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日本のクロスカントリースキー文化を支え続ける専門店

2024.8.19

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冬季オリンピックの種目でもあるクロスカントリースキーは、北欧で生まれたスポーツ。元々は、雪が積もる冬季に移動する手段として始まりました。札幌市には、公園などでクロカンの一種「歩くスキー」が楽しめる無料コースが約10ヵ所あり、用具のレンタル(有料・無料)や初心者向けの講習会を行っている場所もあります。通常のスキーよりも身近で挑戦しやすく、ポールとスキー板で爽快に進みながら景色を楽しめるのは、雪国の札幌ならではの魅力です。しかし、このクロスカントリースキーの用具は、普通のアウトドアショップや大型店ではあまり扱っていないといいます。

自分の用具が欲しくなったら、ぜひ訪れてほしいのが、南区澄川にあるクロスカントリースキー専門店「サッポロスキッド」です。店長を含めたスタッフ全員が元クロカン選手で、その知識と経験に基づくアドバイスが評判です。お客さんは札幌に限らず全国に広がっています。外観は「ザ・専門店」という構えですが、初心者でも親身に対応してもらえます。

店長の高橋直也さんは、子どものころからクロカン漬けの日々を送り、自衛隊の冬季スポーツの精鋭部隊「冬戦教(冬季戦技教育隊)」に所属していたプロフェッショナル。生涯スポーツとしても注目されるクロスカントリーの魅力と、ご自身の歩んできた道のりについてお話を伺いました。

初心者からトップアスリートまで、全国の愛好者が集まる店

「サッポロスキッド」は、札幌市南区、地下鉄の澄川駅と自衛隊前駅の中間にあります。店内に入ると、専門店だけあって多種多様なスキー用品がずらりと並んでいます。高橋店長が、通常のアルペンスキーとクロスカントリースキーの違いについて説明してくれました。

「クロスカントリースキーは、普通のスキーのように斜面を滑り降りるのではなく、自分の力で雪面を蹴って前に進みます。ですので、スキー板は細めで軽く、ブーツはつま先だけが板に固定されていて、かかとは離れるようになっています。また、公園や野山の散策で使われる「歩くスキー」と、競技で使われる「レーシング」があり、板や用具も違ってきます。例えば、歩くスキーの板は裏面にギザギザの刻みが付いていて、スキーが後ろに滑らないようになっており、上り坂を登れるようになっています」

株式会社サッポロスキッド、取締役で店長の高橋直也さん

お店では、四季を問わず使えるノルディック・ウォーキング用のポールから、クロスカントリースキーとジャンプを行う「ノルディック複合」競技で利用するジャンプの用品まで販売しています。林道や登山道などを走る「トレイルラン」用品も扱っていますが、クロカンをする人は夏にトレイルランで体を鍛えることが多いからだそう。そのほか、札幌市内の小学校で行われるスキー授業のために、子ども用スキーのレンタルも行っています。店舗のバックヤードには多くのスキー板が並んでいて、スタッフの鈴木明香(さやか)さんが1本ずつ丁寧に点検とお手入れをしていました。鈴木さんは、クロカンと射撃を組み合わせた競技、バイアスロンの元選手でもあります。

元バイアスロン選手の鈴木明香さん

クロスカントリースキーの専門店は日本に数店舗しかないそうで、サッポロスキッドには全国からの問い合わせや来店があるそうです。遠方であれば、電話で相談を受けて、オンラインショップから注文をもらうことが多いとか。客層は、トップアスリートから一般の愛好者、ビギナーまでと幅広く、高橋店長や鈴木さんのような元選手のプロフェッショナルなスタッフが応対しています。

接客で大切にしているのは、お客さんに対するヒアリングです。予算やスキル、目的などをじっくりと聞いた後に、その人に合ったものをおすすめしています。商品の選び方や特性だけでなく、技術面での相談にも細かくアドバイスがもらえるこのお店は、お客さんから大きな信頼を得ています。

クロスカントリースキー普及のために各イベントでも活動

サッポロスキッドでは、クロスカントリースキーの魅力を知ってもらうため、冬の時期に初心者向け講習会を開催しています。「参加したみなさんがおっしゃるのは、『実際にクロカンをやってみたら思っていたのとは全然違う』ということですね。足を使ったスポーツと思われがちですが、実は上半身もかなり使うんですよ。背筋もピーンとなります」と、高橋店長はメリットを語ります。全身を使うため、フィットネス効果にも優れているそうです。

講習会の様子
イベントや大会の企画・運営なども行っています

外部のイベントや大会に協力もしており、札幌市が毎年小学生向けに行う「ウインタースポーツ塾」では、クロカン種目の子どもたちのサポートを行っています。「このスポーツ塾でクロカンを体験したことで、面白いからと少年団に入り、オリンピック選手を目指す子も出てくる。そういった発掘・育成のきっかけにもなるイベントです」と説明してくれました。

