札幌で2021年に設立された「株式会社ともたび」。海外から北海道への訪日外国人をメインに旅行業を営む、旅行会社です。今回はともたびの代表取締役の工藤直(すなお)さんと、旅行事業部課長の奥村和美さんにインタビュー。工藤さんが起業するまでの経緯や、奥村さんの入社のきっかけとなった「6枚の便せん」のエピソードなど、ともたびのこれまでと、これから目指す未来について詳しくお伺いしました
コロナ禍の2021年に旅行会社の「ともたび」を設立
代表取締役の工藤さんは、3歳になるまで苫小牧に住み、その後は家族の転勤で道内のさまざまな地域で暮らしていました。大学卒業後は幼稚園教諭として幼稚園に勤務した後、大手通信会社の営業職に転職。1日50件の個人宅や企業に飛び込みで営業をするなど、前職とは全く異なる業務に従事することに。

「初日は全く契約がとれず、全然ダメでしたね。やっと初めての契約が取れた時は、お客さまのところに自分の自転車を置いて帰ってしまったくらいうれしかったです。それから営業の楽しさを知り、おのずと結果も自然とついてくるようになりました」
通信会社で5年ほど勤めると、工藤さんは会社を辞めて、学生の頃から念願だった世界一周の旅に出発します。実は営業職への転職は、この資金を貯めるためでもありました。
工藤さんは30歳を目前に、アメリカ・カナダ・中南米からヨーロッパ・中東・アフリカを経て、アジアを2年半かけて巡り、日本へ帰国。自身の心境の変化があったかを伺うと…。
「世界を回っても、僕の中に大きな変化はありませんでしたね。逆に関西国際空港に到着した時に、みんなスマホを持つようになっていたことの方が印象に残っています。2年半日本を離れただけで、みんなスマホを見るために下を向くようになってしまったと感じました」


その後、北海道に戻り、農業やペンションでのアルバイトを1年ほど経験し、占冠村で保育の現場に復帰。再び保育の仕事で頑張ろうと考えていた工藤さんですが、過疎化の影響で2年後には園児の数が減り、新たな職場を探すことになります。
そんな折、世界旅行中に出会った韓国の友人から「日本の旅行会社で働きたいから調べてほしい」という依頼を受けたそう。
「僕もそのとき転職活動中だったので、『どんな感じの会社なのか?』と面接を受けてみたんです。そうしたら、僕が受かってしまったんです。よくよく考えると、営業職の経験もあるし、旅行も好きだし良いかもしれないと思い、入社することにしました」
入社後は仕入れチームに所属。海外の旅行会社が企画した北海道旅行のツアーに対して、現地のバスやホテルの手配を行う「ランドオペレーター」という仕事を担当します。やがて、手配したバスやホテルの余剰枠を、国内や海外の同業他社に販売するセールスの仕事も兼任。そんな忙しい日々を過ごしていた工藤さんのもとに、1つの転機が訪れます。

「取引先のバス会社から、うちでも働かないかと誘われたんです。オーナーに相談したところ、きちんと実績を出すという条件でOKをもらえたので、3カ月ほど2つの会社で正社員を兼職することに」
バス会社では、キャンピングカー関連のビジネスを担当していた工藤さん。徐々に業務が忙しくなり、2つの会社での正社員はあきらめて、バス会社の仕事に専念することに決めました。そして1年ほど過ぎた頃、2021年に工藤さんは独立。「株式会社ともたび」を設立します。
「海外向けのECをやりたい気持ちがあったんです。そのためには自分で事業を起こそうと思って。独立するのに、旅行業を選んだのは、旅行業は経験もあったし実績も出していたからですね。独立のタイミングはコロナ禍でしたが、不安はなかったです。いつか必ずお客さんは戻ってくると思っていました」
趣味のキャンプが人生を変えるきっかけに
さてここで、ともたびを支える重要メンバーのひとり、旅行事業部課長の奥村さんにもお話を伺ってみましょう。
奥村さんは、札幌市出身。生まれ育った街を離れることなく、札幌で暮らしてきました。24歳で長男を出産し、シングルマザーとして子育てに奮闘していた奥村さんは、長男が小学校1年生になる頃から、一緒にアウトドアを楽しむようになったそう。

「息子に、何か得意なものや好きなことを持たせてあげたいと思ったんです。まず、登山から始めました。3年後は富士山に登ろうという目標を決めて、訓練代わりに藻岩山やニセコの羊蹄山に登っていました。大雪山の旭岳から黒岳まで7時間かけて縦走したこともあります」
登山をきっかけに、自然の中で過ごすことの楽しさを感じるようになった奥村さん親子が、次に始めたのはキャンプでした。火を起こしたり、自然の中で泊まったりする経験が、長男にとって貴重な体験になると考えたからです。ところが次第に、奥村さん自身がその魅力にのめり込んでいくことに。
「思春期になると、息子が一緒に来てくれなくなって(笑)。でも、私がキャンプにハマってしまっていたので、そこからソロキャンプを始めました」


