中小企業診断士の田邉勇樹さん。新潟県出身で、2016年に札幌へ移住しました。販売士一級の資格も持ち、現在札幌販売士協会の理事も務めています。「昔から勉強や読書が好きだった」と話す田邉さんですが、意外にも「早く働きたい」という理由から高校を中退し、17歳からたくさんのアルバイトを経験します。中小企業診断士という仕事に出会うまでやクライアントへの思い、自身のモチベーションに繋がるやりがいなどを伺いました。
「高校に行くより働きたい」販売員から人材育成担当へ
田邉さんは新潟県長岡市の出身。活発な性格の一方で、本を読むことが好きな少年でした。家族そろって読書好きだったこともあり、常にたくさんの本に囲まれて育ったそうです。特に、生物や宇宙、歴史などさまざまなジャンルの図鑑を眺めるのが何より楽しかったと話します。

「勉強はそれほど得意ではなかったんですけど、本を読むのは好きでしたね。絵本や漫画も含めて、一年間に100冊は読むと決めていました。今でも本はよく読みます」
中学を卒業すると、田邉さんは定時制の普通科高校に進学します。しかし、授業の進み方や雰囲気に馴染めず、一年で退学。
「反抗期だったというのもありますが、そもそも高校に行くより働きたいという気持ちがあったんです。勉強自体は好きでしたが、自分のペースで何かをやりたいという思いの方が強かったんだと思います」
その後は、「働きたい」という気持ちに従い、アルバイトをしながら数多くの仕事を経験しました。当時17歳。できる仕事は限られていたものの、営業や販売など、さまざまな職種に就いたそう。やがて、販売の仕事をしているときに、大手人材サービス会社への就職が決まり、人材育成の仕事を任されることになりました。
「もともとは派遣社員として働いていたのですが、派遣元の会社で人材育成の仕事があるからやってみないかと言われたんです。教えることには興味があったので、派遣する側として社員研修などを担当するようになりました」

こうして、教育関連の仕事に携わるようになった田邉さん。当時はまだ、独立について漠然とした思いしか持っていなかったものの、「いつか自分で仕事をしたい」という気持ちは常に胸の中にあったといいます。もともとの勉強好きな性格もあり、仕事の傍ら、本を読んだりセミナーに参加したりと、「その日」のための準備を少しずつ続けていました。
転勤をきっかけに、北海道で新たな挑戦
新潟で派遣会社の人材育成を担当していた田邉さんは、あるとき会社から北海道への転勤を打診されました。そろそろ違う地域でも働きたいと思っていた田邉さんは、迷うことなく異動を決意します。
「北海道には行ったことがなかったので『せっかくだから2~3年行ってみよう』くらいの軽い気持ちでした。寒そうだけど、新潟とそんなに変わらないだろうと。ただ、来てみたらやっぱりすごく寒い(笑)。でもとにかく食べ物がおいしくて、札幌は思った以上に都会で街もきれいだし、とても住みやすいと思ったのを覚えています」

人材サービス会社の北海道支店に異動後は、函館・旭川・釧路・知床など、道内の主要都市を回りながら研修を担当しました。同時に、個人的に研修や教育支援を依頼される機会が少しずつ増えていったといいます。そこで田邉さんは、自らの専門性をさらに深めるため、会社の業務とは別に、教育や研修の研究を続けました。販売員としての経験を生かし、「どうすれば商品がより魅力的に見えるのか」「接客で成果を出すにはどう話せばよいのか」といったテーマを掘り下げ、ロールプレイなどのトレーニング方法を模索していったそうです。
「販売って、トークだけでなく、展示方法や陳列の仕方を少し変えるだけで売れ方がまったく変わるんです。業種によっても違うので、おもしろいですよ」
さらに、2020年のコロナ禍では、研修の形も大きく変わります。対面での講座が難しくなる中、オンラインツールを活用した研修やコミュニケーション方法が増えていきました。
「コロナ禍でも、思ったより仕事が減ることはなかったですね。人材派遣の方でも、ワクチン接種やコールセンターの人員確保など、コロナ対策の人手を必要とするところが多かったです」
こうして、北海道で過ごした時間は、田邉さんにとって「自分の力で仕事をしていく」という気持ちをより確かなものにする期間となりました。
「北海道の市場で自分の力を試したいという気持ちは、最初からあったと思います。新潟にいた頃から、個人的に研修をしてほしいと指名してくださるお客さんもいたので、いつか独立したいという思いはずっと持っていました」
経営について学ぶために大学院へ。MBAを取得し独立を実現
北海道に拠点を移した田邉さんは、次第に販売だけでなく経営そのものを学びたいという思いを強めていきました。独立して仕事をするには、がむしゃらに頑張るだけではなく、まずビジネスの仕組みを学ぶ必要があると感じたからです。
「ただ、経営をきちんと学べる国家資格って中小企業診断士ぐらいしかないんですよ。それに、勉強しなければならない範囲が広くて、すごく難しい。働きながらだったので、正直とても大変でした。仕事の後にファミレスやカフェに行って勉強していましたね」