また、冬季に行われる数々のスキーマラソン大会でも協力を行っており、スキー板のワックスがけサービスや、用具のメンテナンスもしているのだとか。

「ワックスにはいろいろな種類があって、使い分けることで滑走性が違ってきます。例えば、シーズン当初は柔らかくパサパサとした雪、ちょっと暖かくなればベチャベチャした雪、またはギュッと締まった雪など、温度帯や雪質によって適したワックスが異なるんです。参加者さんたちは、昨年の記録を少しでも更新したいと思っていますから、大会時に合ったワックスがけのサービスをすることで、とても喜ばれています」

後日、「あのときに塗ってくれたワックスはどれなの?」とお店に買いに来る人や、「アドバイスが良かったからお店に来ました!」というお客さんもいるそうです。

こちらの機械で汚れや古いワックスを取り除き、新たなワックスを塗っていきます

クロスカントリースキーは、やればやるほど面白さが見えてくるスポーツだと楽しそうに話す高橋店長。ご自身もクロカンの選手だったそうで、このお店に来るまでは、自衛隊の「とうせんきょう(冬戦教)」に所属していたのだとか。冬戦教とは、陸上自衛隊・真駒内(まこまない)駐屯地「冬季戦技教育隊」のことで、数多くのオリンピック選手を輩出したスキーのプロフェッショナル集団です。自衛隊の選手時代を中心に、高橋店長のこれまでの歩みについて語ってもらいましょう。

小中高と活躍、山形からクロカン精鋭が集まる真駒内自衛隊へ

サッポロスキッドに勤めて18年目になる高橋直也さんは、三方を山々に囲まれた山形県の真室川町(まむろがわまち)で生まれ育ちました。札幌市の多くの小学校では斜面を滑るアルペンスキー授業がありますが、髙橋さんが住む最上エリアで習うのはクロスカントリースキーでした。お父さんも、お祖父さんもクロカンをやっていたそうで、地域では普通のことだったそうです。高橋さんは小学生のときに地域のクロカン大会で優勝するなど頭角を現し、中学では県大会で上位入賞、高校では優勝しました。

オリンピックを目指していた高橋さんは、クロスカントリースキーとバイアスロンで数多くのオリンピアンを輩出してきた、札幌市の真駒内自衛隊駐屯地にある「冬季戦技競技隊」に入隊し、スポーツに特化した教育訓練が行われる「特別体育課程教育室」に配属されました(現在は、自衛隊体育学校の所属に変わっています)。クロスカントリースキー種目の隊員は約10名、クロカンとライフル射撃を交互に行うバイアスロン種目の隊員は20名と、まさに少数精鋭の選ばれた者たちが全国から集まっていました。

憧れの先輩たちのもとで、仲間とスポーツ訓練に明け暮れる日々。具体的には、どのような生活を送っていたのでしょうか。教えてもらいました。

「オフシーズンの1日のスケジュールは、寮で朝ごはんを食べた後にトレイルランをしたり、タイヤがついたローラースキーで冬の感覚を養ったりします。昼食を挟んで2、3時間、今度は体育館で筋トレやランニングで心肺能力を鍛えます。夕食後はフリータイムですが自主トレをしていました」

「鍛えられる時間があれば、まずトレーニングに使っていました。目指すのは世界ですから」

世界大会やオリンピックを目指して、少しでも強くなりたい。高橋さんの頭にはクロスカントリースキーのことしかありませんでした。

力を出し切った選手生活の後は、クロカンのために貢献したい

北海道に雪が降り出すと、合宿シーズンが始まります。10月末ごろには、日本で最初に雪が積もる大雪山系の旭岳で2週間ほど過ごし、そして北大雪クロスカントリーコースがある遠軽(えんがる)町の白滝地区へ移動して滑り込みます。12月には音威子府(おといねっぷ)村の全日本クロスカントリースキー大会に参加し、それから3月までは各地で行われる大会に参加するための合宿遠征を繰り返します。札幌の寮に帰れるのは、半年近くのシーズン期間でも合わせて2週間ほど。プライベートは考えられないほどのハードスケジュールですが、クロカンに全てを捧げた髙橋さんにとってはそれが当たり前。「趣味もなく、少しでも時間があればストレッチをしていました。本当にハングリーでやっていましたね」と振り返ります。

これほどの努力を続けていたのも、日本トップレベルの選手たちのなかにいたからこそ。冬戦教のメンバーは毎日を一緒に過ごす仲間であり、同時に競技のライバルでした。入隊して8年間、残念ながらオリンピックや世界選手権には届かない状態が続いていた高橋さんは、自衛隊を辞める決意をします。選手を「卒業」しても、自衛隊に残るという選択肢はなかったのでしょうか?

