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共感と空気感を大切にしたデザインでスモールビジネスを支えたい

2024.7.29

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生まれ育った大好きな札幌の町でデザインの仕事を通して、自分と同じような個人事業主やスモールビジネスで頑張りたい人をサポートしたいという夢を持っているデザイナーの石川綾香さん。広告制作会社やカフェ勤務などを経て、「アトリエ ブルーグレー」という屋号で独立した石川さんのこれまでの歩みやそれらの経験から派生した夢や想いについて伺いました。

職人的なものに憧れた高校時代。デザイナーを目指し、働きながら勉強

石川さんがデザインした代表的なものを見せていただくと、ただおしゃれなだけでなく、余白のある柔らかさの中にチラリチラリと芯が見え隠れするような特徴を感じます。実際にお会いした石川さんもまさにその雰囲気に近い印象。全体的にふんわりした雰囲気をまとった小柄で華奢(きゃしゃ)な石川さんですが、どこか骨太なところも感じられます。

早速、今の石川さんを作り上げてきたこれまでの歩みを順に伺っていきましょう。

石川さんは北海道札幌市で生まれ、4歳から小学校3年生まで北海道岩見沢市にいましたが、そのあとはずっと札幌で暮らしているそう。中学校時代は吹奏楽部でクラリネットを担当し、卒業後もクラリネットを続けていました。

「普通科の高校に興味が持てず、専門職や職人のようなものに興味があって、商業高校に進みました。クラリネットをやっていたこともあり、楽器のリペアマンに興味を持っていました」

ただ当時、楽器のリペアマンは道外へ行かなければその仕事について学べないと分かり、家庭の事情もあり断念。自分が興味を持つことができ、手に職をつけられるものは何かを考え始めます。

「音楽も好きでしたが、小さいころからイラストや漫画を描くのも好きだったなと思い、あれこれ考えていくうちにデザイナーという仕事ならやってみたいと思いました」

アルバイト先のドーナツショップでPOPを描かせてもらったときの楽しさもきっかけとなりました。「デザイナーになりたい!」と進みたい方向が分かったものの、どうすればデザイナーになれるのかが分からず…。専門学校へ行くにしてもまずは学費を貯めなければと、高校卒業後、一旦就職をすることに。親に頼るのではなく、学費は自分で出すというところに石川さんの意志の強さを感じます。

「高校に来ていた求人票の中から選んだのは、歯科医院の受付と歯科助手。もし、歯科医院の仕事が楽しければ続ければいいという感じで就職しました。簿記の資格も持っていましたが、3年間電卓を叩き続けて、経理系はもういいかなと思って(笑)」

歯科医院でも得意を生かし、医院で扱っている歯ブラシのPOPなどを描いていたそう。

「1年働いたのですが、やはりデザイナーになりたいという思いが強く、北海道芸術デザイン専門学校(通称bisen、ビセン)の夜間のグラフィックデザインコースに通うことにしました」

一人暮らしをしていたため、日中はアルバイトをかけもちし、週3日、夜は専門学校へ通うという生活。大変ではありましたが、デザインの勉強は楽しく、やっとやりたいことに近づいているという実感はありました。

「自分よりもセンスがあり、上手な作品を作る同級生たちを見て、自分はこのままでやっていけるのだろうか、大丈夫だろうかと自信をなくし、不安に陥ったときもありました。でもやっぱりデザインを考えて手を動かしているときは楽しくて。なんとか続けられました」

デザイナーとしての経験を積み、ハードな日々を経て、独立を決心

bisenを卒業後、カラオケや飲食店を運営する道内企業の広報宣伝部にアルバイトとして勤務。店のメニューやチケットなどを制作していました。半年くらいしたころ、bisenの先生から広告代理店でデザイナーを探しているからどうかと声をかけられます。

「パチンコ店の広告や自治体関係の仕事を中心に行っている代理店で、ここで広告業界のデザインの仕事のイロハを学びました。パチンコ店のチラシや自治体のポスターなどを手がけさせてもらいました」

会社の先輩に札幌の広告業界のアートディレクターやデザイナーたちを紹介され、第一線で活躍する人たちとの交流を通じて刺激を受け、デザインの世界を広げていきます。

ところが、広告代理店の仕事は想像以上にハードで石川さんは体を壊してしまいます。2年で退職したあと、これからのことをじっくり考え、「自分のやりたいデザインをやるには、自分で独立してやるしかないと思いました」と話します。

さらに、「自分の店、場所も持ちたい」という思いが沸いてきます。ショップのツールを作るところからはじめ、グッズも作って、そこでカフェもやりたい。デザインの仕事とカフェを両立してやってみたい。そんな夢が大きく膨らみ、まずカフェのことを学ぼうと札幌でも人気のコーヒーショップでアルバイトを始めます。

常に全力で仕事をする石川さん、カフェ経営について学ぶためのアルバイトでしたが、コーヒーショップの正社員にならないかと声がかかります。ところが正社員になると、カフェの仕事も広告代理店並みの忙しさで、自分の時間をなかなか取れずにいました。