そこから田邉さんは、数多くの資格を取得していきます。日本商工会議所販売士一級・国家資格キャリアコンサルタント・2級ファイナンシャルプランニング技能士など、数だけでなく種類も多彩!
「キャリアコンサルタントの資格も難しかったですね。悩みを持っている人の話を傾聴する試験があるんですが、僕はスクールに通わず独学で取るのが好きなので、ロールプレイの練習をできず大変でした(笑)」
中には、アロマテラピー検定1級やサウナ・スパ健康アドバイザーといった、一見仕事とは関係のなさそうな資格もちらほら…。
「ちょっとゆるめというか趣味で取る資格も好きなんです。仕事のためというより、自分でここまで勉強したという一つの証として取っています。対外的にもアピールできますし、意外とお客さんとの会話のきっかけになることもあって、結構役立っているんですよ」
もともと勉強が好きだった田邉さんにとって、資格取得はゲームで自分のレベルを上げていくような感覚。努力が成果として目に見えることが、次のモチベーションにつながっていました。さらに、新潟にいた頃から通信制の大学に通い、卒業後は小樽商科大学大学院に進学して経営学修士(MBA)を取得します。


「大学院に進学したのは、経営のことをもっと勉強したい気持ちがあったのと、周りの先輩経営者の方たちからもすすめられたからです。北海道の経済系大学なので、地域のビジネス環境を深く学べると思いました。久しぶりに学生に戻ったようで、楽しかったです。今でも時々、卒業生で集まることがあります」
そして、大学院の修了を機に、人材サービス会社を退職。これまで心の中で温めていた独立への思いを、いよいよ実現させることになります。
「それまで仕事と大学、自分の活動で本当に忙しくて、まともに休める日がほとんどなくて大変でした。でも、ずっと準備をしてきて、これならやっていけると思えたタイミングだったので、独立することに迷いや不安はありませんでした」
これまで積み重ねてきた知識と経験を武器に、自らの手で新しいキャリアの道を切り開いた田邉さん。ここからまた、新たなステージが始まります。

中小企業診断士として、現場に寄り添い経営を支援
独立後、田邉さんは中小企業診断士として、企業の経営支援を手がけています。支援しているのは主に小規模な企業。小さな会社では経営企画を担当する部署がないことも多く、事業戦略の立て方がわからず困っているケースも少なくありません。田邉さんはそうした企業に対し、経営計画を一緒に立てたり、販売の方法を考えたりと、現場に密着したサポートを行っています。
「例えば、年間でこの利益を出すには、このくらいの売上を目指しましょう、というところから一緒に考えていきます。ほかには販売のご支援ですね。こんなふうにお客さまに案内すればもっと売れますよ、とか。いわゆるマーケティングみたいなものです」
支援を依頼する企業の多くは、販売や接客を中心としたサービス業で、まさに田邉さんの得意分野。半数以上は札幌の企業ですが、商工会議所から声をかけられて地方に出張することもあります。自治体から依頼され、公務員に接遇研修をすることもあるそうです。

「接客経験がなく、窓口対応でのお客さまとのやり取りに悩む方が多いんです。いわゆるカスタマーハラスメントのようなトラブル対策の話もします」
仕事の内容だけを見ると経営コンサルタントのようにも思えますが、「ちょっと違うんです」と田邉さん。
「経営コンサルタントの場合、支援先のほとんどが大手企業です。大手企業向けのコンサルは、特定の分野だけを担当するケースが多い。例えばシステムだけとか、マーケティングだけとか。でも、中小企業診断士の場合は小さな企業が相手。だから、社長や、その家族の生活までも含めて総合的な支援が必要だと思っています」
独立前から個人的にアドバイスを求められていた人からの依頼も多く、現在は支援先の7割ほどが、リピーターとして継続的に依頼をくれるそうです。
「もちろん、仕事が減ったらどうしようという不安はあります。ただ、それはそれでしかたないことだし、なんとかなるかなと思っています」

