子どもの数が減少する中、残念ながら学校の統廃合が進んでいます。それは地方だけでなく、190万人以上が暮らす札幌も同じ。地域に残された学校の建物をどう活用していくかが課題にもなっています。2023年1月にグランドオープンした「カミニシヴィレッジ」は、旧上野幌西小学校の校舎を再利用した新しい地域交流の場。その考え方や取り組みは、これからの廃校校舎の活用はもちろん、地域のコミュニティづくり、まちづくりのヒントがたくさん詰まっています。今回は、カミニシヴィレッジのディレクターを務める大藤学園の教務局長・大谷壮史さんにお話を伺いました。
子どもたちと地域のため。大藤学園が「カミニシヴィレッジ」を作った理由
札幌市民には、陸上競技場として馴染みの深い、厚別公園競技場からほど近い、住宅街の中にある「カミニシヴィレッジ」。2019年に閉校した上野幌西小学校の跡を活用した複合施設です。敷地内には、コインランドリー、カフェ、ラウンジなど近くの人が気軽に立ち寄れるパブリックスペース、学びやイベントに利用できるレンタルスペースがあるほか、「認定こども園 新さっぽろ幼稚園・保育園」「上野幌の保育園」も併設。さらに体育館はプロバスケットボールチーム「レバンガ北海道」の練習場として利用されています。
運営の母体は、市内に幼稚園や認定こども園を有する学校法人大藤学園。幼児教育に携わり65年を誇る市内でも歴史ある法人の一つです。その大藤学園が、なぜ「カミニシヴィレッジ」を立ち上げることになったのでしょうか。早速、大谷壮史さんにお話を伺いました。
「ちょうど平成25年、2013年に僕は保育園舎(旧新さっぽろ保育園)の園長になったのですが、子どもたちを預かっていて、我々がどれだけ子どもたちのために準備をし、懸命に保育にあたったとしても、やはり『家庭』には敵わない部分があると思ったんです。保育だけでなく、家庭の在り方も重要だと。それなら、家庭の質というか、子どもたちが豊かに育っていく家庭ってどういうものかを考えたとき、お母さんやお父さんが安心して子育てできる地域の環境が整っていることではないかと。地域との関係が希薄になっているのも子育てに影響していると思うんです。つまり、子どもたちのためには地域づくりが重要だと思いました」
その2年前、平成23年にも、廃校になった別の小学校の活用に係るプロポーザルがあり、地域づくりと教育を軸にした思いを提案書にまとめて参加したものの、うまくはいきませんでした。
「今よりも思いが薄かったのもありますが、文字だけでびっちり書いて、提案書を出したんですが、文章だけで伝わりにくかったのかなと反省しました」
上野幌西小学校が廃校になるという話が出た時点で、以前から知り合いだった札幌で活躍する株式会社エイプリルのクリエイティブディレクター メアラシケンイチさんに相談。分かりやすいコンセプトと名称を決め、イメージしやすい具体的なパースを用意し、自分たちの思いを可視化しました。
「また、本当の意味で地域の方たちと良い関係性を築いていきたいと思っていたので、こちらのほうから積極的に地域の方たちと対話する機会を作らせてもらいました。話をする中で、地域の方たちから『未来の子どもたちのためにここを活用してほしい』という声がとても多く上がったんです。それを聞いて、ぜひうちにここを任せてもらいたいと思いました」
次々と家が建ち、ニュータウンとして活気づいていた頃、ここで子育てをした60代、70代、あるいはここで育った世代にとって上野幌西小学校は大事な思い入れのある建物。大谷さんは、「未来の子どものために使って」と言う人が多いことに驚くとともに、素晴らしいと感じたと言います。地域に愛着を持ち、発展することを願う人が多いエリアにはポテンシャルの高さを感じます。
集う人の人生が豊かであるように。「LIVE TOGETHER, LOVE TOGETHER.」
無事プロポーザルが通り、2020年に売買契約を済ませ、建物のリノベーションなどをスタート。すべてのスペースを一度にオープンさせる予定でしたが、コロナ禍だったこともあり、段階的にオープンすることになります。
「まず、2021年、近くにあった幼稚園舎(旧新さっぽろ幼稚園)をこちらに移設しました。そのあとは少しずつのオープンになりましたが、丸2年、じっくりと計画しながら進めることができたのは結果的に良かったと思います」
