鮮魚店や飲食店が並ぶ札幌市中央区・場外市場に店を構える「きたいちば」。お菓子や乾物など、北海道産にこだわった商品が豊富に揃う、観光客に人気のお店です。ここを運営する株式会社丸市岡田商店が、現在ユニークなプロジェクトに挑んでいます。オリジナルのPB(プライベートブランド)商品を100品開発し、店舗やECサイトで販売するという試みです。
食品の卸・小売業を営んできた同社は、三代目社長・岡田隆志さんのもと、新たなステージへ。掲げたのは「どうせやるなら1等賞」という言葉です。新しく立ち上げた製造部門で自社開発した「北海道 二段階熟成カヌレ」は、国内最大級のオンラインモールで売上1位を獲得しました。社員のパティシエとともに、素材や製法、パッケージまで徹底的にこだわったスイーツづくりで、全国にファンを広げています。
「PB商品100品目」の展開に合わせて、店舗も近くリニューアルを予定。手に取りやすいサイズ感と豊富なラインナップは、観光客はもちろん、地元・札幌の人々にも愛される店へと成長していきそうです。
この挑戦はどんなきっかけで始まり、ヒット作を次々と生み出すようになったのでしょうか。岡田社長と、商品戦略・業務支援部で商品開発を支える入社2年目の山岸いつかさんに、その裏側を伺いました。
カヌレ全国1位!札幌・場外市場の三代目社長が挑むスイーツづくり
札幌市中央区にある札幌市中央卸売市場の場外市場は、北海道産の海鮮を中心とした食事やお土産選びを楽しめる観光スポットとして知られています。その一角にあるのが、株式会社丸市岡田商店が運営する「きたいちば」。北海道ブランドの銘菓をはじめ、海の幸を使った珍味や乾物、地酒、雑貨まで幅広く揃い、国内外の観光客に親しまれています。お得な商品もあり、「札幌に来たら必ずここで買う」というリピーターも少なくありません。

店の奥には、オープンキッチンが目を引くスイーツコーナーがあります。ショーケースには、道産素材にこだわった「二段階熟成北海道カヌレ」、グルテンフリーの「北海道米粉のカヌレ」、ミルクバタークリームをたっぷり挟んだ「北海道クリームサンド」などが並び、ガラス越しに菓子づくりの様子も見られます。これらはすべて、自社ブランド「メルカードスイーツまる」の商品です。
このブランドは2022年、三代目社長・岡田隆志さんを中心に立ち上げられました。なかでもカヌレは、大手ECサイトで売上1位を獲得する人気商品に成長。「実は最初のお菓子づくりは、自分ひとりの手探りから始まったんです」と岡田社長は語ります。
スイーツは全国に多くのライバルがいる激戦区。そのなか、なぜ岡田社長は自社ブランド「メルカードスイーツまる」を立ち上げたのでしょうか。その背景には、時代の流れにこたえるべきだという強い思いがありました。それは、札幌場外市場の歴史にもつながります。まずは、創業70年を迎える同店の歩みをたどってみましょう。

創業70年、市場の変化とともに歩んだ丸市岡田商店
毎朝、道内各地から魚介類や野菜などが集まり、活気あるセリが行われている札幌市中央卸売市場。その隣にある場外市場は、小売店や飲食店が60店舗ほど軒を連ねる、札幌でも人気の観光スポットです。
その一角に店舗ビルを構え、小売のほか卸業も営む丸市岡田商店は、1955年に現社長の祖父が塩干物商として荷車を引いて商いを始めたのが原点。創業当時はさっぽろテレビ塔近くの二条市場が拠点でしたが、札幌中央市場の開設とともに現在の場所へ移りました。
1969年には自社ビルが完成、当初は一般食品や調味料を扱っていました。地元向けの小売や、卸売りが中心でしたが、10~20年後には札幌市内にスーパーやコンビニが急増。二代目は1993年に社長になりますが、関西の商社で経験を積んだこともあり、市内では珍しいこだわりの食品や調味料を大阪から仕入れ、卸の新たな販路を広げます。

