あしたをつくる、ひと、しごと。

  1. トップ
  2. 仕事や暮らし、このまちライフ
  3. 盆栽の楽しみと文化を北海道でもっと広めたい

仕事や暮らし、このまちライフ

盆栽の楽しみと文化を北海道でもっと広めたい

2025.6.23

share

札幌市に住む石川さんご夫妻は、「掌(たなごころ)」というユニット名で、北海道に盆栽文化を広める活動に取り組んでいます。その内容は、盆栽イベントの開催、SNSでの情報発信、そして貴重な盆栽を記録するための写真集づくりなど多岐にわたります。

盆栽の魅力は、鉢の中で山野の草木を育て、剪定や「針金かけ」といった手入れを重ねながら理想のフォルムをつくり出せること。自然の風景を縮小して再現する盆栽文化は、国内外で高く評価され、近年では若い世代の愛好者も少しずつ増えています。さらに、「水石(すいせき)」と呼ばれる天然石や飾り道具を使い、複数の盆栽を組み合わせて情景を表現する展示には、クリエイティブなセンスが必要です。

丹念に時間と手をかけながら、「自然のジオラマ」をつくり出すことは、育てる喜びに加えて、展示会への出品や、愛好者同士の交流を通じて技術を磨く楽しみもあります。しかし、一人で始めるにはハードルが高いと感じることがあるかもしれません。そこで、初心者向けにも分かりやすく解説を行ってくれる掌さんに、その具体的な魅力とユニットの活動について詳しくお聞きしてきました。

ミニマムな盆栽で自然の風景を表現する

昨年7月、札幌駅前地下広場「チ・カ・ホ」で、掌による北の盆栽マーケット、略して「キタぼん」が開催されました。イベントマーケットでは、初心者でも気軽に盆栽を手にしてもらいたいと、小さめの盆栽や飾り鉢、盆栽を飾るための道具や水石が展示・販売されました。また、未経験者でも手軽に始められるように、盆栽の手入れ方法などを詳しくお伝えしたり、パンフレットを配布するなどして、販売するだけではなく長く続けてもらうことを念頭に盆栽を手渡していきました。盆栽に興味がある人はもちろん、通りががった人々も足を止めて、会場は賑わったといいます。

取材に伺ったのは、札幌市民ギャラリーで行われた、伝統ある北海道盆栽会の展示会です。道内各地から出品された作品は、いずれも秋らしい、素人目にも圧倒されるほど見事な盆栽ばかりでした。

展示会の取材に来ていた掌の石川さんご夫妻に、作品を鑑賞しながら盆栽について解説をしていただきました。展示の基本としては、メインとなる「主木」と呼ばれる鉢に「添え」という小さめの鉢を加え、最低でも2点以上で飾るという決まりがあります。作品では、添えを複数にしたり、飾り棚を使って立体的に配置したり、水石や飾り道具を組み合わせるなど、さまざまな工夫が凝らされていました。どの作品も、シンプルな空間のなかに自然の風景を表現しており、鑑賞する側の想像力をかき立てられます。

綾子さんが、空間のつくり方について実演してくれました。小さな山野草の右奥に、綾子さんが縦長の石を置きます。すると、まるで断崖絶壁の下に植物が生えているような風景が立ち現われました。

伸一さんは、盆栽の添えにも使われる「水石」を主に収集しています。綾子さんが通う盆栽会やイベントに同行していったことがきっかけで、水石のとりこになったそうです。

既存の品を購入するほか、河原に行って石を拾ったりもするのだとか。水石は、盆栽と違って加工せずにそのままの姿を楽しむのがルール。自然風景を表すものとして、石だけを飾ることもあるそうです。「室内のインテリアとして、ポンと置いておくのもおすすめです。手入れも不要ですし、どんどん日常のなかにも石を取り入れてほしいですね」と、伸一さんは笑顔で話します。

可愛らしいおちょこサイズのミニ鉢も

展示会には販売コーナーも設けられていました。たくさんの鉢のなかには、おちょこぐらいのミニサイズもあります。この大きさで木が植えられるのかとお聞きしたところ、「十分植えられます。真柏(シンパク)などの松類でも大丈夫ですよ」と綾子さん。シンパクの正式名はミヤマビャクシンで、高山や沿岸部の岩場などで見られる木です。樹皮が剥がれた白い幹や木のねじれが、厳しい自然の歳月を思わせることから、盆栽界ではとても人気がある木なのだとか。そのシンパクを、超ミニサイズの鉢に入れて育てられるとは驚きです!

