力強い筆使い、大胆な色使い、独特な線。発達障がいと呼ばれる子どもたちが思い思いに描いた絵はのびのびとしていて、その感性の豊かさに圧倒されます。それらの絵を見せてくれたのは、アートを軸に発達に課題のある子どもたちの療育を行っている合同会社ペン具の代表・卜部奈穂子(うらべなほこ)さん。日々の療育のほか、子どもたちの作品を紹介する展示会の開催やアーティスト活動をしている卒所生のサポートなど、忙しい日々を送っています。今回は、豊平区の美園にある放課後等デイサービス「ペングアート」におじゃまし、卜部さんがペン具を立ち上げたきっかけやこれまでの活動、これからのことなどを伺いました。
アート活動を通じた療育を実践する放課後等デイサービス「ペングアート」
発達に心配がある子どもや障がいのある子どもたち一人ひとりの特性にあった療育を行う放課後等デイサービス。その対象は小学生~高校生となっており、豊平区の美園、清田区の北野にある「ペングアート」も、この放課後等デイサービスに分類されます。
今回おじゃましたのは美園の「ペングアート」。室内には、もうすぐ行われる展示会に出すという大きな作品がいくつか置かれていました。画材道具が棚や引き出しに整理され、小さなアトリエという雰囲気です。机の上についた古い絵の具の跡から、これまでたくさんの子どもたちが夢中になってここで絵を描いてきたことを想像すると微笑ましく感じます。ちなみに「ペング」とは、「ペン」と「絵の具」をくっつけた卜部さんの造語なのだそう。
普段は学校を終えた子どもたちが順にやってきて、それぞれの特性に合った手順書をもとに創作活動を行います。与えられた課題に沿った絵や工作を作る時間、自由に創作ができる時間、休憩時間にはおやつもあります。集中して作業ができるように仕切りのある机も置かれています。
「ここにはいろいろなタイプの子が通っていますが、それぞれが自由に創作してもらえたらと思っています。絵がすごく描きたい!という子もいれば、何をすればいいか理解できなくてモヤモヤしている子も。課題の制作に取り組む際、すごく描きたい子には、集中して存分に描ける場所を整えてあげ、モヤモヤしている子にはその子が分かりやすいように制作の手順書、アートガイドを用意し、それを見ながら安心して作業に取り掛かれるようにしています。中には、画材道具で遊びだしちゃう子もいるんですけどね。でも、それも表現の一つだと思っています」
そう話す卜部さんが、アート活動を通じて発達障がいの子たちのサポートを始めたのは2003年。はじめはフリーランスでのスタートでした。そして、2011年に現在の場所で合同会社ペン具を設立、現在は美園と北野と合わせて100人近くの子どもたちが通っています。
障がい児施設で出会った方の絵がきっかけ。大学で心理とアートを学び直す
卜部さんは札幌の高校を卒業後、興味のあった福祉を学べる専門学校を経て、障がい児者の入所施設に勤務。そこで出会った方がきっかけで、現在の活動につながるアート療法を学ぼうと思ったそう。
「重度の障がいのある方が多い施設だったのですが、その方たちが描く絵を見て、衝撃を受けたんです。彼らが描いた線や形、色は誰にでも描けるものじゃないと思ったんですよね」
また、全然話をしない、コミュニケーションが取りにくい方が、あるとき無心に絵を描いている場面に遭遇。「そこに描かれていたのがその方の実家の絵で、この方は1年に1回しか帰れないけれど家の風景を細かく覚えていて、帰るのを楽しみにしているのかもしれないと思って、そのときに絵を描くことで自分の気持ちを表現することもできるのか」と気付いたと言います。
絵を描くことの力を感じた卜部さんは一念発起し、当時道内で芸術療法について学ぶことができるゼミがあった心理系の大学へ編入学します。また、美術の大学にも科目履修生として通い、油彩や木工などを学び、地域の子育て関係のNPO法人の活動にも参加。そこで障がいのある子どもを育てるリアルな親の気持ちにも触れるとともに、地域社会で生きていくためには地域に根付いて活動することの大切さも学びます。
2003年に「ペングアート」として月謝形式のアートセラピー教室をスタート。「最初は手探りでしたし、それだけでは生活していけないので、アルバイトもしながらでしたね」と振り返ります。アルバイトと言っても、大学や専門学校での講師、保健センターでの子どもの発達相談など、これまでの経験や資格を生かしたもの。「そこでもまた私自身、学ぶことはたくさんありました」と話します。
活動が軌道に乗り始めた2008年に結婚し、翌年には長女が生まれます。その長女が2歳になった2011年に合同会社ペン具を立ち上げます。「小さい子を抱えながらで、そのときは本当にバタバタで大変でした。その経験があるので、子どものいるスタッフにはここに子どもを連れてきてもいいよと言っています」と卜部さん。
子どもたちにしか描けない素晴らしい作品を「作品」として認めてほしい
「ペングアート」に通う子どもたちの絵を間近で見ているうちに、卜部さんは「アートとしても本当に素晴らしい作品が多い」と感じはじめます。子どもたちの作品をたくさんの人に見てもらう機会を用意し、発達障がいの子どもたちのことを知ってもらうとともに、子どもたちが創作したものをアート作品として社会に認めてもらうことで、子どもたちが社会参加できるのではと考えます。
会社を立ち上げた翌年から、ギャラリーを借りて展示会をスタート。また、子どもたちの作品をポストカードやノートなどのグッズに商品化し、希望があれば絵の販売も行うようになります。ただし、それはあくまで「素晴らしい作品であると知ってもらうため」でした。
