ここ数年、注目度の高いイベントが行われたり、新しい施設やお店が誕生したりと、話題が絶えない定山渓温泉エリア。そんな定山渓に、2022年11月にプレオープンし、翌年2月にグランドオープンしたのが「定山渓 ゆらく草庵」です。
運営しているのは、ビジネスホテルのドーミーインやリゾートホテルのラビスタで知られる共立メンテナンス。今回は、オープンから1年と少し経ち、リピーターも増えているという「ゆらく草庵」におじゃまし、支配人・小林さんとスタッフの武政さんに、宿のこと、仕事のこと、そして定山渓のことを伺いました。
わびさびを感じられる趣のある宿「定山渓 ゆらく草庵」
国道230号からすぐのところに建つ「ゆらく草庵」。手前のエントランス棟は平屋で、玄関もこぢんまりとしてそれほど大きく見えませんが、奥には7階建ての立派な宿泊棟が立っています。非日常へ誘うエントランスまでのアプローチは、細い水路のある和風庭園。程よい広さの入り口から中に入ると、奥まで続く畳敷きのほの暗い空間が現れます。その先には、光が差し込むガラス越しの坪庭が見え、和の風情が感じられます。
「履物はこちらで脱いで、どうぞあがってください」と、明るい笑顔で出迎えてくれたのは、長身の武政さん。畳の上に立つとなんだかホッとした気分になります。
「こちらへ」と小林支配人が通してくれたのは、フロントの向かいにある茶室「游楽庵」。
「ゆらく草庵の草庵は、千利休が作ったといわれる草庵茶室に由来しています。書院茶室とは異なり、草庵は山の中にあるような茅葺の質素な建物ですが、その中に日本のわびさびを感じられます。ゆらく草庵はそんな草庵茶室のおもてなしをイメージした設えになっています」と説明してくれました。
「ゆらくの『ゆ』は、温泉の『湯』や癒やしの『癒』、愉快の『愉』をあてています。そして、『らく』は楽しいの『楽』。ここを訪れてくださったお客さまに、型にはまることなくそれぞれゆっくりくつろいでお過ごしいただけたらと考えています」
外のけん騒が遮断された館内は、すべて畳敷き。大浴場内の床も特殊な畳を使用しているそう。木造のエントランス棟に飾られている調度品や照明に派手さはありませんが、どれも趣があります。各部屋も和がベースの温もりあるくつろぎの空間になっているそうです。
どんな経験も活かすことができるのがホテルの仕事
さて、宿の紹介をしていただいた流れで、まずは小林支配人にお話を伺うことに。
旭川出身の小林支配人は、食材卸の会社勤務を経て、ラビスタ大雪山に転職。当初は営業マンで入社したそうですが、宿泊客と直に接する現場を経験すると「すっかり現場の面白さにハマって、ずっと現場です」と笑います。
「ホテル業の経験はありませんでしたが、仕事をはじめて、今までの自分の経験がムダではないと実感しました。小さなことであっても、経験を活かせるのがホテルマンの仕事だと思います」と話します。小林支配人の場合は、食材に関する知識が豊富であったため、お客さまに料理を提供する際に+αの情報を合わせて説明することができ、それがきっかけでお客さまとの会話が弾んだそう。
ホテルの仕事について、「宿泊していただいて、帰りに『ありがとう』と言っていただけるなんて幸せな仕事だと思います」とも話します。
小林支配人はラビスタ大雪山で約6年勤務したあと、オープニングスタッフとして同じグループの宮城県「鳴子温泉 湯元吉祥」へ赴任し、その後、京都・嵐山の「花伝抄」へ。
「鳴子温泉でオープニングを経験させてもらって、さらに嵐山では支配人に。嵐山に勤務しているときにコロナ禍がはじまりましたが、地域の方たちと一緒にどうすればいいかエリアの魅力をPRすることに取り組ませてもらいました」
その後も箱根、河口湖と異動し、2022年7月に新しくオープンする「ゆらく草庵」の支配人として定山渓へ。「転勤で各地の宿へ行きましたが、自分の中ではいつか北海道へ戻るまでの修行だと思って、いろいろなことを学ばせてもらいました。北海道の新しい宿に支配人で赴任できたのはとてもうれしかったです」と振り返ります。
サービスコンセプトは「おかげさま」。すべてに感謝を忘れない
新たな宿を任された小林支配人、2022年11月のプレオープンに向け、スタッフと話し合いを重ね、どのような宿にしていくか準備を進めていきました。