ちょうどコロナ禍が始まった頃で、ソロキャンプが流行りだした時期。ただ、女性でソロキャンプをしている人は、まだほとんどいなかったといいます。もともと運転が好きで、北海道内をあちこちドライブしていた奥村さん。遠出の際にはテントを張ってキャンプをし、再び車を走らせるという過ごし方を楽しんでいました。やがて、その趣味だったキャンプが、奥村さんの仕事へとつながっていきます。
「その時、息子がなかなか学校に行けなくなってしまったことがあって、家の中にいても私が働いている姿を見せたかったんです。自分に何ができるかを考えたときに思いついたのが、趣味のキャンプをSNSで発信するインスタグラマーの仕事でした」
インスタグラマーとしての活動をスタートさせた奥村さんは、あるときキャンピングカーに試乗し、その体験をレポートにまとめるという仕事の依頼を受けます。
この依頼を出したのが、工藤さんでした。

ひとつの依頼が、その先を紡いでいく
当時、まだバス会社でキャンピングカー関連のビジネスを担当していた工藤さんは、北海道のキャンプ需要に合うインフルエンサーを探していました。企業や個人を含め、さまざまな人に声をかけた中の一人が、奥村さんだったそう。工藤さんから連絡をもらった当時のことを、奥村さんはこう振り返ります。
「車はもともと好きでしたし、キャンピングカーに乗れるなんて面白そうだなと思いました。それで、やってみたいですと返事をしたんです」
案件を受けた奥村さんは、体験後のレポートを、6枚の便せんの両面にびっしりと書き込んで提出しました。レポートには、天気や時間帯によってどのような使い方をしたのか、どんな装備が必要だと感じたかといった内容のほか、ブランディングの提案まで書かれていたそう。
その時を振り返って工藤さんは…

「さすがに、A4サイズの便せん6枚に書いて出してきた人は初めてでした。すごいな、というより、変わってる人だなと思いましたね(笑)」
しかし、奥村さんにとって、それはいつものことだったといいます。
「せっかくキャンピングカーを試乗させてもらったので、何かしら貢献できたらと思って書きました。案件をいただいたときは、いつもそういう気持ちでレポートを出していたので、私にとっては当たり前のことをしただけなんです。それでも、キャンピングカーに対してはかなり熱を入れて書けた気がします」
奥村さんの熱意あふれるレポートに心を動かされた工藤さんは、その後ともたびの設立にあたり、奥村さんに仕事を手伝ってほしいと相談しました。

「会社を立ち上げて最初に入ってもらう社員は、絶対に奥村さんだと決めていました。ECサイト事業を立ち上げたかったので、広告系の仕事をお願いしたかったんです。彼女は簿記の資格も持っていたので、経理関係の業務も頼めないかと相談しました」
工藤さんから相談を受けた奥村さんは、当時勤めていた会社を退職し、2022年10月に正式に入社しました。工藤さんと奥村さんに加え、台湾出身の委託スタッフも迎え、本格的に動き出します。その後は、正社員やパート、業務委託スタッフが少しずつ加わり、現在では正社員4人を含む多国籍なチームへと成長しています。
地場の強みを武器に、多国籍チームで北海道の旅をつくる
ともたびが現在手がけている主な事業は、ランドオペレーターとしての旅行手配業務です。アジアを中心とした海外の旅行会社向けのセールスのほか、国内の旅行会社向けの仲介業務など、地場の強みを生かした営業活動を展開しています。

「地元の会社なので各方面とのつながりもできていますし、北海道に特化している分、送客量も違います。北海道旅行を企画する旅行会社さんにとっても、うちを通した方がメリットは大きい。そこがうちの武器です」と工藤さん。
旅行手配のほかにも、観光地のプロモーション映像の制作や貸し切りバスの手配も行っています。なぜ、プロモーション映像制作も行うのか工藤さんに伺うと…
「プロモーション映像の制作は、ホテルや観光地を売り出す立場として、その魅力を伝えるところから手伝いたいという気持ちがあったからです。今は、ディレクションは社内で行い、業務委託のクリエイターさんに撮影を依頼しています」
一方で「事業の他に、社内をマネジメントすることが多い」と言う奥村さん。現在、ともたびの旅行事業部課長として、仕入れから総務・経理・人材育成など幅広い業務に携わっています。旅行業界は未経験だった奥村さんですが、初めての業界に戸惑いはなかったのでしょうか。
「旅行業は初めてですが、ベンチャー企業は、20代の頃に3社ほど経験していたので、その点では全く抵抗感はありませんでした。社団法人で人材教育を担当していたこともあり、人材育成については過去の経験が生かせています」
社内のメンバーは多国籍で、少人数ながら多様性に富んでいます。さまざまな国のスタッフが集まっているからこその面白さや驚きがあると、工藤さんは語ります。

