業務用の厨房機器がひと通りそろい、菓子製造許可と飲食店営業許可も取得している「タネキッチン」は、白石区にあるシェアキッチン。利用しているのは、いつか自分の店を持ちたいと考えている人や、ネット販売・イベント出店用に商品を作りたい人たち。ここで直接販売することもでき、日替わりでお弁当やお惣菜、パン、お菓子が並ぶこともあります。
2021年にタネキッチンを立ち上げ、運営を行っているのが合同会社my企画の代表を務める小西麻衣さんです。本業は中小企業診断士で、創業支援や中小企業の経営支援を行っています。そんな小西さんがタネキッチンを始めようと考えたきっかけなどを伺いました。
東南アジアについて学び、機械メーカーへ就職。安定していたものの…
今回、小西さんにお話を伺ったのは、「タネキッチン」の2号店として、2022年4月からスタートしたシェアレストラン(飲食店)の「タネキッチン.eat」。地下鉄南郷13丁目1番出口からすぐのビルの2階にあり、日替わりでカレーの店やランチの店、おでん屋などがお店をオープンしています。
さて、中小企業診断士の小西さんがタネキッチンをはじめるまでを伺っていきましょう。

小西さんは東京出身。「東京と言っても23区ではなく、郊外の自然豊かなところです」と笑います。実家は木型を作る町工場で、職人である父の背中を見て育ちます。
東京外国語大学に進学し、タイ語を専攻。小柄で華奢な姿からは想像できませんが、バックパックを背負ってひとりで海外を旅するアクティブな女子大生だったそう。大学卒業後は都内にある機械メーカーへ。東南アジアについて学んだ経歴を生かし、タイなどで部品調達を担当します。
「すごく安定しているいい会社でした。5年後、10年後の自分のポジションがはっきり分かるくらい、安定している会社だったんです。それを良しとして働く人ももちろんいると思いますが、自営業の親を見てきたせいか、自分の10年、20年後を考えたとき、ふとこのままでいいのかなと思ったんです」

元々一生働くつもりだったという小西さんは、働くこと、仕事についてあらためて考えます。
「父は職人で、姉は保育士。父は自分の腕で仕事をしていたし、姉はその資格を生かしてシンガポールの幼稚園で働いていました。でも、当時の私は特に資格もなかったので、何か資格を持っていたほうがいいのではないか?と考えるようになりました」
中小企業診断士の資格取得後、コンサル会社に転職。結婚、出産で働き方も変化
そのころ、経営企画の部署に異動し、財務や広報・IRなどを担当していた小西さんは、初めて「中小企業診断士」という国家資格があると知ります。
企業の経営に関わる知識を身に着けることができるので、仕事でも役立つかもしれないと資格を取得するため、仕事終わりに学校へ通って勉強に励みます。そして、2005年に無事中小企業診断士の資格を取得。

「頑張って資格は取りましたが、それを生かすためには自分の経験値を上げなければならないと気付きました。それならば、まずは経験を積もうと思って、中小企業の経営コンサルをしている会社に転職することにしました」
転職してバリバリ働きはじめた小西さん。その3年後に結婚し、2010年には第一子の男の子を出産します。
「そのコンサル会社は夜の11時から会議が始まるのは当たり前という会社で、なかなかブラックでして…(笑)。出産ギリギリまで出張に行くなど、ハードに仕事をしていたのですが、出産後はこれまでと同じように仕事をするのは難しいと思いました。自宅で仕事ができるよう部署異動もしたのですが、結局退職し、その会社から仕事を発注してもらう形で独立しました」


夫の転勤に伴い、札幌へ。中小企業支援センターの女性起業家のための相談員に
第二子の女の子が誕生した2012年、札幌へ夫の転勤が決まります。夫が務める会社は本社が札幌だったため、「いつかは札幌に移るのだろうなとは思っていましたが、2歳児と0歳児を抱えての引っ越しでバタバタでしたね」と振り返ります。
知り合いがいない札幌での暮らしがスタートしますが、「子育てで孤独を感じることはなかったんですよね」と話します。旧ツイッターの利用者が増え始めていた時期で、同じ年の同じ季節に産まれた子どもを抱える全国のママたちがツイッター上でコミュニティーを展開。小西さんもそれに参加しており、そこで繋がっていた札幌在住のママたちと引っ越しを機にリアルで繋がることができたそう。

「冬はベビーカーではなく、そりに乗せて買い物に行くとか(笑)、札幌の子育て事情をたくさん教えてもらいました。頼れる仲間のおかげで随分と助かりました」
札幌に来てから地元の中小企業診断士の協会に顔を出してはいましたが、仕事自体は東京の会社から頼まれる簡単な仕事を家でこなす程度だったという小西さん。
転機が訪れたのは、2014年の春でした。札幌市が札幌中小企業支援センターに、女性の中小企業診断士による女性起業家のための相談窓口を設けることになり、そこの相談員として小西さんが抜擢されたのです。

