ヘアドネーションという言葉を知っていますか? 聞いたことがあるという方も多いかもしれません。ドネーションは寄付という意味で、直訳すると「髪の毛の寄付」。これは、小児がんや無毛症、脱毛症といった病気や事故などで髪を失った子どもたちへ、寄付された髪の毛でウィッグを作り、無償で提供する活動を指します。
その活動を北海道で推進している団体が「北海道ヘアドネーション協会」。今回の主人公は同協会の代表理事であり、トータルケアサロン「北海道アピドネーション ANEHA」のオーナーを務める藤谷麻未(ふじやあさみ)さんです。
ウィッグ、ネイル、カフェ、八百屋。この夏オープンの「縁MUSUBI」
今回取材に伺ったのは、今年の夏に札幌市北区にオープンした藤谷さんの新店舗「縁MUSUBI」(えんむすび)。札幌市西区発寒にある「北海道アピドネーション ANEHA」の姉妹店となります。北税務署のすぐ向かい側にあり、入り口ののれんには「美爪処」「美容処」のほか、「寄合処」「甘味処」という文字も見え、発寒のサロンとはまた違った雰囲気です。
白が基調の店舗に入ると、ちょっとしたカフェスペースがあり、棚には体に良さそうな加工品やオシャレな雑貨などが並んでいます。
店舗の手前半分には、仁木町に自社農園も持っているという八百屋の「ふぁーむらんどShinwa」が入っていて、新鮮な野菜や果物が並んでいました。
ウィッグやネイルのサロンと思って訪れたので、ちょっと意外な感じがしますが、サロンはすべて個室になっていて、カフェスペースや八百屋さんの奥にそれぞれ部屋が設けられています。こうした造りにも実は訳があるのですが、その理由をお伝えする前に、まずは藤谷さんのことを紹介したいと思います。
汎発性脱毛症が原因で、小学生のときからウィッグ生活
取材班を出迎えてくれた藤谷さん。ご自身もウィッグを使用されていますが、パッと見た感じではウィッグをしているとはまったく気が付きません。
藤谷さんは北海道の道北エリアにある美深町出身。小学生のとき、半年ほどで体の毛がすべて抜けてしまい、汎発性脱毛症と診断されます。それ以来、ウィッグ生活を送ってきました。病気が原因で、小学校、中学校のときにからかわれたこともあり、転校をした経験も話してくださいました。
「時が解決する…じゃないけれど、つらかったことも時間の経過とともに何とか乗り越えられたという感じです。あとは、親の支え、家族の支えがあったというのも大きかったですね」
高校卒業後、北海道医療大学の看護福祉学部に進学。卒業後はソーシャルワーカーとして札幌医科大学附属病院に勤務します。
「少しずつ乗り越えてきたとは言っても、やはり生きづらさというのはその都度ありました。友達にも病気のことを言えなくて、泊りを伴う学校行事に参加できないとか…。職場の人にも、髪型のことを注意されるまでは言えなかったですね」
ウィッグの場合、髪を引っ詰めるようにきつく縛ると生え際に違和感があるため、こめかみ部分から髪を垂らしていた藤谷さんは、上司から医療現場なのでしっかり縛るようにと注意をされたそう。そのとき、初めて自分の病気のことを伝えたと言います。
治療費以外にも外見ケアはお金がかかる…。ウィッグは驚くほど高額
そうした経験をしてきた藤谷さんがヘアドネーションの活動をしようと思い始めたのは、ウィッグがとても高価なものであると分かってからでした。
「子どものころは、親がウィッグを用意してくれていたので金額について気にしたことはなかったのですが、就職して自分でウィッグのお金を払うようになって初めてその金額に驚きました。心配かけないように何も言わないでいてくれた親には本当に感謝しています」
ウィッグは消耗品なので、利用者の大半が1年に3台ほど購入するそう。人毛のウィッグの場合、年間でおおよそ100万円以上はかかると言います。
「この金額を、大学を出たばかりの自分が払っていくのは大変で、しかもウィッグは手入れも大事だから、ここでまたお金がかかるんです。ウィッグのお金のために日々の暮らしに制限をかけることも、病気が原因の外見ケアにこんなにお金がかかるのもおかしいと思うように…。ウィッグが必要なお子さんがいるご家庭の場合、親御さんたちがすごく大変な思いをしていると思いました」
同じように悩む人やその家族を助けたい。「北海道ヘアドネーション協会」を設立
ウィッグにかかる費用のことも含め、自分と同じようにウィッグをしていることで生きづらさを感じている人、悩んでいる人の支援をしたいとしたいと思うようになり、2019年にヘアドネーションの活動をスタートさせ、「北海道ヘアドネーション協会」を立ち上げます。
「ドネーションをするにも、まずは髪の毛がなければウィッグが作れないので、市内の美容室を回り、『髪の毛をください』って営業をしました。『助けたい』という気持ちだけで動いていましたね」
小学生2人のママでもある藤谷さん、夫や子供たちの理解、支えもあり、走り抜けてきました。今は札幌を中心に道内約60店舗のサロンが賛同、道外のサロンも4店舗賛同してくれていると言います。
「小児がん、脱毛症、縮毛症など、ウィッグを必要としている子どもたちは、まだまだたくさんいるので、もっとその輪を広げていきたいと考えています」
ドネーションをしたいという方は、髪の長さが15センチ以上あれば可能とのこと。30センチ以上あれば尚良し。カラーをしていても、パーマをかけていても良く、年齢も性別も問わないそうです。賛同サロン(協会のホームページ参照)でドネーションしたいと伝えると、ウィッグに使用できるようにカットしてくれます。
恥ずかしいことではない! 外見ケア(アピアランスケア)をもっと知ってほしい