綾子さんがこの世界に興味を持ったきっかけは、赤絵の盆栽鉢からでした。あるとき、札幌芸術の森にあるレストランで、多肉植物を寄せ植えした小さな和風の鉢にひと目惚れしたといいます。「同じような鉢がないかと探し歩いたところ、盆栽で使われているものだとを知って、ようやく手に入れました。でも、多肉植物を植えて同じように育ててみたら、うまく行かず失敗してしまったんですよね。その後に夫の転勤で室蘭に住むことになり、市の広報紙で募集していた盆栽教室を見つけて通い始めました。そこから地元の盆栽コミュニティに入って、ますますその魅力に取りつかれたという感じです」

盆栽は、限られたスペースのなかで理想とする景色をつくり込むため、バランスを取りながら配置を考えていくところにも大きな魅力があるといいます。綾子さんは山野草の小鉢を、今度は少し大きめの鉢が並ぶなかに移動させて言いました。「こうすると、木々の間に下草が生えているというイメージになりますね」

確かに、ほかの鉢との配置のバランスで、同じ鉢でも違った風景が見えてきます。ちなみに、綾子さんの職業はデザイナー。目指すカタチに向けて配置を行っていくことは、デザインの仕事にも共通していると話してくれました。

北海道のベランダでも盆栽は楽しめる

現在は札幌に戻り、たくさんの盆栽を育てているというお二人。掌というユニットをつくったのは、盆栽への間口を広げて初心者と盆栽愛好者、若い世代とシニア世代をつなぎたいという思いがありました。ちなみに、40代、50代でも盆栽界ではまだまだ若手なのだそう。

まずは、盆栽に対してありがちな誤解をなくしたいと伸一さんは語ります。

「よく言われるのは、お金がかかるとか、庭のないマンションでは無理だとか、そもそも北海道ではできないんじゃないかといったことです。けれども、盆栽はお小遣い程度でも始められますし、我が家のようにマンションのベランダでも育てられます。一年を通して屋外に置くのですが、北海道のような雪国では冬期に、雪の重みで枝が折れないよう囲いを作って雪の下で盆栽を眠らせる雪ムロのほか室内ムロといった場所で保管する『冬越し』が必要になります」

いろんな人に盆栽への興味を持ってもらいたい、身近に感じてほしい。そのために、今夏に開催した盆栽マーケットの場所は、札幌中心部で人通りの多いチ・カ・ホを選んだといいます。
そこでは、盆栽会の人たちや愛好家の人たちが中心となり購入しやすい小さめの盆栽を販売したほか、育て方などの質問に答えながら接客することを心がけました。例えば、初心者で盆栽にトライしてみたものの、枯らしてしまったという悩みには「ベテランでも枯らすことがよくあるんですよ。またやってみてください」といったアドバイスをもらえることで、またチャレンジしようという励みになります。

盆栽は、うまく行けば、百年、二百年と生きるもの。一生をかけて、自分でつくり込んでいける楽しみがあるといいます。最初は独学でやってみる人が多いそうですが、カルチャーセンターや豊平公園にある緑のセンターの盆栽講座を受けてみるのも伸一さんのおすすめ。札幌市には札幌盆栽会や札幌草樹会など、初心者歓迎の団体もあるので、見学会に行けば盆栽に関する質問や悩みにもアドバイスをしてもらえるそうです。盆栽団体に入会して勉強や交流をしたり、展示会の出品を目標にすることもモチベーションアップにつながります。掌では、さまざまな展示会で盆栽に触れてほしいと、北海道の盆栽展やイベント情報をまとめた配布用のプリントを作成するほか、SNSなどネット上で配信を行っています。