窓口には、起業したいという女性たち、すでに起業しているという女性たちが、いろいろな悩みを抱えながら訪れます。彼女たちの話に耳を傾ける中で、小西さんは何か女性たちの役に立つような事業ができないだろうかと考え始めます。
「もともと、いつか何かしらの事業を自分でもやりたいと考えてはいました。中小企業診断士としていろいろな会社のコンサルに入ってアドバイスはするけれど、実際に自分は手を動かさないので、虚業だなと思う部分があったんです。それで、自分自身も事業を興して、経営を経験したほうがいいなと思っていました」
女性たちの役立つ事業を。コロナ感染拡大の中、閃いたのがシェアキッチン
どんな事業がいいかを模索していた小西さん。相談窓口にやってくる女性たちの話を聞いて、シェアアパート事業を行おうと考えます。
「子どもがいてもやりたいことを100%叶えて仕事をしている女性の多くは、夫がホワイト企業に勤めているケースがほとんど。能力があるのに、シングルだったり、夫の協力が得られなかったりという理由で、キャリアを諦めなければならない人が多く、それならばそういう女性同士が助け合える共同アパートがあったらいいのではと思ったんです」
融資を受けるつもりだった小西さんは、合同会社my企画を立ち上げます。アパートの物件も決まりかけていましたが、借りるはずの建物が違法物件だったことが判明し、一旦白紙に。



「会社を作ってしまったので、会社を動かさなければと思っていたところに、コロナの感染拡大が始まりました。飲食業の方たちが店を閉める話を頻繁に耳にするようになり、その一方でネットでの食品販売の業績が急速に伸びていました」
そこでピンときたのが、シェアキッチンでした。小西さんは、「食」で起業したい女性たちから相談を受けるものの、設備などの初期投資、家賃とさまざまな費用がネックとなり、起業にいたらないケースをたくさん見てきました。
さらに起業できても、収支を合わせるために長時間労働になる傾向があり、特に家事、育児、介護と1人で何役もこなす女性にとっては厳しいという現実も知っていました。

「閉める飲食店を居抜きで借りて、そこでお菓子などを製造できるシェアキッチンを作れば、起業したいと考えている女性たちのサポートができるのではと思いました」
居抜き物件を探しはじめますが、なかなか条件に合うものが見つからず、そんな中、本通16丁目の物件を不動産屋から紹介されます。
「事務所仕様だったのですが、中古の厨房機器を入れたらいくらかかるか計算してみたんです。そうしたら、案外いけるかもしれないとなり、私が菓子製造許可と飲食店営業許可も取得し、2021年にタネキッチンをスタートさせました」
それぞれのやりたいことを形にできる場所に。「タネキッチン」の役割
製造だけでなく、その場で販売も可能にしたところ、向かいのマンションに住む人たちをはじめ、近所の人たちが興味を持って店を訪れるようになります。
日替わりでいろいろな店のお弁当やお菓子、パンなどが並ぶため、それを楽しみに毎日のように通ってくれる人も増えていきました。



「お客さんがこんなに来てくれるというのはうれしい誤算でした。まったく想定していなかったのですが、店が少ない住宅街に作ったことで、逆に近くにお住まいの方たちにはとても喜ばれています。また、お客さんと直接やり取りできるのは、製造側にとってもやりがいに繋がってプラス効果に」
翌年には、シェアレストラン(飲食店)の「タネキッチン.eat」もオープン。店の中は白が基調で、特に看板も装飾もありませんが、「店ごとに皆さんが小物などを持ってきて飾れるように、あえてシンプルにしているんです」とのこと。
たとえば、おでん屋さんの日は、店の入り口に店名の入ったのれんがさげられ、カウンターにはお酒の瓶がずらりと並ぶそう。

スタートから4年経ち、タネキッチンの卒業生もそれぞれ活躍中。タネキッチンで基礎固めをしたのち、独立して自分の店舗を持った人たちもいます。プロである小西さんが資金のことや物件のことなど相談に乗ってくれるので、起業を考えている人にとっては心強い味方がそばにいるのもタネキッチンならではの利点です。
その一方で、独立は一切考えず、タネキッチンを拠点に自分のペースで製造販売を続けている人もいるそう。
「自分で店を持つ予定はないけれど、副業や趣味で作ったものをたくさんの方に食べて、喜んでもらうことが楽しいという方もいらっしゃいます。それぞれのペースで夢ややりたいことを実現できる場所であればいいと思っています。私自身、タネキッチンをはじめてから、楽しむことは商売の原点だなと感じています」

創業支援、空き家対策、地域活性化。一石三鳥の「タネキッチン」を増やしたい
実は5月ごろに、3つ目のタネキッチンが手稲区のほしみ地区にオープンする予定なのだそう。建物を所有するオーナーさんから、1階にあったラーメン屋が閉店し、そこを活用できないかと相談されたのがきっかけでした。
「当初、ご近所さんが集まれるコミュニティカフェにしたいという相談をいただいたのですが、経営的にカフェだけで回すのは厳しいと感じました。でも、タネキッチンのように菓子製造と販売を日替わりで行えば、いろいろな年代の人が出入りし、人の流れもできるし、そこにカフェもあれば、地域の交流の場として続けていけるのではと考え、菓子製造とカフェの組み合わせを提案しました」
小西さんは、タネキッチンが地域を活気づけるきっかけになるのではと考えていると話します。


「このスキームが完成したら、いろいろなエリアで展開してみたいと思っています。最近はタネキッチンを利用される方の中に、定年退職された方や学生さんもいます。女性はもちろん、皆さんのやりたいことや創業支援ができる場として育ってきている手ごたえはあります。そして、タネキッチンが、創業支援のほか、空き家対策、地域活性にもつながり、一石三鳥くらいになったらいいなと思います」
たくさんの夢のタネがここに集まり、芽を出し、「食」をきっかけとしたコミュニケーションで地域を賑やかにしていく。町のあちこちにタネキッチンが増える日もそう遠くはないかもしれません。
日替わりの出店情報などは公式のインスタでチェックを。
