北海道新幹線の延伸などを契機に、ビルの建設や建て替えなどが札幌市中心部で進められています。注目したいのはオフィスフロア用の面積が格段に増えること。これまでの札幌のオフィスビルは1972年の世界的なスポーツ祭典が行われた時代に建てられたものが多く、建物の老朽化やフロア面積が狭いこともあり、広さを求める本州からの企業が札幌進出に二の足を踏む要因となっていました。
とはいえ、首都圏に比べての家賃の安さや人材の豊富さ、さらに脱炭素の先行地域として再生可能エネルギーを積極的に利用するなど、札幌市は道内外の企業にとって常に注目度が高い地域となっています。しかしながら、現在進んでいる再開発で多くの新しいオフィスフロアが札幌に供給されることは、残念ながら道外の企業にはあまり知られてきませんでした。
そこで、札幌市は市制100周年に当たる2022年度から、官民が連携して首都圏を中心とした企業誘致活動を行う「大札新(ダイサッシン)」プロジェクトを始めました。再開発で増えるオフィスに首都圏の企業を呼び込み、新たに整備される商業施設やマンションと一体的に札幌中心部の魅力をさらに高めていくという戦略ビジョンです。これまでもIT関連企業やコールセンターなど、多くの企業誘致に成功してきた札幌市は、今回の大札新でどのような活動を行っているのでしょうか。札幌市役所の経済観光局を訪ねました。(取材日:2023年4月12日)
半世紀ぶりの大規模再開発で札幌のオフィス用フロアが大幅に増加
インタビューに応じていただいたのは、産業立地・戦略推進課長の納 真悟(おさめ・しんご)さん(取材当時・現在は他部署に異動されています)と、同課 立地促進係長の北舘 絢子(きただて・あやこ)さんです。「札幌が、大きく、新しく、変わる。」というキャッチコピーが書かれた「大札新(ダイサッシン)」のロゴマークを見ながら、納課長が説明してくれました。
「札幌市は1970年代に道路や地下鉄などのインフラが整備され、ビル建設に代表される大規模開発が行われたことで急成長を遂げました。半世紀後のいま、北海道新幹線の札幌延伸などに合わせて、札幌中心部ではビルの建て替えや再開発による新しいビルが次々と計画されています。商業施設やマンション向けも多いのですが、オフィス用フロアも格段に拡大する予定です。2020~2030年の10年間で面積にすれば札幌ドーム約5.5個分、約300,000平方メートルの新たなオフィス床が供給される予定なので、札幌の経済が大きく発展するチャンスなんですよ」
首都圏ではBCP(事業継続計画)などの観点やリモートワークの導入から、地方への機能移転や新たなオフィスの展開を検討する企業が少なくありません。しかし、札幌で行われる大規模再開発については特に道外ではまだ広く知られていなかったため、首都圏の企業を主な対象としてPRを行うプロジェクト「大札新(ダイサッシン)」を2022度から展開しているそうです。初年度はJR品川駅のデジタルサイネージや首都圏の新聞、新幹線の車内誌に広告を掲載して認知度アップに努めたほか、札幌に進出した大手企業の経営者が語るビジネスセミナーを開催し、経営者目線で札幌の経済情勢や企業立地としてのメリットをお話ししていただき、多くの参加者から好感触を得ました。
また、札幌の企業には、大札新のPRに協力してもらう「大札新パートナーズ」への参加を呼び掛け、2023年10月時点では50近くの会社が参加。名だたる大手企業も名前を連ねています。
人口250万、札幌圏が持つ豊富な人材が最大の強みに
進出を目指す事業者にとって、札幌の持つアドバンテージとは何でしょうか。
企業の問い合わせからフォローアップまで「コンシェルジュ」的な役割を担う、北舘さんが答えてくれました。
