木がふんだんに使われている空間は、温かみがあり、ホッとします。それは森が近くに感じられるからなのでしょうか。自然豊かな場所を訪れると癒やされると感じることが多いように、木にもそんな力があるような気がします。また、この数年、「木育」という言葉もよく耳にします。今回は、木育マイスターの資格を持つ北川真紀子さんが主人公。木育の知識を仕事でも存分に発揮し、空間デザインなどを手がける北川さんに、ご自身が手がけた空間デザインを紹介してもらいながら、木や仕事に対する想いを伺いました。
オフィスをはじめ、学校、病院、公共施設などの空間をデザイン
北川さんが勤務するのは、内田洋行グループのパワープレイス株式会社札幌オフィス。サッポロファクトリー1条館1階にあり、オフィスの手前には内田洋行グループの「札幌ユビキタス協創広場U-cala」があります。産官学連携の場として活用している広場なのだそう。
「こちらへどうぞ」と北川さんが案内してくれたスペースは、木がふんだんに使われており、一気に緊張がほぐれていきます。
現在、空間をデザイン、レイアウトするデザイナーとして活躍中の北川さん。デザイナーになって25年近くになりますが、これまで手掛けてきたのは、オフィスをはじめ、幼稚園や大学、病院、福祉施設、公共施設など多彩です。
「もともとデザイナーだったわけではないんです」と北川さん。短大を卒業後、内田洋行に内勤の事務職で入社しました。間近で、お客さまとやり取りしながらデザインをしていくオフィスデザインの仕事を見て、自分もやってみたいと思うようになったそう。デザインに挑戦したいと会社に言い続けたところ、熱意が伝わり、6年後、晴れてオフィスデザイン部への異動が叶います。
「これまでデザインの勉強はしたことがなかったので、AutoCADの習得からはじめて、周りにもサポートしてもらいながら、デザインや設計の勉強をしました」
初めて手掛けたのは、小さなオフィスの設計。その後、さまざまな空間のレイアウトを任されるようになります。
「振り返ってみると、あらゆるジャンルのデザイン、レイアウトをとにかく必死でやってきたという感じです。資材の性能、建築技術などは日々進化しているので、今も常に勉強だと思っています」
空間のレイアウトやデザインは、あらゆることに配慮しながら考えていかなければなりません。まずは、クライアントが望んでいることは何かを丁寧なヒヤリングで引き出し、どんな人がどんな状況で利用するのか、それに合わせて動線、色、家具の配置などを細かく決め、壁や床、家具の素材選びも行い、クライアントにとって最適なプランを提案します。
「福祉系のレイアウトを任されたとき、福祉施設のことを知るために福祉住環境コーディネーターの資格も取得しました。この分野のデザインやレイアウトは社内でも担当できる人が少ないので、今は北海道以外からも仕事を請けています」
道産の木について学びたいと木育マイスターの資格を取得
勉強熱心な北川さん。木にも興味を持つと、北海道の木について学ぶため、木育マイスターに申し込み、7年前に資格を取得します。「木育」とは、木と触れ合い、木に学び、木と生きる取り組みで、それを普及する人材が木育マイスターです。
木に興味を持ったきっかけを尋ねると、「17年ほど前に内田洋行のショールームで国産木材を活用した空間づくりを行っていたことが最初のきっかけですね」と振り返ります。内田洋行グループでは、二酸化炭素の固定化や木材活用への取り組みの先駆けとして、2004年から学校や企業、自治体に対して木製家具の販売を積極的に行っていました。地域産材を積極的に活用するため、自治体や地域の事業者と連携を取り、木材の伐採、利用、植林、育成の循環の強化にも取り組んでいます。
木育マイスターの学びを通じて、道産の木の知識を身につけた北川さん。クライアントにも道産材を使ったデザインを提案しやすくなったとそうですが、それ以上にマイスターを通じた繋がりがたくさんできたことも北川さんには大きかったそう。
「木育マイスターには、林業に従事している人、教師、木工作家、アウトドアガイド、保育士など、さまざまな人がいます。マイスターになって、これまでは繋がることがなかった方たちと繋がりができたのがとても嬉しいです」
マイスターの間では、森で仕事をしている人を『緑の人』、製材したものを生かす人を『茶色の人』と呼んでいるそう。みんなの共通点は木。「マイスター仲間のネットワークを生かして、今はそれを仕事にも生かしています」と北川さん。道内企業のクライアントには、できるだけ北海道の木を使いませんかと提案しているそう。「オフィスに道産材を取り入れることは、大人の木育に繋がると思っているので」と話します。
オフィスビルの中の保育園も道南杉を用いてほっこりする空間に
実際、会社としても木を使った空間作りを提案していこうという流れがあり、クライアント側からも木を使ってほしいというニーズが増えているそう。北川さんは、木育マイスターとしての知識をフルに生かし、道産木材を用いたより良い空間デザインを提案しています。