「例えば、タイの方って匂い袋みたいなのをいつも持っていて、仕事中にときどき香りを嗅いでいるんです。日本ではあまりない文化ですよね。一度、タイに出張したとき、商談中に突然キャラクターの柄がついた袋を嗅ぎ始めたんですよ。何かと思ったら、匂い袋で。びっくりしましたが、そういう意外な一面を見れるのもすごく楽しいです」
お二人に、仕事の楽しさや、やりがいについて聞いてみました。
「会社を設立した当初は、以前の営業時代と同じように、一人で海外に行って飛び込みでセールスをしていました。今ではお取引先の旅行会社さんも増え、社員を雇えるまでになりました。そう考えると、人生って本当に何が起こるか分からなくて面白いですよね。大きな案件を受注できたり、意図せず新たなビジネスが形になったりすると、仕事の楽しさを実感します」と工藤さん。
奥村さんは、こう語ります。
「今いる多国籍のスタッフたちは、日本も北海道も初めてという人ばかり。みんな、北海道に憧れ、日本で働きたいという思いを持って来てくれています。自分の夢を叶えているのだから本当にすごいですよね。そんな彼らが、札幌で自分の力を発揮しながら働くにはどうしたらよいか、才能を伸ばすにはどんな環境を整えればよいのかを考えることが、今の私のやりがいにつながっています」

映像で魅力を発信し、北海道と海外をつなぐ存在に
社員のためにも、仕事できちんと成果を出さなければならないという責任を感じながらも、それがストレスにはなっていないと話す工藤さん。ただ、休まずに仕事をしてしまうところは改善したいと考えているそう。
「そんなつもりはなかったんですけど、社員にとっては僕が休まないことがプレッシャーになっていたみたいで。周りからも、もっと休んだらと言われています」
奥村さんも、工藤さんに休んでほしいとお願いした一人だそう。

「一生懸命頑張るという考え方が、ちょっと違う方向に行ってしまっているなと思ったんです。弊社は、基本的に工藤に対する憧れや、応援したいという思いを持って働いている人ばかりなんです。だからこそ、社長になっても、きちんと休みながら好きな仕事ができるという姿を見せてほしいとお願いしました」
今後は、旅行業に加えて念願の海外向けEC事業も展開していきたいと話す工藤さん。そこでもこだわるのは、北海道の魅力を伝えること。そのためのキーとなるのが、映像制作だと話します。
「例えば、旅行プランやECサイトの商品紹介を、写真ではなく映像で伝えたら面白いのではないかと考えています。旅行業も軌道に乗ってきましたし、映像制作に関してもある程度ベースが整ってきました。発信手段やターゲットもほぼ決まってきたので、あとは何を売るかです。人材の確保も含め、そこが次の課題ですね。将来的には、北海道と海外をつなぐパイプ役になれたらと思います」

奥村さんにも、今後の展望を語ってもらいました。
「今後は、もっと多くの方にともたびのことを知ってもらえるよう、ブランディングに力を入れていきたいと思っています。スタッフ一人ひとりが自分の魅力を発信し、社会から注目される存在になってほしい。そうすることで、自信がつき、もっと仕事の可能性もさらに広がると思います。これから入社してくださる方も含め、それぞれが持つ力を発揮し、将来的には新たなフィールドでも活躍できるような環境をつくっていくことが、私の目標です」
札幌のおすすめスポットを尋ねてみると、二人がそろって挙げたのは定山渓でした。温泉地として知られているエリアですが、実は登山や果物狩りなど、さまざまな楽しみ方があるといいます。
「札幌から1時間以内でアクセスできて、初級者から中級者まで登れる山がたくさんあります。ホテルのランクも豊富。四季の美しさも感じられますし、デートスポットとしてもおすすめです。ファミリーでも十分に楽しめると思います。旅行会社の視点から見ても、今後さらに注目されていくエリアだと感じています」
札幌でベンチャー企業を立ち上げたい若者へのアドバイスをお願いすると、「やりたいことは何でも挑戦してみること」と話してくれました。実際に行動してみて初めて、自分に合うかどうかが見えてくるといいます。その上で、工藤さんはこんなアドバイスもくれました。

「視野を広げるために、海外を旅してみるのもおすすめです。できればツアーではなく、自分でプランを立てて回ってみてほしいです。自分で考えて行動することで、自然と能動的に動けるようになると思います。日本と海外の働き方の違いを肌で感じ、自分も何かやってみたいと思えるかもしれません。お金はかかりますが、自己投資だと思ってチャレンジしてみてほしいですね」
工藤さんと奥村さん、それぞれのバラエティに富んだ経験や行動力が、ともたびの根底にしっかりと息づいていると感じました。多国籍なスタッフ一人ひとりが個性を発揮しながら、ともに北海道の魅力を発信していく。家族のように温かいつながりのあるチームの未来がとても楽しみです。これからも、北海道と世界をつなぐ存在として、活躍の場を広げていくことを期待しています。