「お客さまに五感で楽しんでいただくという軸をベースに、ゆらく草庵のサービスコンセプトは『おかげさま』にしました。ご縁があって今の自分たちがあると考えているので、お客さまはもちろん、取引先の皆さん、ほかのスタッフ、そしてこの場所や料理で使用する大地の恵みも含めて、すべてに感謝する気持ちを忘れないようにと考え、このサービスコンセプトを考えました」
わびさびを感じさせるその設えはもちろん、サービス面でも高評価のスタートを切った「ゆらく草庵」。夏場は本州からの観光客が多く、冬は札幌や近郊のお客さまが中心の1年でした。年齢層は幅広く、3世代での利用も多いそう。お客さまの満足度の高さは、チェックアウトの際、また訪れたいと次回の予約を入れていくというエピソードからも分かります。最近は、定山渓エリアにインバウンドの方たちが戻り始めていることもあり、和の雰囲気が好きな海外からのお客さまも増えています。
宿は少しずつ変化していくことが大事だと小林支配人。「もちろん基本になる軸はしっかり保ちながら、安定の上にあぐらをかくことなく、お客さまに喜んでいただけるように変化をさせていくことは必要だと考えています。ですから、ゆらく草庵も季節ごとに料理内容はもちろんですが、BGMや香りなども変化させていくように工夫しています。常に進行形ですね」と話します。
細かなサービスに関してもその都度スタッフの意見を取り入れながら変えているそう。「お子さま連れのファミリーに喜ばれるサービスは、子育て中のスタッフのリアルな声が参考になっています」と続けます。どんな経験も活かせるのがホテルの仕事、小林支配人がそう話していたことが思い出されます。
スタッフの職場への満足度は、お客さまの満足にもつながる
現在、派遣社員やパートも含め約60名のスタッフが勤務。年齢層は20代から50代まで幅広く、男女もだいたい半々なのだそう。
「みんな明るいし、全体の風通しはいいと思います」と小林支配人。「私自身、普段から気を付けているのは、気分を顔に出さないこと。スタッフがいつでも相談しやすいよう、常にフラットな状態を保つようにしています。私の顔色をうかがって、肝心なことを話せないというのはマイナスにしかならないので」と続けます。
ホテル業といえば、365日24時間フル稼働のイメージ。シフト制なので、なかなかスタッフみんなが揃って顔を合わせる機会はないと思いがちですが、「ゆらく草庵」は昨年の11月から毎月2日間全館休みの日を設け、スタッフ全員が顔を合わせてコミュニケーションが取れる機会を作りました。こうした取り組みも風通しの良さにつながっているのかもしれません。
「サービス業におけるES(従業員満足度)の高さは、CS(顧客満足度)につながると思っています。だからこそ、働きやすさや風通しの良さは大事」
また、スタッフには楽しく仕事に取り組みつつ、定山渓エリアにも詳しくなってもらいたいと考えています。出勤扱いで、定山渓で行われているアクティビティに参加するよう促したり、小林支配人含め10人近くのスタッフで定山渓検定(観光協会主催)を受けたりもしました。
「お客さまにはうちの宿はもちろん、定山渓を好きになってもらいたい。だから、スタッフが実際にここで経験して楽しかったことや感動したことを自分の言葉でお客さまに伝えることが大切。定山渓のリアルな良さを知っていただけると思うんです。それが地域の魅力発信にもつながると考えています」
可能性がたくさん眠っている定山渓。みんなで力をあわせて活性化を
定山渓温泉という場所について、「可能性に溢れていると思う」と話す小林支配人。近隣ホテルの経営者が代替わりしたこともあり、観光協会が音頭を取って、エリア全体で活性化させていこうという動きが活発になっています。
「道内で定山渓という場所はよく知られていますが、本州での知名度はまだまだ。だからこそ、みんなで協力しあってこのエリアを盛り上げていく必要があると思います」
京都の嵐山や箱根などで、地域や近隣の同業者と共にエリアを盛り上げる経験をしてきた小林支配人だからこそ、その重要性をより強く感じているようです。
「横同士のつながりもできていますし、このエリアで働く若い層も巻き込みながら楽しいことができれば、おのずと活気づくと思います。外向けのイベントはもちろんですが、自分たちも楽しめるものができたらと考えています。つい先日もうちのスタッフと、ホテル対抗ドッチボール大会をやったらおもしろいんじゃないかと話していたところです」