「札幌市では誘致に関する各種補助金を用意しており、よくお問い合わせをいただくのですが、話をお聞きしていると、実際に多くの企業さんがいちばん懸念しているのは、人材の確保ができるかどうかといった問題です。その点、札幌市の人口は197万で、近隣の地域を入れた札幌圏としては250万という数になります。必要とする人材を確保する上で、ほかの主要都市よりも求人倍率が低く採用がしやすいことは札幌にとって最大の強みになっています。さらに、北海道は大学や専門学校といった高等教育機関の数が多く、他都市に比べて若い世代や女性が多いこともメリットです」
首都圏から企業が誘致されることで、札幌の人たちにも良い効果が見込まれます。特にこれまでは、北海道で生まれ育った若者たちが、地元志向が強く現地での就職を希望しながらも、待遇面や職種で折り合わず、結果的には道外企業に流れてしまうといった傾向がありました。また、一度道外に就職しても、札幌にUターンを希望する人たちも少なくありません。そんな人たちにとっても、今回の「大札新」で仕事の選択肢が広がることで、札幌での就職が増えてくるのではと北舘さんは期待を寄せています。北舘さんも札幌生まれの札幌育ち。地元でずっと暮らしたいと思ったのが、札幌市役所に就職した理由のひとつだそうです。
未来を見据えてIT産業を根付かせてきた札幌市
札幌にITやシステム系、ゲーム系の人材が集まっていることも、札幌進出を目指す企業にとってメリットになっています。2022年にはゲーム大手の(株)セガが札幌スタジオ、IT大手の(株)サイバーエージェントが札幌クリエイトセンターを設立しました。札幌に進出した企業はIT・コンテンツ系の企業が多数を占めているそうです。これには、札幌がIT先進地となる素地をつくり上げてきた背景があると納課長は語ります。
「昭和時代、日本で産業のメインといえば製造業、それも重化学工業が盛んでした。札幌ではそれが少なかったのですが、北海道大学からIT関連のベンチャーが多く誕生したことをきっかけに、札幌市では1986年に情報通信産業の集積を図る『札幌テクノパーク』を造成したのです。『パソコン』ではなく『マイコン』といわれていた時代のことですよ。その結果、札幌は全国でも先駆的なIT関連やコンテンツ企業の集積地として発展してきました」
かつて存在したゲーム大手の㈱ハドソンが開発したゲームソフト「桃太郎電鉄」、クリプトン・フューチャー・メディア㈱の「初音ミク」も札幌発の有名コンテンツ。こうした実績も、新たに進出を希望する企業の信頼度を高めているといいます。
また、市内に数多くあるコールセンターも、バブル後の景気が低迷していた時期に、新しい雇用をつくろうと札幌市が全国に先駆けて誘致を進めてきたものです。採用の対象となる若年層や女性の比率が高い人口動態と、地域特有の訛(なま)りが少ないことから、現在では5万近くの人がこの業界で働いています。2022年には大手の㈱ベルシステム24が札幌に第二本社を設立しました。このように、札幌市が行ってきた企業誘致戦略の結果、現在の札幌経済の大きな柱であるIT関連やコールセンターの業種が成長してきました。札幌市ではこのようなIT、コンテンツ、バイオやBPOセンターなどに特化した補助金も用意されているそうです。
ハード面、ソフト面のサポートで大手保険会社を誘致
2011年の東日本大震災後には、数々の企業が東京一極集中のリスク分散対策として札幌に新たに進出していました。2014年にはグローバル企業のアクサ生命保険(株)が札幌市に第二本社を、そして2016年にはアフラック生命保険(株)が札幌システム開発オフィスを設立しています。納課長は次のように説明します。
「東日本大震災以降、企業でBCP(事業継続計画)が重視されるようになり、災害が起こってもリスクを分散して事業が続けられるように、拠点を分けることを考えるようになりました。例えば、保険会社ですと震災の被害でみんなが困った時、速やかにお金を出すことが仕事になりますよね。そのためにも、アクサ生命さんやアフラック生命さんは、より一層危機感を持って早く動かれたのだと思います」
