石塚香菜さんは、柔道整復師・フェムケア矯正師としてボディケアサロン「MUMMU(ムンム)」を経営しています。柔道整復師は、骨折や脱臼などを治療する技術職として知られていますが、フェムケア矯正師とは一体どんなお仕事なのでしょうか。石塚さんがサロンを開業するまでに至った経緯や、これからの展望と共にお話を伺いました。
「ノリと勢い」で柔道整復師の道へ
北海道登別市で育ち、専門学校を卒業するまで地元で過ごしていた石塚香菜さん。そんな石塚さんの柔道整復師としてのキャリアは、「ノリと勢い」から始まります。

「高校時代はこれといった夢がなくて、『これもいいかな、あれもいいかな』と漠然と考えているだけでした。ただ、スポーツに関わる仕事には少し興味があって、スポーツトレーナーのような職業に憧れていたんです。スポーツ観戦が好きで、選手のテーピングをしたりコンディションを整えたりするのがカッコイイと思っていました」
そんなある日、石塚さんは親友に頼まれて、登別にある専門学校の柔道整復師科のオープンキャンパスに付き添います。そこで担当してくれた先生に、将来の夢を聞かれて「スポーツトレーナー」と答えると、柔道整復師の資格を取るよう勧められたそう。そこで石塚さんは、柔道整復師がどのようなものかも知らないまま、「軽いノリで」入学することに決めました。
「学校生活は楽しかったです。勉強はあまり好きじゃなかったけど(笑)。授業は座学がほとんどでしたが、脱臼や骨折の修復方法も学びました。それに、柔道の授業もあったんです。入学前に女子は投げ技はやらないと聞いていたのに、在学中に国家試験法が改正され、実技審査で投げ技が必須になって。2年生から背負い投げや受け身をやっていました。そこはちょっとつらかったですね(笑)」
3年間の専門学校生活を終え、柔道整復師の国家資格を取得した石塚さんは、室蘭市の整形外科に就職します。なぜ、病院に就職したのでしょうか。

「整骨院は怖いと思ったんです。授業では、学生同士で骨折した骨を元の位置に戻す『整復(せいふく)』などを行って、『こんな感じかな』と想像してやっていたので平気でしたが、実際に骨を戻すなんてできないと思って。スポーツトレーナーになる夢も、その時はもう諦めていました」
整形外科での仕事は楽しかったと話す石塚さんですが、人間関係には苦労したそうです。
「学校を卒業したてで若かったから、上の世代の人たちから『今の若者は…』とよく言われしまい…。納得できないことも多かったので、半年ほど働いて退職しました」
整骨院に転職し、結婚・出産を経験
室蘭市内の整形外科を退職した石塚さんは、一時、別の業種で働くことも考えたそうです。しかし、「自分にできるのは柔道整復師しかない」と思い直し、札幌の整骨院に転職することに決めました。
「当時、専門学校時代の友人の一人として、夫と連絡を取り合っていたんです。仕事を辞めたことを伝えると、彼が勤めていた整骨院が2店舗目を出すので、そこで働かないかと誘われました。私も『次に働くなら整骨院にしてみよう』と考えていたところだったので、行ってみることにしたんです」
ところが、整骨院の仕事は想像以上に大変でした。

「整形外科とは全然違いました。整形外科では、医師の指示通りにリハビリをしていればよかったのですが、整骨院では施術だけじゃなく売上のことまで考えなければならなかったんです。営業職かと思うくらい、頭の中は売上のことばかりでしたね」
施術は、手技より機械を使うことが多く、電気治療がメイン。1人のお客さまにかけられる施術時間も短く、中には「電気だけで終わりなの?」と不満を漏らす方もいて、もどかしさを感じることもあったそうです。
「私自身、電気治療が嫌だったわけではないんですが、手技を混ぜてじっくりやりたかったんです。だから、私自身もなんとなく物足りさを感じていましたね」
その後、石塚さんはご主人と結婚。2人の子どもを出産し、育休を取りながら整骨院での勤務を続けました。整骨院側も、育休を取るスタッフは石塚さんが初めてだったこともあり、出産後でも働ける環境を整えようとしてくれたそうです。とはいえ、現実的に難しい部分もあり、2人目の育休から復帰後、やむなく退職することになりました。
整体院を開業し、骨盤矯正をスタート
整骨院を退職した石塚さんは、祖母の介護をきっかけに出会ったケアマネージャーに紹介され、デイサービスで利用者の機能訓練をする仕事をパートとして始めます。しかし、実際に入ってみると、任されたのは機能訓練の仕事だけではありませんでした。