グラウンドがあるほうに園の入り口を設け、保育室の並ぶ部分が認定こども園になっています。建物正面1階にあるコインランドリーやカフェは、一般の人が自由に出入りできるようになっており、2階や体育館はレンタルスペースとして貸し出しています。
「僕たちのベースはあくまで教育です。認定こども園を併設することははじめから決めていました。そして、地域の人たちが出入りする空間にも意図的に子どもたちの導線を作るなど、この建物内で地域の人と触れ合えるようにしています。安全面を気にされる保護者の方もいらっしゃいましたが、そこはきちんと配慮している旨を園からお伝えし、理解していただいています」
昨今、幼稚園や保育園、学校はどこも安全性の面から、外部の人が入れないように隔離を徹底していますが、大谷さんは「昔の学校は公共性が高く、地域の人も出入りできた場所。公園もそうでした。そこで出会う近所の大人たちと挨拶を交わし、ときに叱られたり、褒められたりして子どもたちは育ってきました」と話します。いろいろな事件が多発したことがきっかけとなり、現在はそういう機会が奪われています。「それならば、僕たちがきちんと見ているところで、安全を確保した上で地域の人と関わりを持ってもらえたらと考えています」と続けます。人が出入りし、大人の目がたくさんあることが逆に事故などの抑止につながるとも考えています。
実際、取材中も保育者に連れられて園児たちが次々とラウンジスペースを通っていきました。子どもたちは元気よく「こんにちは」「何しているの?」と、取材スタッフに笑顔で話しかけ、手を振ってくれました。好奇心あふれる目の輝きや、はつらつとした声にこちらが元気をもらったような気分になります。
「子どもたちのためであると同時に、地域の方たちのためにもなっていると感じています。人間の幸せは地位や名誉ではなく、良い人間関係だというハーバード大学の研究結果があるのですが、ここが地域の方たちのひとつの居場所となり、ここで人と人、人と地域が繋がりあい、集まった人たちの人生を豊かに幸せにしていけたらと考えています」
ラウンジに大きく掲げられている「LIVE TOGETHER, LOVE TOGETHER.」の文字。共に生き、共に愛する。これにカミニシヴィレッジという場所の目指すところが詰まっています。
そして、スポーツ振興と生涯学習という役割もこの場所には持たせていると大谷さん。
「地域の方たちが集まる場所ですから、その地域の方のメンタル、フィジカル、両方の健康維持も大事。スポーツを通じて健康を支えることもしたいと考えています。あとは、レンタルスペースを活用していただき、それぞれがやりたいことや学びたいことなどを自発的にやっていただければと思っています」
レンタルスペースは現在、カルチャースクールやダンススクールが定期的に行われているほか、単発のイベント利用もあるそうです。体育館は、レバンガ北海道の練習場として利用している以外は、子どもたちの少年団やクラブチームが利用。グラウンドも同様だそう。
「レバンガ北海道の公式練習場がここにある価値を、地域の人たちにも感じてほしいです。プロのスポーツ選手を身近に感じられるのは、この地域に暮らす子どもたちにとって誇らしさにもつながると思います」
地域の方たちからは、カミニシヴィレッジができたことで、「学校からまた子どもたちの声が聞こえてきてうれしい」「この地域がまたこんなに賑やかになるとは」と喜びの声が寄せられており、「少しずつですが地域に浸透しているのを感じられるのはうれしいです」と大谷さん。
地域の人たちがここに積極的に関わり、利用してくれることがうれしい
ところで、なぜ1階のパブリックスペースにカフェとコインランドリーを作ったのでしょうか。
「親御さまの家事を少しでも軽減できないかなと考えたとき、コインランドリーがあったら便利なんじゃないかなと。空いた時間でお子さんと向き合ったり、ほかの家事や仕事をしてもいいですし、もしひと息つきたければ、洗濯の間にカフェでお茶を飲んだり、本を読んだりしてリセットできたら、親御さまの気持ちに余裕ができますよね。直接的ではないですが、こういう部分でも子育て支援ができたらという思いからです」
また、カフェ「カミニシキッチン」で提供している料理は、「あえて粗食にしています」と大谷さん。ランチのメインは、七分づきのゆめぴりかを用いたおにぎり。「手作りの料理の温かさやおいしさを感じてほしいのと、家のごはんも頑張りすぎずとも、こんな感じで十分ですよと親御さまや地域の方に伝えたい」と話します。
