって、前向きになったのを覚えています」
それからは花を購入する際に会員登録を条件にし、非会員は購入できるものを限定するなど工夫をこらし、花屋側の不安を払拭していったそう。さらに『花育(はないく)』という、こどもたちに向けた花のワークショップを開催し、ここが花の未来のための活動場所だということの認知を広げました。
課題の解決が未来へつながる。
サクトコの活動内容が理解され始め、徐々に場内に活気があふれるようになってきます。今では来場の9割が花屋関係者に。
「注文した花を受け取りに来た時に『この花もいいね』と買ってくれる姿を見れるのが幸せです。でもオープン時から順調だったら、こういう感情は湧かなかったかもしれません。そう思うとオープン時の苦労も必要だったと思いますね」
さきほどお話にでた「花育」についても伺うと…。
「花育は、子どもたちが自由にフラワーアレンジメントを楽しむワークショップです。子どもの自由な発想や探究心で花に触れてもらうことで、花の魅力や美しさに気づいてもらえたらと考えています。将来的にこの子たちの生活に花があってほしい気持ちもありますが、それがわかるのは10年後とかなので、どう花開くかが今から楽しみですね」
理想の形になるまで3年かかったという長津さんに、今後のサクトコはどのように活動していきたいのでしょうか。
「『お花屋さんの困っていることを解決したい』という信念のもと、これからは花の生産者の問題解決にも目を向けていきたいと思っています。今、人手や後継者不足で『今後花を生産していけるか不安』という生産者が増加傾向です。この問題もサクトコで解決できれば、良質な花を未来に届けることができる。問題は山積みですが、ひとつずつ解決していけたらと思っています」
長津さんは生産者側にまわることはないのかも聞いてみました。
「実は、切り花よりも自生している花の方が好きです。花畑でぶわっと咲いている状態が美しいと感じるんですよね。将来生産者側になることはあるかもしれないけど、今ではないんじゃないかな。それに今は入荷してくる切り花たちの表情を見ているのが楽しいんです」
花の表情は同じ生産者からの出荷であっても、毎日変わるそう。10代のころに両親が花屋を始めた時には全く興味を持てなかった花が、ここまで長津さんを魅了するのはなぜなのでしょう。
「仕事をしていくうちに、花のことを好きになったんでしょうね。今は花の美しさに感動し、見たことがない品種をみるとワクワクします。あとサクトコを始めてから、僕は花でしか今まで関わってくれたお花屋さんや生産者に恩返しできないなって思ったんです。良質な花を提供することが、僕をこの場所まで運んでくれた人たちへできる恩返しだと思います」
取材中にも長津さんに声をかけるお花屋さんの方が多く、信用されているんだなと感じました。驚いたのが、みなさん滞在時間がすごく短く、長津さんが「こういうのあるよ」と言ったものを、即決で決めているのが印象的でした。「いつか生産者側にまわるかもしれない」と長津さんは話していたので、そのいつかがくるときに長津さんがつくる花を見てみたいです。