複数の候補地から札幌が選ばれた理由については、こう話します。
「札幌は、自然災害が比較的少ないことが大きいですね。また、札幌から東京間は、飛行機を使えば片道2時間台ですが、物理的な距離は800kmほどもあるため、大地震などの災害が起きても同時にダメージを受ける可能性が少なくて済みます。都市基盤がしっかりとしていること、人材が豊富であることにも高い評価をいただいています」
「札幌市は、都会と豊かな自然が程良く共存したまちで、2023年のある調査では全国の魅力度ナンバーワンに選ばれているほどです。通勤時間が短く、食べ物がおいしくて、自然も豊かですし、住んでいる人たちの満足度も高いんですよね。それでも、本州から転勤する社員の方のなかには、北国である札幌での暮らしに不安があることを聞きました。そこで、誘致のチームメンバーで札幌の生活情報が詰まったメルマガを作って、社員やご家族の方に向けて配信したんです。北海道の楽しみ、子育てについてなど、職員の経験談を盛り込みました」
こうしたソフト面での配慮に、アクサ生命からは感謝の言葉をいただいたそうです。
アクサグループは現在、市内の中島公園エリアに、札幌本社とラグジュアリーホテル、商業施設が入った高機能ビルを建築中とのこと。札幌を気に入っていただけて良かったと、笑顔を見せるお二人です。
ビジネス都市としての札幌を売り込みに、今日も奔走!
軽妙な語り口で時折笑いを交えて場を和ませる納課長、そして朗らかな笑顔の北舘さんと終始和やかに進んだ取材でした。納課長はこれまで企画系の業務を担当することが多く、2014年の札幌国際芸術祭では故・坂本龍一さんの担当もしていたそうです(詳しい話はシークレットということで…)。そんな納課長には、学ぶところがとても多いと北舘さんは話してくれました。
生まれも育ちも札幌で、このまちが大好きという北舘さん。北海道大学を卒業後、札幌に住み続けながら地元に貢献したいと札幌市役所に就職しました。2022度までは別の部署に勤務していて、経済観光局には6年ぶりに戻ってきたばかり。
現在の業務では、納課長のようなコミュニケーション能力が不可欠だと語ります。
「例えば、企業誘致の相談ブースに来られた方には、いきなり本題に入るのではなく、相手が話しやすいように『札幌に行ったことがあるかどうか』といった、軽い話題から広げていくことを大切にしています。納課長のトーク力やコミュニケーション力は素晴らしくて、私もスキルをもっと磨きたいと思っています!」
IT企業からの要望で紹介した専門学校の視察に同行したり、コールセンターの要望にこたえて地元求人メディアや人材紹介会社を案内したりと、札幌進出を検討する企業のコンシェルジュ役を常に笑顔で務める北舘さん。観光でもグルメでも札幌は知られているけれど、ビジネスでも有名な札幌にしたい!と意気込んでいます。「業種によっては札幌市だけでなく近隣の地域をおすすめすることもあります。周辺の市町村に立地した場合でも、札幌市から補助金を出す制度があるんですよ」とPRも欠かしません。
千歳市の先端半導体工場「ラピダス」、北広島市の球場を核に多角的なコミュニティを形成する「北海道ボールパークFビレッジ」、石狩市の再生可能エネルギーによるデータセンターなど、札幌圏の開発事業が連日ニュースをにぎわせています。札幌中心部にはマンションと商業施設を備えた複合ビル「モユクサッポロ」が完成し、ペンギンにあえる屋内水族館「AOAO(アオアオ)SAPPORO」は、早くも新しい札幌の観光名所になりました。
新しい企業、そして多くの人が集まることで、札幌のまちの魅力がより増えていく。「生まれ育った札幌が好き」という北舘さんのような人たちも、働きたいと想う会社の選択肢が地元に増えることで、北海道に、札幌に残りたいと考えてくれるはず。これからの大札新、そして札幌が、ますます楽しみになりそうです。