「確かに、選手生活を終えた後も自衛隊に残る人はいますし、僕もある程度は上の階級になっていたので、引き止める声もありました。でも、自分は『違う』と思ったんですよ。僕はクロスカントリースキーをするために自衛隊に入ったので、ほかのことをするのは違うと。それで退職しました」

自分にはクロスカントリースキーしかない、クロカンしか知らない。インタビュー中に、そう何度も繰り返していた高橋さん。退職後はアパートを借りてひとり暮らしをしていましたが、訓練漬けの日々とオリンピックという目標をなくしたことで、しばらくは無気力になっていたそうです。

「ずっと何もしないでゴロゴロしていました。でも、3ヵ月たってこれじゃダメだと気付きました。何をしようと考えたときに、僕ができることはクロカンしかない。それならと思って、現役時代に通っていたこのサッポロスキッドの社長に頼み込み、お店のスタッフにしてもらったんです」

スタッフが元選手だからこそお客さんに伝えられる技術と魅力

社長をはじめ、全員が元クロカン選手のサッポロスキッド。入店当時は上下関係の厳しさもありました。「いままで選手をずっとやってきて、社会のことは何も分からずここに来ました。ですから、仕事の基本や礼儀については、厳しく教えてもらいましたね」

一方で、これまでの自分の経験を生かした接客をするようにも言われました。

「社長に、『クロカンをやってきたお前には、お前なりの思いや教え方があるから』と言われたんです。ですから、お客さんのためにこれまでの知識や経験が生かせて、自分の色も出すことができる。こちらに来てから18年目になりますが、クロカンしかできない自分がこの仕事に就けて本当に良かった、楽しいと思いながらやっています」

サッポロスキッドは、買い物をしなくても、アドバイスを受けに来るだけでも大歓迎。「走り方のコツをつかんだ」「これぐらい走れるようになった」「大会に出てきたよ!」といったお客さんの声を聞くことは、高橋店長やスタッフにとって何よりもの喜びです。

プライベートでは、3人の子どもの父親として、オフの日は一緒に公園で遊んだり、冬は家の前につくった雪山でソリ遊びをしているとか。やはり、お子さんにはスキー選手になってほしいですか?と聞いてみたところ、「スキーをやるようにとは一切言わないですね。子どもたちには自分のやりたいことをやってほしいし、何にでも挑戦してみてほしいと伝えています。ただ、『スキーと泳ぐことの両方ができれば、日本の北から南まで、どこに行っても楽しめるよ』とは言っていますね。子どもたちはその両方を好きになったみたいで、自分からスキー教室やプール教室に通っています」と答えてくれました。

高橋店長は、選手生活から離れてあらためてクロスカントリーの楽しさに気付いたといいます。「選手のころは、成績を出さなければという強いプレッシャーがありました。そこから解放されて、肩の荷が下りたことで、純粋にクロカンを楽しめるようになったと思います。おしゃべりをしながらゆっくりと走ったり、自然の景観を楽しんだり。選手時代は周りの景色を味わう余裕はありませんでしたから」

生涯スポーツとしてのクロスカントリースキーを広めていきたい

札幌のスキーマラソン大会では、幼児から90歳近くまでが参加するなど、クロスカントリースキーは幅広い年代が楽しむことができるスポーツです。しかし、少子化などの影響でクロカン愛好者は減少傾向にあるとのこと。最近では、生涯スポーツとしてのクロカン人口を増やしていきたいと高橋店長は話しています。

「多くの人は、スキー場でしかスキーができないと思っていますが、クロスカントリースキーは公園でも楽しめるスポーツです。札幌には多くのコースがあり、とても恵まれた環境だと思います。クロカンは運動不足の解消にもなりますし、ポールを使うため転倒のリスクも低い。生涯スポーツとしても最適なんですよね。60歳のときに足をケガして歩くのが大変だったという方が、ポールを使うことで80歳ぐらいのいまでもスイスイと歩いているんです。『ポールと出会っていなかったら、ずっと家にこもっていたわ』と喜んでいらっしゃいます」

ノルディックウォーキング用のポールも多数ラインナップ
ウェアやシューズも所狭しと並んでいます

高橋店長は、ポールを持ったアクティビティの文化を広めたいと考えています。「雪のない季節はノルディック・ウォーキング、冬はスキー板をはいて雪上を歩くクロスカントリースキーと、1年中楽しめるんですよ。ポールを杖(つえ)のように見る方も多いのですが、まったく違いますし、全身を使う運動になるので健康にも良いんです」

ただし、最初からやり過ぎるのは良くないとも言います。お店で用具を手に入れた後に、つい頑張りすぎてしまう人もいるのだとか。高橋店長からのメッセージです。

「僕らスタッフは、トレーニングの方法やケガの予防など、クロカンに関しては全ての知識を持っていますので、その方に合ったアドバイスができます。お店に来て世間話をするだけでも大歓迎です。そういったお客さんもいらっしゃいますから」

クロスカントリースキーと共に人生を歩んできた高橋店長の目標は、クロカンの楽しさを伝えて、より多くの人々に親しんでもらうことです。自分が愛するクロカンの文化を守りたい、そんな思いが強く伝わってきました。そして、このようなお店が、まさにクロスカントリー文化を支えていることを実感できた取材でした。

高橋 直也さん

株式会社サッポロスキッド 取締役

高橋 直也さん

北海道札幌市南区澄川3条5丁目2-5

TEL. 011-842-2730

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