「自分が一番やりたいのはデザイン。でもデザインする時間も取れないほどの忙しさで…。1人でカフェを切り盛りしながらデザインをやるのは難しいと分かり、デザイン1本でやっていこうと決めました」

もともと独立は視野に入れていましたが、いきなりは厳しいと考え、もうしばらく会社勤めで経験を積もうとデザイナーとして仕事ができる会社を探し始めます。広告代理店で体を壊した経験があったため、残業時間などの条件はシビアに見ながら探したそうです。

「デザイン会社に転職して、そこに1年ほどいました。そのころ、bisenで非常勤講師もさせてもらっていました。そのあと、人の紹介で広告運用の代理店に入社し、そこではネット広告のバナーなどを作っていました」

広告運用会社には3年勤務。体調のことを考え、無理はしないようにリモートワークで仕事をしていました。「コロナ禍より前、みんなよりひと足早くリモートワークをさせてもらっていました」と笑います。

結婚を機に退職し、いよいよ独立することに。「周りからもいつフリーランスになるの?と聞かれることが増え、いろいろな経験も積ませてもらったし、もうそろそろいいかなと思い、独立を決めました」と石川さん。もともと副業的にクラウドソーシングで仕事を受けたり、友人知人から仕事を頼まれ手伝ったりしていたこともあり、満を持しての独立でした。

「ブルーグレー」という屋号に込めた想いとデザインをする際に心がけていること

屋号は「アトリエ ブルーグレー」。広告代理店にいたころから、趣味で紙モノ雑貨や冊子を作ってイベントに参加しており、そのときから使っていた屋号なのだそう。

「この名前でカフェもやりたいと思っていたんです。ブルーはその色そのものが好きだから。そしてグレーは、一般的に少し憂鬱な色に思われますが、無理に明るくしていなくてもいい、グレーなときがあってもいいと思って付けました。私は完璧主義なところがあって、自分が納得できないと追い込んで辛くなってしまうことがよくあるんです。でも、グレーでもいいじゃないか、もう少し自分を許して受け入れようという思いも込めています」

与えられた条件の中で創造物を生み出すクリエイティブな仕事は生みの苦しみがつきもの。さらに好きだからこそつい力が入ってしまいます。適度に肩の力を抜きながら、ニュートラルな状態で純粋にデザインと向き合っていきたい、自身のやりたいデザインに真剣に取り組んでいきたいという石川さんの思いが感じられます。

お客さまからの依頼でデザインをする際に気を付けていることを尋ねると、「デザインの世界観と実用性のバランスでしょうか」と石川さん。「かっこいいけど、よく分からないもの」を作るのではなく、お客さまの事業の本質をきちんと見失わないように気を付けていると話します。お客さまの話にしっかり耳を傾け、寄り添い、空気感など細かい部分も大切にした上で、「デザインを目にした人、制作物を手にした人が、好きな雑貨やお店に出合ったときのような良い気分になれるデザイン、大切にしたいと思ってもらえるようなデザイン」を作るよう心がけているそう。

これまでの経験をベースに、札幌に暮らしながらやりたいことを形にしていきたい

独立してすぐに妊娠、そして出産。石川さんは現在1歳になる女の子のママでもあり、「これまで無理に仕事を増やすことはせず、セーブしながら仕事をしてきました。今も自分のペースでやっています」と話します。保育園に通っているとはいえ、子育てしながらのクリエイティブな仕事は大変では?と思いますが、「実は今がこれまでの人生でいちばん穏やかなときなんです」とニッコリ。これまでがどれだけハードな日々を送っていたのかがこの言葉から受け取れます。

「いろいろ大変なこともありましたが、全てが必要な経験だったと思います。自分のやりたいやりたくないに関係なく、選り好みできない環境で制作の経験をしたことがデザイナーとしての幅も持たせてくれましたし、仕事のやり方や働き方も無理をしたからこそ気付けたことがたくさんありました」

これまでの経験を土台に、しっかり方向を見定めながら自分のペースでこれからも仕事をしてきたいと考えているそう。「今はやりたいことをやっていくための準備期間中という感じですね」と話します。

「やりたいこと」を具体的に尋ねると、「個人事業主やスモールビジネスをはじめる方、はじめた方と一緒に、ブランディング的な部分も含めトータルでデザインを作り上げていく仕事をしたい」と石川さん。事業にとってデザインがいかに重要であるかも伝えたいと考えているそう。

また、「これまで札幌を出たいと思ったことは一度もないし、これからもずっと札幌にいたい」と話します。都会過ぎず、田舎過ぎず、規模感も気候もちょうどいいそう。

「コロナ禍でリモートワークが一般的になってから、札幌にいても東京や全国の仕事を受注できますし、WEBスクールの講師もオンラインでできます。好きな札幌に暮らしながら、好きな仕事、やりたいことをやっていきたいですね」と最後に語ってくれました。

石川 綾香さん

atelier Blue gray(アトリエ ブルーグレー)/デザイナー

石川 綾香さん

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