4月から、1階のエントランスに花屋のポップアップショップが月2回登場。近くに住んでいる花屋さんからやってみたいというオファーがあったそう。とても好評で、7月からは週2回登場することになりました。
「地域の方にも、お母さんたちにも評判で、花を家に飾ろうかなという気持ちが暮らしを豊かにするきっかけになるのでいいなと思って見ています。また、ポップアップをしたいと相談していただけたのもうれしかったです。こういう風に地域の方に参画していただけるスペースを目指しているので」
外の花壇を使って地域の方が藍染め用の藍を栽培し、昨年は藍染めのワークショップも開催。最近はハーブや野菜を育てたいという相談もあったとか。
「地域との交流を大事にと思っているので、昨年、レバンガと共催で夏祭りを開催させてもらいました。今年もやる予定で、町内会の方から縁日のテントを出したいと申し出があり、これもうれしく思いました。基本的に僕たちが主催してやるというより、地域の皆さんと一緒に行動する、または地域の方からの発信でこの場所を使っていただくことが大事だと思っています」
何のための幼児教育か。子どもたちの人間形成の土台作りと真摯に向き合う
大谷さんは上野幌がある厚別区育ち。自身が生まれ育ったエリアへの思いも重なり、カミニシヴィレッジの運営にもより力が入りますが、「僕の仕事はあくまで子どもたちの教育。カミニシヴィレッジも子どもたちのための地域づくりの場ですから」と話します。
大谷さんは大藤学園の創業者一族。とはいえ、はじめは跡を継ぐつもりも、幼児教育に携わるつもりもなかったそう。「でも、そうは言っていられない状況になり、東京の大学へ編入して幼稚園教諭の一種免許を取得しました」と続けます。
「最初はまったく子どもに興味なかったんです。好きでも嫌いでもないというか…。でも、大学のときに実習で付属幼稚園に行き、初めて子どもたちと密に接して、子どもってなんて素晴らしいんだろう、『これは天職だ!』と感じたんです」
大学を卒業後、4年強、神奈川の幼稚園に勤務。「札幌だとどうしても跡取りという色目で見られるので…」と苦笑。「でも神奈川で働いたその園は、教育の本質を常に追求しているところで、最初にそこに勤務できたのは自分にとって大きかった」と振り返ります。
「日本の幼稚園の多くは経験則で運営しているところが圧倒的。今までこうしてきたから、これでいいんだっていう感じですね。変えようとはしない。それはうちの学園も然りでした。でも、本来、教育というものはアップデートしていかなければならないんです」
大谷さんのそういう考え方は当初なかなか学園内では受け入れられませんでした。しかし、丁寧に職員と向き合い、大事なものは何かを伝え続ける中で、「今何ができるではなく、未来にどうなるか。子どもの人生を尊重していきましょう」という大谷さんの声に賛同し、新しい教育の形に気付いてくれる園長たちが現れます。
「コロナがちょうどいいターニングポイントにもなりました。世の中のあらゆることが強制リセットされる中で、従来の当たり前を学園として見直すきっかけになりました」
「未来を創る子どもたちの人間としての基礎作り」という法人理念を掲げ、幼児期の体験は未来のための礎であり、人生体験の縮図なのだから、その中で自分たちがやらなければならないことは何かを常に職員に問いかけています。
現在、学園全体のソフト面や教育部分の舵取りを行っている大谷さんは、「目指す教育を行っていくためには、最前線で働く職員たちの労働環境をしっかり整えることも大事。やりがいを持って、仕事に取り組めるよう、給与や休みも含め、働きやすい環境整備を目指しています。が、課題はまだまだありますね」と話します。
子どもたちのための地域づくりという思いから始まったカミニシヴィレッジ。家庭の質、保育の現場の質の向上を目指すのも、すべては子どもたちのため。カミニシヴィレッジのような場所が増えれば、札幌での子育ても暮らしも豊かなものになっていくかもしれません。
「これから、カミニシヴィレッジにいかに多くの人に関わってもらえるかが大事だと思っています。最終的にみんなで支え合って生きていける社会、コミュニティがあちこちにできればいいですね。それが、僕たちがお預かりしている子どもたちの未来にもつながっていくから」
趣味のサーフィンで日焼けした顔を笑顔でくしゃくしゃにしながら、園児たちに声をかけている大谷さん。彼が見ている地域の子どもたちの未来が今よりも温かいものでありますようにと願うとともに、自分たちにできることは何かなと考えるきっかけを与えてもらった気がします。