とはいえ、仕事をしていて大変に感じることもあります。特に難しいのは、研修を受ける人々の知識や経験の差が大きいときだそう。
「学歴や職歴だけでなく、性格もさまざまだと、誰に合わせて話すかが難しいですね。そういうときは、研修の目的から逸れないように意識しつつ、参加者が楽しんでもらえる内容を心がけています。やはり、現場に出る人が動かないと何も変わらないので、研修にあまり積極的でない人が少しでも挑戦してみようと思ってくれたらうれしいですね」
田邉さんに支援を依頼する経営者の多くは、何らかの課題意識を抱えています。借金返済や資金繰りに悩む企業も少なくありません。
「僕の根底にあるのは、お客さまの利益につなげたいという気持ちです。やっぱり支援した企業には儲かってほしいし、そこで働く人にはちゃんと稼いでほしい。会社の利益が上がれば、従業員の給料も上がりますから」
一番うれしいのは、「成果が数字に表れたとき」だそう。

「『売上が上がった』『利益が出た』と言われるのが一番うれしいです。社員の給料が上がったとか、昇進したという話を聞くと、やりがいを感じます。働いている人たちがやる気を出して、楽しそうに仕事をしている姿を見ると、これからもしっかり支援していきたいという気持ちになります」
全ての経験が今に生きている。大事なのは現場を知ること
独立から2年。田邉さんはこれまで個人で続けてきた活動を法人化し、「株式会社ブルーラーニング」を設立しました。
「学ぶという意味の『ラーニング』という言葉を入れたかったんです。『ブルー』には、『大人でもいつまでも青くていい』という意味を込めました。会社のコーポレートカラーにもなっています」
法人化を決めた理由は、仕事の幅を広げるためだと語る田邉さん。仕事の内容によっては、法人でなければ受けられないものもあります。また、一人で全てをこなすことに限界を感じるようにもなったといいます。

「今後、人を雇うのか外注にするのか考えなければと思ってはいるのですが、実際のところまだ全然手が付けられていない状況です。どうしても属人的な仕事になりがちなので、体系的に整理し、ビジネス化していく必要があると思っています」
また、法人化によって、経営者としての視点も少しずつ変わってきたそう。会社を持つ立場として、企業の価値についてあらためて考えるようになったといいます。
「自分が受け取る報酬だけでなく、会社の資産としていくら残すのか…とか。バランスもしっかり考えなければならないですね」
今後は、引き続き北海道に拠点を置きながら、これまで関わってこなかった分野でも教育やサービスを提供していきたいと話します。
「例えば、第一次産業などにも広げていけたらおもしろいと思っています。まだ知見は少ないですが、少しずつ挑戦していきたいですね」
17歳からさまざまな職種に携わってきた田邉さん。これまでの経験を振り返ってこう話します。

「短い期間だったものも含めて、製造・飲食・物流・農業など、本当にいろいろな仕事をしてきました。どの仕事も、今の自分のベースになっています。最近だと、2023年のエスコンフィールドのオープン日に現場に入って、ビールの売り子さんのサーバーを担がせてもらったんですよ。実際に担いでみるとすごく重くて、販売することの大変さが身に染みてわかる。数字上では1杯いくらかもしれないけど、経験するとその1杯の重みがわかるようになります。そういう経験が、今すごく生きていますね」
経営に興味がある若者にメッセージをお願いすると、こう答えてくれました。
「経営をしてみたい人でも、数字ばかりを勉強するのではなく、いろいろなことを経験した方がいいと思います。数字ももちろん大事ですが、やっぱり現場での経験も必要。両輪で走ることが大事だと思います」
勉強好きで、数多くの資格を取得している田邉さん。学びで得た知識だけでなく、これまでに経験した数々の仕事から培った「生きた知見」こそが、現在の活動の土台になっていると感じました。これからも、北海道を拠点に活動の場を広げていくことを期待しています。