ウィッグとネイルの外見ケアのサロン「北海道アピドネーション ANEHA」では、当事者でもある藤谷さんが考えたウィッグを販売。高品質にもかかわらず、価格をかなり抑えて提供しています。
「ガンの方など治療費にもお金がかかるのに、さらに外見ケアにもお金がかかるなると、それはもう大変なことになってしまうので、サロンで販売するものも品質の良いものを低価格で提供するようにしています」
当事者がやっているウィッグサロンというのが珍しいこともあり、噂を聞きつけたウィッグ利用の方たちが多く訪れています。
お客さまはそれぞれ環境やバックグラウンドも異なるので、まずは一人ひとりに対して丁寧にカウンセリングをし、話に耳を傾け、ウィッグを提案。スタッフの中には看護師の資格を有するスタッフもいて、病気に対する知識も持ち合わせています。スタッフでもあり、北海道ヘアドネーション協会の事務局長も務める伊東夕子さんも看護師の資格を持つ一人。「娘がヘアドネーションをすると言い出したのがきっかけで、オーナーの活動を知り、私も力になれることがあればとここで働いています」と話します。
「サロンをはじめたときは、私と同じ病気の人がこんなにいるんだと驚きました。私もそうでしたが、隠している人がとても多い。恥ずかしいとかいじめが怖いとか、なかなか言えないんですよね。でも、恥ずかしいことではないよと今は言いたいです」
定期的に同じ悩みを抱える仲間たちで集まる機会を定期的に設け、ウィッグの講習会なども行うようになりました。
また、ソーシャルワーカーとして病院勤務をしていた藤谷さんは、「病気による外見変化に悩んでいる人はたくさんいますが、医療と美容がまだまだかけ離れているので、そこを繋ぎ、架け橋になっていきたい」とも話します。病気を抱えていても、日々の生活の質(QOL)をいかに上げるか、そのためには外見ケア(アピアランスケア)も重要。そこの部分を医療関係者にももっと理解してもらい、連携できたらと考え、外見ケアに関して当事者目線から医療機関向けのセミナーなども積極的に行っています。
「市町村によっては、外見ケアに対して補助金を出しているところもあります。補助金があるだけでもだいぶ違うと思うんです。この辺りのこともこれからはたくさんの方に知っていただき、訴えていきたいと思います」
美容室に行く感覚で気軽に入ってもらいたい&地域の人たちが集まれる場所に
外見ケアという部分に関しては、ウィッグだけではなく、病気や薬の副作用で爪の色が悪いという悩みを抱えている人も多くいるため、「縁MUSUBI」にはネイルサロンも併設。ネイルは病気の有無に関わらず、もちろん誰でも利用できます。
「ウィッグのサロンですって言うと、利用する方は入るときに表から入りにくいんです。ウィッグだということを隠しているのに、そこへ行くことで自分はウィッグですよって言ってるようなものだから。それから、ウィッグ利用者は一般の美容室へ行く機会がないんです。だから、美容室に行くような感覚で、表からも堂々と入りやすいようにネイルとウィッグのサロンにしました」
夏にオープンした北区の「縁MUSUBI」も同じ理由から、表側にカフェや八百屋スペースを設け、その後ろに個室のウィッグとネイルのサロンを作りました。今後は、下着なども含め外見ケアに関すること全般をここですべて対応できるようにしたいと考えています。
「外見ケアのことを中心に、複合施設的な場所にしたいと考えています。ウィッグのお手入れやフィッティングの帰りに野菜とか買っていけたら便利ですよね? カフェスペースもお手入れの前や後に、ちょっとひと息つけたらいいかなと思って。今後はお弁当や総菜の販売もしたいですね。もちろん、野菜を買いにくるだけでも、カフェでお茶するだけでもOK。近隣の方たちにもたくさん利用していただきたいです」
表ののれんに「寄合処」と書かれているように、「近所の子どもたち、ご年配の方たち、子育て中のお母さん、いろいろな地域の方が気軽に出入りできるような場所にするのが理想」と藤谷さん。さらにこの場所を使った新たな構想もあるそう。「自分自身も悩んだ経験があるので、学校に行くのがつらいと感じる子や、不登校の子のケアができる場所にもしたいと考えています。それから、祖母が認知症で本人も家族も大変なのを分かっているので、認知症に関するケアや学びができる場所にもしたい」と話します。
ヘアドネーションの活動の輪を広げ、必要な全ての人にウィッグを贈りたい
サロン経営者としても多忙な藤谷さんですが、同時に北海道ヘアドネーション協会も活動をますます活発化したいと考えています。
「協会は、想いと勢いでスタートさせたので、運営資金や人員に関してはまだ基盤がしっかりしていません。それでも全道各地の子どもたちからウィッグ製作の依頼が届いています。一人でも多くの方に活動を知ってもらいたい、協力もしていただきたいと思っています。ドネーションをしてくれる方もまだまだ必要です。私の夢は、ウィッグを必要としている全国の子どもたち、いや大人たちにも、全ての人にウィッグをプレゼントすること。頑張ります!」
昨年は、2人のお子さんと一緒にヘアドネーションの啓蒙と協力依頼のために全道を1カ月間回ったそう。「来年は全国を行脚して、たくさんの方にヘアドネーションを知ってもらいたい」と藤谷さん。同じことで悩んでいる人たちを助けたい、その強い想いが藤谷さんを突き動かしています。
悩みを抱える子どもたちやその家族だけでなく、むしろこういう世界を知らなかった人たちに知って欲しい、藤谷さんや藤谷さんと共に働くみなさん想いが大きな輪となって広がっていくよう、私たちもできることを考えたいと思った取材でした。