次世代へと継承していく盆栽文化

近年は、インターネットで情報を得ながら盆栽を楽しむ人たちが増えているといいます。そういった人たちにも、長年のベテラン愛好家が所属する盆栽団体と「リアル」でつながってほしいと伸一さんは話します。「いまは、盆栽の購入から情報収集、SNSのアップまでと、ネットだけで盆栽活動ができます。特に若い世代の人はそういった傾向があって、僕たちが所属しているような盆栽会とは関係が薄いと感じます。経験を蓄積してきた大先輩たちのいる盆栽団体とつながらないのはもったいないこと。ですから、次回の盆栽マーケットでは、交流する場をもっと広げてつくりたいと思っています」

インターネットで盆栽を楽しむ若い世代を、リアルで集まる場に呼び込みたい。それには、こんな理由もあるそうです。

「盆栽には、これまで丹精して育ててきたものを、下の世代に継承する『土払い』という文化があるんですよ。年を取ってくると世話をするのが大変なので、信頼できる人に預けたり、売ったりするんです。盆栽は人間よりも長生きしますから、そういった歴史を持つ木を、人から人へと伝えていく。この文化はとても素晴らしいと僕は思うんですけれど、実際には周囲に引き継げる人がいなくて、売ることになるケースがとても多いんですね。ですから、若い人たちが入ることで、継承のお手伝いができればという気持ちがあります」

海外へ流出する名品を写真集に記録

現在、国内の盆栽は、海外が主な販売マーケットになっているそうです。「BONSAI」が世界の共通語になるほど、国際的な評価を受けているのは素晴らしいことですが、一方で百年、二百年の歴史を持つ、非常に価値の高い盆栽が、海外へ多く流出してしまっているという現実があります。

「北海道には盆栽界で長く愛されるエゾマツ(北海道特有の樹種)の盆栽が多くあります。ほかにも北海道真柏などを目当てに東京のバイヤーが道内の盆栽家を訪ねて買い付け、海外に販売しているケースがよくあります。その盆栽家の方にしても、やはり譲り渡せる人がいなければ、もう業者さんに任せるしかないんですよね。本来は、僕たちが流出から守るために買い取れればいいんですけれど、そうもできない」

残念そうに、そう語る伸一さん。ユニット「掌」としてできることをと始めたのが、プロのカメラマンに盆栽を撮影してもらい、写真集という形で記録に残すことでした。「昨年は旭川に行って30鉢ほど、朝から晩までかかって撮影を行いました。写真集をつくり、作品のギャラリー展示も行って、北海道にはこんな素敵な盆栽があるんだとアピールしていきたいですね」

掌のホームページやSNSには、多種多彩な盆栽や催しなどの情報が紹介されています。「盆栽の展示会は、出すのも、見るのも両方おすすめです。いろんな盆栽があってとても勉強になりますし、世間話も含めて交流の場でもあります。盆栽を通じて、多世代のコミュニケーションができていけばいいなとも思っています」

毎年、北海道内の春の盆栽展示会情報は4月ころ発信しています。
盆栽初心者にむけて展示や販売をするイベント「北の盆栽マーケット2025」ですが、今年は7月6日(日)チカホ(札幌市地下歩行空間)にて開催するそう。

「詳細はSNSで情報発信をしていますので、お気軽にフォローしていただけたら嬉しいです」と石川さんは笑顔。

室内では弱ってしまう盆栽を、数日間の展示会で見られるのはとても貴重なこと。設営も一日がかりだといいます。展示会でお会いしたベテラン愛好家の方の「大自然を、盆栽という形で身近に取り入れようとした先人は、本当にすごいと思いますよ」という実感のこもった言葉、そして掌さんの活動に、悠久の歴史を誇る盆栽の魅力と、その文化を受け継いでいく気概を感じさせられました。

石川伸一さん

札幌盆栽文化普及団体 掌(たなごころ)

石川伸一さん

石川綾子さん

キャラクター