1995年には場外市場の観光化に合わせて、お土産物店「きたいちば」をオープン。海外からの観光客も年々増え、場外市場全体が「買う」だけでなく「食べる」場へと変化します。きたいちばの2階でも海鮮丼を提供し、運営は現社長の母親が担っていました。しかし、鮮魚は本業ではないこともあり、多大な手間がかかっていたといいます。
2017年に入社し、2022年に三代目社長となった岡田隆志さんは、海鮮丼の提供をやめる決断を下します。「時代の変化に合わせて、先んじて変えていかなくては」と考え、舵を切ったのは、自社ブランドのスイーツ開発やECサイトでの販売、さらには「PB商品を100アイテムつくる」という大きな挑戦でした。
とはいえ、製造部門を持たない同社が、どうやって人気スイーツを生み出すことができたのでしょうか。そして、なぜ数ある商品の中から「スイーツ」を選んだのか――その理由を、岡田社長に伺いました。

店の名物をつくれ!ゼロから始めたスイーツ開発
自社ブランド「メルカードスイーツまる」が生まれた背景には、三代目の強い思いがありました。場外市場を訪れる観光客の好みが年々多様化し、「ただ商品を並べるだけでは選ばれない」と感じたのです。そこで、北海道ならではの食材を活かし、店の顔になるスイーツをつくろうと決意しました。とはいえ、当時は製菓の経験もなく、最初は社長ひとり、中古のオーブンで試作を繰り返しながら、配合や焼き方を模索していったそうです。
そんななか、岡田社長には自社の「強み」を生かせる確信がありました。

「うちは長く卸をやってきたので、数多くの取引先があるんです。できた商品を流通に乗せることもできますし、素材調達も有利。こだわり卵が欲しければ、仕入れ先に聞けばすぐ手に入る。牛乳や小麦粉もそう。だから、材料探しのハードルが低いんですよ」
試行錯誤の末、まずはオリジナルのシュークリームを商品化。テレビでも紹介され、売り上げは好調でした。しかし2020年、コロナ禍で観光客が激減。そこで、ECサイト制作に挑みます。HTMLの基礎から学び、全国のECページを研究。写真の見せ方やキャッチコピーを工夫し、インプレッション分析で改善を重ねました。
この時期に、特に力を入れて開発したのが「北海道二段熟成カヌレ」です。担当スタッフと二人三脚で、1年かけて全国のカヌレを食べ歩き、お客さんの声を集めて改良を重ねました。小麦粉からバター、卵まで北海道産にこだわり、二段階で2日間かけて熟成。完成した北海道カヌレは大手ショッピングモールで1位を獲得します。「やっぱり1位じゃないと商売では弱くなってしまう。だから一生懸命1位を目指しました」と社長は話します。

その後もグルテンフリーの「北海道米粉のカヌレ」は、プレーンのほか、道産かぼちゃ・さつまいも・トマトクリーム入りのバリエーションで次々ヒット。特に、紅はるかのさつまいもを使った米粉カヌレは「北海道お土産グランプリ2024」(参考;FMノースウェーブ主催のイベント)で金賞を受賞しました。
オリジナルスイーツに加えて、お客さんの声から生まれたお酒のつまみなど、自社開発品のラインナップは広がっています。岡田社長は、今年中に自社開発品を100アイテムそろえることを目標に掲げており、移動中や休憩時間にもコンビニやECサイトをのぞいて、商品開発のヒントを探しているそうです。
そんな熱意あふれる三代目ですが、二代目である会長からは、いままで家業を継ぐよう言われたことは一度もなかったといいます。これまで、どのような経歴を歩んできたのか、お話を伺いました。