「忙しいときは、トイレ介助などの介護業務も手伝わなければならなかったんです。私は、機能訓練の仕事だけをすればいいと思って入ったので、最初はちょっととまどいました。『自分は柔道整復師だから』という変なプライドもあったかもしれません」
しかしその後、あることがきっかけで、石塚さんの心境に変化が起こります。それは、デイサービスの管理者が変わったこと。それまでと、職場の雰囲気が一変しました。
「仕事が楽しいと思えるようになったんです。同じ仕事をしていても、上に立つ人が変わるだけで、こんなに職場環境は変わるのかと思いました。職場全体の空気が良くなれば、前向きに仕事をできるようになりますよね。それに、新しく管理者になった人は私と同世代でしたが、仕事を褒めてくれたんです。大人になると人から褒められることって少ないじゃないですか。自分の仕事を見てくれているんだなと思って、うれしかったです」
デイサービスの仕事にやりがいを感じ始めていた頃、石塚さん夫婦は、1つの決断をすることになります。それは、会社の設立。いったい何があったのでしょうか?

「コロナ禍になり、夫が勤務していた整骨院が休業してしまったんです。その頃、夫は副業で個人の整骨院を始めていたので、その売上で以前から考えていた鍼灸師の資格を取ることになりました。ただ、そうなると家計が一気に厳しくなります。どうしようかと悩んでいたときに、夫が『個人の整骨院を閉めて、法人で新たに整骨院をつくろう』と言ったんです」
ご主人は鍼灸師の資格取得のため専門学校へ入学、そのため店舗管理ができる石塚さんが社長となり、会社を設立することになりました。そして2021年3月、札幌市中央区に「札幌クジラ整骨院」を開院。しかし、コロナ禍ということもあり、オープンするまでにはさまざまな苦労があったといいます。
「コロナ禍でいろいろなことがスムーズに行きませんでした。特に、内装工事がなかなか進まなくてオープン日が決められず、集客がほとんどできないままのオープンに。正直、開業してすぐ潰れるんじゃないかと不安でした」
整骨院自体に、アピールできる強みが特になかったとも話す石塚さん。肩こりや腰痛など、何にでも対応できる整骨院になるより、何かに特化した方がよいと感じていたそう。そんな中、転機となったのが「骨盤矯正」です。

「夫が調べて見つけました。私自身の出産経験を生かして、産後の骨盤矯正をやってみようという話になったんです。ただ、私自身が、骨盤矯正を受けたことも施術の経験もなかったので、月に一度東京に通いながら実践的な技術を学びました」
そして、ボディメイクを含めた骨盤矯正を始めたところ、客数は徐々にアップ。ところが…。
「その頃、仕事をしていて楽しかったかと聞かれたら、楽しくなかったですね(笑)。従業員もいたので給与も払わなきゃいけないし、お店も潰すわけにいかないので、『自分が稼がないと』という思いで必死でした」
自宅で新たに整体院をオープン
2022年6月。石塚さんは、東区に新たな整体院「MUMMU(ムンム)」を開業しました。店名の由来は、娘さんが赤ちゃんの頃によく言っていた言葉だそうです。

「娘が赤ちゃんの頃、私が着ていたモコモコのフリース生地のパジャマをすごく気に入っていて、ママと言いながら抱きしめて寝ていました。私はそれを『モフモフ』と呼んでいたのですが、まだ言葉がうまく話せない娘は『ムンム』って言っていたんです。ずっと『ムンム、ムンム』って。その響きが可愛くて、店名にしようと思いました。今、娘は小学校3年生ですが、オープン時に『お店の名前をムンムにしたよ』と伝えたらすごく驚いていました(笑)」
MUMMUの開業を決めた背景には、地域のニーズに応えたいという石塚さんの思いがありました。中央区に開業した「札幌クジラ整体院」には、東区や白石区から来る子育て中のお客さまも多いといいます。中央区まではやや距離があり、通うのは大変ではないかと感じていたと石塚さんは話します。
「東区や白石区の方が通いやすい場所に整体院をつくりたいと思ったんです。特に、産後はお子さん連れで来る方も多いので、託児スタッフも常駐させました」
MUMMUは、自宅の一部を使って営業しています。それは、育児と両立して働きたいという石塚さんの気持ちから。