たとえば、北川さんが手がけたオフィスビルの中にある保育園「ベルキッズさっぽろ」。「もうひとつのおうち」というデザインテーマで造られた空間には、道産杉を使った家の形をしたパネル、オリジナルの木のおもちゃなどがあり、見ているだけでほっこりします。
「この保育園の空間は、つながりのある木育マイスターたちの協力を得て、造り上げました。ここで使っている道南杉は、林業を営んでいるマイスター仲間のところの木材なんですよ」
札幌の風土をイメージした70色ある札幌の景観色の中から、何色か色を選び、随所に使用。道産材の持つ温かさとマッチしています。
丁寧な仕事ぶりが認められ、フロアのデザインをすべて任された新オフィス
さて、もう一つ、北川さんが空間デザインを手がけたもので、思い入れが深いという西区にあるオフィスを実際に見学させてもらいました。
そのオフィスは、北海道の農業を支える穀物プラントの設計や施工を行っている「北斗工機」の新社屋。2023年3月に完成しました。エントランスは、札幌軟石を用いた温かみのある雰囲気。取材班を出迎えてくれた同社技術部部長の伊田清作さんは、ロビーの正面に掲げられているシンボルアートのイラストを指さし、「会社の事業内容が一目で分かる線画のイラストを提案してくれたのは北川さんなんですよ」と教えてくれました。
早速、2階へ案内してもらうことに。木をふんだんに用いた落ち着いた雰囲気で、大きなサイズのデスクが配置されていますが、遮るものがないのでフロア全体がゆったり広く見えます。「HINNA CAFÉ」と名付けられたカフェスペースが設けられており、社員の方たちはここで休憩したり、パソコンを持ち込んで仕事をしたりできるそう。そして、目に飛び込んできたのは、フロアの端のフリースペースにある大きなテント。そこだけまるでキャンプ場のようです。「これは社長の趣味でして(笑)。テントの中で社長が社員にコーヒーを淹れてくれることもあります」と伊田さん。
テントを張った張本人、社長の須藤聡さんは、「2階の家具、レイアウトは全部北川さんにお願いしました」と話します。最初は事務所に置くオフィス家具だけを北川さんに依頼する予定でしたが、丁寧に話を聞き取り、イメージしていたもの以上の提案をしてくれる北川さんに、社長をはじめ、担当社員の皆さんはすぐに信頼を置くように。須藤社長の唯一の希望は、「現場に出ている社員が多いので、事務所にいるときはリラックスできる空間がほしい、白い壁や天井の事務所はいらない、むしろスタバのような雰囲気に」というものでした。その想いをくみ取った北川さんは、「新社屋を建てるのだから、後悔はしてほしくないと思って、家具以外のレイアウトもそっと提案させていただきました」と話します。道産材を使うという提案にも、「うちは純粋などさんこ企業だから、道産材の使用は大賛成でした」と須藤社長。
北川さんと一番やり取りをしていた技術部の上村希美子さんは、「北川さんは控えめな方ですが、打ち合わせを重ねるごとの提案が素晴らしかったんです。それなら、家具だけでなく、床や壁、天井も含めて空間デザインをお願いすることに。相談しながら一緒に作り上げていく時間は楽しかったです。今は逆に寂しい(笑)」と振り返ります。完成までの約1年半の間には、社長や伊田さん、上村さん、技術部の副部長・稲葉喜信さんらで一緒に内田洋行本社のショールームに行き、家具や照明を選んだそう。また、木の棚板に、HOKKAIDO WOODのロゴの焼き印をみんなで一緒に押したこともいい思い出と言います。
新しい社屋になって、社員の皆さんに何か変化があったかを尋ねると、「朝早く来る社員が増えたんですよ」と上村さん。社員間の会話も増え、カフェスペースがあることで、みんな息抜きができ、気持ちの切り替えもしやすくなったようだとも話します。空間デザインが、いかにそこに集う人に影響を与えるものであるか、重要であるかが分かるエピソードです。
「北斗工機の皆さんには本当によくしていただき、私もとても楽しく仕事をさせてもらいました」と北川さん。また、今後も社内のレイアウトなどに携わってもらいたいと皆さんが口を揃えて言うほど、北川さんが信頼されているのが分かりました。
道産材を使った空間デザインをもっと提案していきたい
「仕事における喜びは、完成したものを見たお客さまからの『ありがとう』かな」と北川さん。また、コンペでたくさんのデザインの中から選んでもらえたりしたときもうれしいと話します。
休みの日には、趣味のフラダンスのレッスンや、おいしいものを食べに出かけているという北川さん。夏場は野菜の直売所へ行って、珍しい野菜を見つけて料理するのが楽しみなのだそう。そして、年に数回は、木育関連で植樹に出かけるなど、森づくりの活動にも参加し、木育マイスターとしての活動も行っています。
最後にこれからのことを尋ねると、「コロナ禍前は、『札幌ユビキタス協創広場U-cala』で木育広場などの企画も担当していました。コロナも落ち着いてきたので、そうしたイベントや活動もできればと考えています。それから、木のある空間は心が落ち着くし、居心地がいいと思うんです。今後も木育マイスターの仲間と連携しながら、私自身もさらに学びを深め、もっと道産材を使った空間デザインを提案していけたらと思っています」と語ってくれました。