「近年は、障がい者の人たちが働く作業所で作られたものもレベルが高くなっているので一概には言えませんが、それまでは障がいのある人が頑張って作ったから、多少味が悪くても、形が悪くても善意の気持ちで買ってくださいというものが大半でした。でも、そうではなく、子どもたちの描いた作品のクオリティーは、障がいのあるなしに関係なく素晴らしいものだし、まずは作品として見て、判断してほしいと思ったんです」
卜部さんはペングアートとしての展示会だけでなく、イベントへの出店なども行い、子どもたちの作品を積極的にPR。そうした活動が実を結び、「絵を購入したい」「この作家に絵を描いてほしい」という依頼も入ってくるようになります。
さらに、高校を卒業したあともアート活動を続けたい子たちのために場所を開放し、「アトリエペン具」をスタート。10人ほどいるメンバーが、毎週土曜に美園や北野で自由に絵を描いています。
「ここに通い出したとき小学生だった子がすっかり大人になって、それでもまだ絵を描き続けていて、彼らも作品も成長している様子をずっと近くで見させてもらえるのは嬉しいことなんです」
アトリエペン具のメンバーの作品が、今年発表された札幌市文化芸術基本計画の表紙に選ばれたほか、大通の工事現場の仮囲いの壁画アートにも採用されたそう。
「壁画アートはきちんとライセンス料もいただいていて、絵を描いた子には作品が評価されたということをきちんと伝え、渡しています。アーティストとして社会に認められたということは、彼らの自信にも繋がります。これからもアートを通じて、彼らと社会を繋いでいければと思うし、アーティストとしてはばたいて欲しいとも思っています」
ボーダレスアートの団体を発足。異なる業界にも繋がりを広げて発信
活動範囲が広がるとともに、卜部さんと同じような考えを持ってアート活動を行う福祉事業所や団体との繋がりも生まれます。道内の7団体が集まり、「ボーダレスアートサポート北海道」(通称BASH)という団体を立ち上げ、表現の場の提供などを行っています。卜部さんも事務局長として関わり、今年法人化する予定だそう。
「障がいのある人たちはもちろん、高齢者やジェンダーフリーの方なども含めてのボーダレスアートです。アートを通じて地域社会とつながり、自立していけるように私たちがそれを支えられればと考えています。私たちはボーダレスアートの作家さんたちの世界を一般の人たちにも分かりやすいように伝えていく代弁者だと思っています」
BASHでは、ボーダレスアート作家たちの活躍の場の提供を行うほか、育成や彼らの作品の権利などの保護、販売サポートなども行っていくそう。
また、卜部さんは昨年まで「北海道の楽しい100人vol.2」というイベントの運営にも携わっていました。これは、2カ月に1回開催されていたトークイベントで、毎回北海道で活躍する楽しい人の活動や挑戦を1人15分ずつ、計4人が登壇して発表するというもの。
「vol.1のときに登壇させてもらって、それがきっかけでvol.2の運営メンバーになりました。自分たちの活動を広く知ってもらうためにも、福祉の専門用語だけで会話をする場所から外に出て、業界を越えたところにも繋がりを作っていくことが必要だなと思っていたので、運営メンバーをさせてもらったのは本当に良かったと思います」
表現したものを認めて、褒める。子どもたちにとって楽しい場所でありたい
今年も「ペングアート展」が9月26日(木)~28日(土)に開催することが決まっています。会場は、札幌市文化芸術交流センターSCARTSスタジオ1、2(札幌市中央区北1西1 札幌市民交流プラザ)。12回目を迎える今年のテーマは「もったいないはアートのたからもの!」。廃材を使った子どもたちが作ったぬいぐるみなどが並ぶ予定で、今はその準備の真っ最中です。
今回展示する予定の作品を見せてくれながら、「そういえば去年のペングアート展で、通ってくれている子どもたちにアンケートを取ったんです。ペングアートってどんなところ?って。そうしたら、その回答に泣けてしまって…」と卜部さん。
そこには、「楽しい場所」「好きなことができるところ」「自由な場所」と子どもたちの字で書かれていました。子どもたちのそういう場所でありたいと思っていた卜部さんにとって、何よりも嬉しい言葉だったそう。
「子どもたちが作ったものや描いたものを『見てー』と持ってきたとき、なるべく質問しないようにして、感想を伝えるようにしています。質問が問い詰めになることもあるので、どんなものでもその子の表現だと受け止めるようにしています。一本の線を引いただけでも、その子が自分で決めて描いたものには『すごいね』と声をかけ、自信が持てるようにしています」
発達障がいと診断された子どもたちの中には、自己肯定感が低い子や自信のない子もたくさんいるそう。でも、ペングアートで卜部さんやスタッフに自分の表現を認めてもらうことで、ペングアートは「楽しい場所」となっているようです。
また、子どもたちだけでなく、「発達に特徴のあるお子さんがいるお母さんたちは、周りに気を使うなど大変なことがたくさんあると思う」と卜部さん。「でも、一緒に子育てする仲間や気持ちを共有できる人がいるだけで、肩の力を抜いて子育てができるはず。だから、私たちはアート療育を通じて楽しい時間、ほっこりできる時間をお母さんとも共有できる仲間でありたい」と続けます。
フリーランスで活動を始めてから20年を超え、「信念を持ってやってきましたが、決して自分一人でここまでやってこられたわけではなく、子どもたちへの想いを持って一緒に仕事をしてくれるスタッフがいてくれるから、ペングアートは成り立っているんです。これからは、後進の育成にもしっかり取り組んでいきたいと考えています」と最後に話してくれました。