「子どもたちがまだ小さかったので、自宅と施術場所は一緒の方がいいと思いました。実は、もともとここで『札幌クジラ整体院』を開業する予定で、引っ越してきていました。でも、中央区にテナントを借りることになったので、しばらく物置になっていて。やっとここで施術できるようになりました(笑)。自宅が職場だと、時間的にも余裕がありますし、誰にも気を遣わずに一人で施術できる環境にも満足しています」
とはいえ、開業当初は、集客に苦労したと話します。
「最初はSNSを頑張っていましたが、どうしても苦手で…。今は、大手サロン予約サイトが主な集客源です。お客さまの紹介で来てくださることも少しずつ増えてきましたね。最近は、7~8割はボディメイクが目的で、産後の骨盤矯正の方は2~3割です」
お客さまには、施術だけでなく、自宅でできるトレーニング方法などをアドバイスすることもあるとのこと。これまで、印象に残っているお客さまについて聞いてみました。

「産後すぐ、体形を戻したいと焦って来られた方ですかね。ネットニュースで『産後半年以内じゃないと体形は戻らない』と言うのを見たらしくて。産後は身体も心もボロボロなことが多いので、ゆっくり体形を戻せるように、矯正やトレーニングのほかに、食生活についてのお話もさせていただきました」
幅広い年齢の女性をケアしていきたい
石塚さんは、「フェムケア矯正師」という民間資格も取得しています。「骨盤矯正」を通して、女性ならではの悩みを耳にすることが増えたことがきっかけです。フェムケア矯正とは月経痛・PMS・更年期障害など、女性特有の身体の不調に対応する矯正で、全身のバランスを整えるための施術のことを言います。
「女性特有の不調は、体全体のバランスが崩れることで起こることがあります。例えば、昔と今ではトイレの使い方も変わってきていて、日常的に『しゃがむ』動作が少なくなりましたよね。そういう生活習慣の違いで体全体の筋肉の使い方が変わり、不調が起こりやすくなったともいわれています。ですから、施術では首から脚まで全身の筋肉をマッサージします。全身の筋肉をバランス良く整えることで、生理痛や、最近若い女性にも多い尿漏れなどを防ごうというのがフェムケア矯正です」

MUMMUをオープンさせてから「やっと仕事が楽しい」と話す石塚さん。特に、自分のペースで施術できて、お客さまと親しくなれることがうれしいと話します。
「うちは10回1セットの施術が基本なので、その間にどんどんお客さまと親しくなれるんです。ボディメイクコースでは1回の施術に45分から1時間かかるので、いろいろなことをお話できて、信頼関係も生まれます。ビフォーアフターの写真も撮っていて、施術の成果が目に見えて分かったときは、やりがいを感じますね」
一方で、仕事の難しさについては、「フェムケア」に関する認知度の低さを挙げていました。徐々に知られてきてはいるものの、フェムケア矯正をやっている整骨院はまだ少ないそう。また、女性特有の悩みはオープンに話しにくいイメージがあり、情報をどう発信するかという課題もあります。そんな中で、今後の展望について尋ねてみました。
「今は出産後のケアが中心ですが、これからは幅広い年齢の女性のケアをしていきたいです。いつか、ほかの地域にもお店を出してみたいですね。岩見沢などは、産後ケアのお店が少ないというのをお客さまから聞いたことがあって。店舗を構えず、必要な方のところに出張するという方法もいいですね」
最後に、札幌での生活についても聞いてみました。

「基本的にインドア派なので、あちこち出かけることはあまりないのですが、普段行くのは近場ですが…『アリオ札幌』です。子ども連れだと、お年寄りの方から『お母さん頑張ってるね』と声をかけられることがよくあります(笑)」
専門学校を卒業後、さまざまな職場を経験した石塚さん。MUMMUをオープンさせ、「仕事が楽しい」と笑顔で話す姿が印象的でした。女性特有の体の不調は、女性同士でもなかなか話しにくい悩みです。これからも、そんな女性たちに寄り添うフェムケア矯正師として活躍してくれることを期待しています!