自分たちも楽しむことが、結果としてエリアや宿の魅力をさらにアップさせると思うと最後に話してくれました。
驚きがいっぱいの北海道での暮らし。仕事ではやりがいを感じる日々
小林支配人の次にスタッフ代表で話を伺ったのは、最初に出迎えてくれた武政さんです。大阪の八尾市出身の武政さん、京都で運送業の仕事をしていましたが、コロナを機に違う場所で違う仕事に挑戦してみようと、4年前から各地のリゾート地で仕事を始めます。
「沖縄や福島の磐梯山などで、2、3カ月ずつ働いては次へ移動していました。ちょうど和歌山にある共立メンテナンスの『海舟』にいたとき、北海道に新しい宿ができると聞き、北海道に憧れもあったので行ってみたいと思い、派遣のオープニングスタッフとして入りました」
それまで一度も北海道に来たことがなかったという武政さん。ちょうど北海道に来たのが2022年の10月だったため、すぐに冬が訪れます。雪道をバスが走っているのを見たときはとても驚いたそうで、「方言も含め、いろいろカルチャーショックはありましたが、どれも面白くて」と話します。また、最初は「定山渓」という名称も知らなかったそうで、「読み方も分からなかった」と笑います。
1年経って正社員になり、より仕事にも力が入り、充実しているという武政さん。現在は、レストランの仕事をメインにフロントに入ることもあるそうです。
「ホテルの仕事自体はまだ経験が浅いほうですが、お客さまに対して常に笑顔で接し、楽しんでいただくことを心がけています」
レストランでの武政さんの接客を気に入ってくれたお客さまが、次の予約を武政さん指名で入れてくれることもあるそうで、「とってもうれしいです」と満面の笑顔。喜んでもらえるともっと良いサービスを提供したいと思うそうで、仕事でのやりがいを日々感じていると話します。
職場も住環境もどちらも満足。定山渓はイイトコロがいっぱい
職場の雰囲気について尋ねると、「支配人の人柄の良さがみんなの雰囲気を良くしていると思う」と即答。武政さんが正社員になろうと思ったきっかけの一つは、小林支配人と一緒にいい宿を作り上げていきたいと思ったからなのだそう。
オープン前の準備段階からみんなで協力し合い、チームワークを高めていったのも今の職場の雰囲気の良さに繋がっているようで、「スタッフはみんなやさしくて、温かい人ばかり。働きやすい職場だと思います。みんなでお客さまに喜んでもらえるためにどうしたらいいかを常に考えています。経験値や世代に関係なく、みんなが意見を言い合えたり、新しいことに挑戦させてもらえたりするのもいいところかなと思っています」と続けます。
今は近くにある寮に住んでいるという武政さん。1人1部屋で、各部屋にトイレと風呂、エアコンも付いていて、ベッドなど家具もひと通り備え付けになっているそう。「ランドリーと食堂が共同ですが、みんなで鍋パーティーなどをやったりすることもあります。寮は快適ですね」と話します。
定山渓という場所で暮らし、働くことの魅力について尋ねると、「職場環境の良さはもちろんですが、定山渓は自然がすぐそばにあるし、温泉もあるし、都心にも近いから、暮らしていて困ることは一切ないですよね。スノーボードをやるのですが、すぐ近くにいいゲレンデがあるのも魅力ですよね」とニッコリ。
さらに、「地域の人たちがみんないい人ばっかりなんですよ」と続けます。エリアの広さも人の数も限られているので、他のホテルの従業員や店の人ともすぐに顔見知りになるそう。「町の行事とかにも参加するようにしているので、気軽に交流できるのがいいなぁと思っています」と話し、昨年は地元の小学校の運動会にも参加して、「むかで競争で優勝しました」と笑います。
最後にこれからのことを質問すると、「北海道の温泉といえば登別や洞爺湖というイメージが本州では強く、自分自身もそうでした。でも、こんなにいい場所が札幌市内にあるのだから、もっとたくさんの方に知ってもらいたいと思います。地域全体で盛り上げて、魅力ある場所として発信していけたらいいですね」と定山渓に対する思いを語ってくれました。
そして、自身については、「ホテルマンとしてはまだまだ勉強中ですが、マルチにいろいろできる人間になりたいですね」と、出迎えてくれたときと同じ明るい笑顔を見せてくれました。