あえて厳しい道へ。三代目が歩んだ修業と決断
長男として生まれた三代目社長の岡田隆志さんは、親の商売を身近に感じながら育ちました。しかし、二代目である父親から継ぐよう言われたことは一度もなかったそうです。経営の厳しさを知る両親は、むしろサラリーマンとして就職してほしいと望んでいました。
それでも子どものころから家業を意識していたという隆志さん。時代の荒波をくぐり抜けてきた両親の背中を見て、自分の挑戦で会社を盛り立てたいという思いを強めていきます。
札幌の高校を卒業後、経営学を学ぶために東京・神奈川にキャンパスがある専修大学へ。さらに「もっと厳しい環境で自分を鍛えたい」と関西の立命館大学に編入しました。

「昔から、あえて厳しい環境に飛び込むタイプなんです。当時の立命館は、朝6時から夜9時まで授業がある日もあって、ずっと勉強漬けでした」と話す隆志さん、知り合いのいない関西での一人暮らしは孤独でしたが、その分、学業に集中できました。
学生時代にはフリーペーパーを制作する会社に所属し、取材やイベント運営、集客など幅広く経験。「充実していましたね」と笑います。この経験はいまの社長業の土台の一部にもなっています。
大学卒業後は修業のため、大阪の食品メーカーで営業職に就きました。厳しい社風のなかで、シビアな数字目標に追われる日々。やがて新工場立ち上げという大きな仕事を任され、無事にやり切ります。「あのときは達成感がありました」と語る隆志さん。ひと区切りをつけ、札幌に戻ることを決意しました。

しかし父親からは「サラリーマンのほうがいい」と反対されます。「いや、戻る」と何度もやり取りを重ね、入社が決定。店先での呼び込みや販売からスタートし、「もっと魅力的な商品を届けたい」という思いを強めていきました。やがて社長に就任し、オリジナルの商品開発や売り方の工夫に力を注いでいます。
父親である会長も、若い頃は関西の商社で鍛えられた経験の持ち主。当初は「この世界は甘くない」と継ぐことに慎重でしたが、いまは会長として息子の挑戦を見守っています。

ルール重視の職場から「自ら動く」丸市岡田商店へ転職
現在は、ECサイト制作や営業のスタッフも揃い、体制を強化している丸市岡田商店。「常に目標を掲げることが大切だ」と語る三代目は、昨年末から今年にかけて、自社開発品を100アイテムにまで増やして販売するプロジェクトを進めています。
商品開発や販売戦略で社長の右腕を務めるのが、入社2年目の山岸いつかさん。国内外の展示会に出向いて、自社商品のPRやマーケティングを行っています。その山岸さんがこの会社に入るまでの歩みを紹介しましょう。
札幌出身の山岸さんは大学を卒業後、食品業界とは異なる業界に勤めていましたが、転職活動をしている時に、丸市岡田商店の営業事務の求人に出あったそうです。

面接で印象に残ったのは、岡田社長からの数々の質問です。
「まず、『この会社で何をやりたいか』と聞かれたんです。それまで勤めていた会社は、細かいルールに沿って働くのが当たり前。自分に裁量が与えられる会社があること自体、驚きでした」
自発的な動きが求められる環境は、これまでの仕事とは真逆でした。それは当時の山岸さんにとって、「苦手なこと」でしたが、あえて挑戦を選び入社することに。丸市岡田商店で新たなフィールドに踏み出した山岸さんの、実際の業務について追ってみましょう。

トラブルも経験に、ものづくりの面白さを知る
入社当初、営業部門は岡田社長と山岸さんの2人だけ。二人三脚で展示会に出向き、新しい取引先を開拓してきました。営業スタッフが増えた現在は、「商品戦略・業務支援部」の一員として、自社商品100アイテムの開発を主に担当。委託製造(OEM)の商品も多く、素材不足や納期遅れといった予期せぬトラブルにも向き合ってきました。
「材料が入らないとか、納品日がずれるなんて当たり前。新商品の完成や納期も一緒に遅れてしまうんです。でも、経験を重ねるうちに、早めのスケジュールでお願いしたり、指示の仕方を工夫したりと、少しずつ改善できるようになりました」

前職では決められたルールに従えばよかった分、ある意味ラクだったとか。しかし今は自分で考え、決め、動く毎日。その分、達成感も強く感じるようになったといいます。
「この6月に北海道最大の展示会(参考;北海道産品取引商談会)があって、自社ブースに苦労して手掛けた商品がずらっと並んだ瞬間、本当に達成感でいっぱいになりました。『ものづくりって面白いな』って心から思いましたね」
入社当初は「自発的なことが苦手」だった山岸さんですが、いまは表情も声も自信に満ちています。その姿からは、主体性を持って挑戦し続け、その成果を確かな形にしてきたことが伝わってきました。

海外市場を見据えた、売れる商品づくりの工夫
取材当日も、社長と山岸さんは海外向けPB商品のパッケージ改良に取り組んでいました。同社が発売するワンカップ日本酒「NEO NIPPON SAKEUP」は、手軽に買えるPBブランドとして人気が高く、この7月にメルボルンで開催された日本酒イベントでも、POPなラベルデザインが来場者の目を引き、好評を博しました。
「5種類のお酒を紙箱に入れたギフトパックが、特に需要が高かったんです。武家屋敷のようなデザインも好評でしたが、オーストラリアは環境保全意識が高く、日本のコンビニのようにプラスチック袋がありません。だから、手持ちできる紙製パックがとても喜ばれたんですね」

オーストラリアの現地販売が決まり、ECサイトでの展開も進行中。この成功を受け、次回シドニーでのイベントに向けて、山岸さんは紙製ギフトボックスの強度を高める改良を進めていました。
「これで完成の予定…だったんですが」と山岸さんは苦笑します。
「オーストラリアの企業さんから『上下がわかるようにしたほうがいい』と言われまして。急きょマジックで『UP 』の文字と矢印を書き入れ、資材会社に再発注することになったんです」
こうした細かな修正を重ね、確実に売れる商品へと仕上げていく姿勢は、このお酒に限らず、同社の海外販路づくり全体に通じています。岡田社長はこう語ります。
「国内市場の縮小は避けられません。海外販売が必要な時代は必ず来る。それを見据えて『一番』を目指し、販路を築くことが会社の将来につながると思っています。そのためにも、いまは経験を積み、ノウハウを蓄えることが重要なんです」

店舗リニューアルとPB展開で描く、新たな丸市岡田商店
社長と二人三脚で育ててきたPB商品。岡田社長が「味はもちろん、売れるためのパッケージやデザイン、容量や価格の設定まで、1日中話していられる」と語るように、山岸さんも一つひとつの商品に強い愛着を持っています。
この会社に勤めるまで場外市場に来たことはほとんどなかったという山岸さんですが、「札幌、ひいては北海道の食がぎゅっと詰まっている場所」だと、その魅力を実感しているそうです。「市場」らしく魚介が中心ですが、「ぜひ、うちのお店で『メルカードスイーツまる』の自社スイーツも買って味わってほしい」と笑顔を見せます。

「ブランド名の『メルカード』は市場の意味で、スイーツを通して唯一無二の笑顔を届けたいという思いを込めています。例えば米粉のカヌレは冷凍で販売していますが、冷たいままでもおいしいし、オーブンで焼くとバターがジュワッと溶け出して、また違ったおいしさになるんですよ」
そんな山岸さんの隣で、岡田社長は100アイテムの完成に合わせた店舗リニューアル構想を語ります。

「PB商品はどれも手に取りやすいものばかり。これらをお客さまが自由に選んで詰め合わせられる、体験型のお店にしたいんです。通販を含めてギフトラッピングにも力を入れていますし、お客さまの声を聞きながら、さらにブラッシュアップしていきます」
新しいお店の棚に並ぶ色とりどりのPB商品、その前で笑顔を交わすお客さまとスタッフ――。その光景は、きっと札幌場外市場の新しい風景になるはずです。




