「あーへーあーほー」と声を出しながら、「へ」と「ほ」でお腹を凹ます。これが「あへあほ体操」の基本動作。一度聞いたら忘れられないユニークなネーミングですよね。テレビなどで取り上げられたこともあり、「知っている!」という方も多いのでは?
「あへあほ体操」は、器具を使うことなく、子どもから高齢者まで気軽に取り組むことができる腹筋運動として、フィットネス業界はもちろん、介護予防やリハビリなど医療業界でも導入されています。実はこの「あへあほ体操」を考案し、世の中に広めているのが北海道札幌市出身のしものまさひろさんです。
現在も札幌を拠点に活動中。昨年から、西野学園 札幌リハビリテーション専門学校、リハビリ専門家チームと「あへあほ体操」を科学的に検証する共同研究も行っています。今回は、しものさんに「あへあほ体操」が誕生するまでの話や、誕生から今日までの18年の活動、そして未来への展望などを楽しく伺いました。
アスリートとしての挑戦が絶たれ、絶望の中から見出した「人を支える」という夢
「こんにちは!」と明るい声で取材陣を迎えてくれたしものまさひろさん。赤いTシャツには「あへあほ」の文字が描かれています。今回、取材場所としておじゃましたのは、しものさんが春から非常勤講師を務め、共同研究も行っている札幌リハビリテーション専門学校です。
「学校では、地域社会に貢献することを目的とした地域リハビリテーションという授業を担当しています。これまで自分がやってきたことが若い子たちの役に立てるのはうれしいですし、以前からいろいろな壁を取っ払って専門家が集まって地域の人の健康を支えていけないかと考えていたので、本当にやりがいのある機会を与えてもらったと感じています。また、ご縁があって共同研究をさせていただけるのもありがたいです」
さて、そんなしものさん、「あへあほ体操」を考案するまではどのような人生を歩んできたのか。また、「あへあほ体操」をはじめるきっかけは何だったのかを伺っていきたいと思います。
しものさんは札幌生まれ、札幌育ち。小学校、中学校は野球部に所属していました。足が速く、中学校の陸上競技会で陸上部の子をおさえて校内歴代記録を出すほどの脚力の持ち主でした。
「同じ中学の卒業生でちょうど箱根駅伝に出ていた先輩がいたんですが、その先輩が持っていた記録を僕が破ったと知り、それで、陸上をやるのもいいかなと思って高校からは陸上部に入りました」
ところが、3年間走ることに打ち込んだものの大きな結果を残すことはできませんでした。どこか消化しきれないものを抱えたまま、卒業後は興味のあった福祉の道へ進もうと進路を決めます。
「行く学校も決まっていたのですが、卒業間近に陸上自衛隊から、駅伝やマラソンを主に訓練をする持続走訓練隊というのがあるから来てみませんかと連絡をもらったんです」
走るチャンスがまだあるならと進学を取りやめ、自衛隊へ入隊。駅伝強化選手として日々走り続けますが、腰を痛めてしまいます。
「若かったのもあって、なんとか結果を出したいと無理をし続けた結果、2回も入院。2回目の入院のとき、病院にやって来た隊長に強化選手はクビと言われてしまい…。目の前が真っ暗になりましたね」
病室のベッドの上でこれからのことをあれこれ思案したしものさん。自衛隊に残る選択肢もありましたが、自分のようにケガや体の不調が原因で夢を絶たれてしまうスポーツ選手を支えたいと考え、スポーツトレーナーに転身することを決めます。
自分なりのアプローチを考える中で見つけた「ドローイン」という呼吸法
スポーツトレーナーとひと言で言っても、いろいろな資格やアプローチの仕方があり、幅も広いため、しものさんは自らの目で見て、体験し、自身がケアを受けたカイロプラクティックについて学ぶことにします。
「そのとき23歳でどこか焦っていたんですよね。すぐに独立開業しようと思っていて、夜はカイロの学校に通いながら、昼は整骨院や整形外科のリハビリで働かせてもらい、現場のことを勉強しました」
このとき、専門知識を豊富に持っている理学療法士や優れた手技を持つ柔道整復師に出会い、そのすごさを目の当たりにします。
「スポーツトレーナーとしてやっていくにあたって、周りから理学療法士や柔道整復師の資格を取ったほうがいいと言われたのですが、僕としては、同じことをするのではなく、それとは違う僕にしかできないアプローチやプログラムで人を支えたいと思いました。むしろ、優秀な理学療法士や柔道整復師はたくさんいるので、彼らと一緒にチームを組んで何かできないだろうかと考えていました。しかし、医療現場の壁は高くてそう簡単にはいきませんでした」
カイロの学校を卒業する少し前に独立開業。チラシを1万枚刷り、簡易ベッドを持って訪問で施術を行い、その売上は自身の成長のためとヨガやピラティスをはじめあらゆる運動療法の学びのために費やしました。
たくさんの学びを深めていく中、しものさんは「ドローイン」という呼吸法に着目します。
「腰痛に効果があると言われているもので、腹横筋、最近はインナーマッスルと呼ばれていますが、この腹横筋を鍛える呼吸法です。文献を読み、自分でも実践してみて、これをフィットネスに応用できないかと考えました」
「インパクトがあればね…」。生徒さんの言葉がきっかけで生まれた「あへあほ体操」
スポーツ選手だけでなく、高齢者をはじめ地域の人たちに運動指導なども行っていたしものさんは、ドローインをベースにした自分なりの体操を伝えはじめます。リハビリとフィットネスの両方の効果を得られるこれは評判となり、しものさんも手応えを感じるようになります。
「あるとき、生徒さんから『しものさんのこれは効果が出る。でも、忘れちゃうから何かインパクトがあればね…』と言われたんです。ずっとロジカルなことに目が向いていましたが、楽しく続けられるものを求められているんだと分かり、インパクトに残るものを考えようと思ったんです。それで、声を出したらいいんじゃないかなと…」
ア行から順番に声を出して実験していく中、ハ行の発声の持つ力に気付きます。
「日本人って、ハ行を使うときにお腹、おへその下辺りの丹田に自然と力が入るんです。空手や武道で『ハッ』と言ったり、ドラゴンボールのかめはめ波とかね(笑)。それで、ハ行の発声を使って、インパクトのあるものと考えた結果、生まれたのが『あへあほ』です」
独立開業してから2年経った2007年、しものさんがちょうど27歳のときでした。
後日談ですが、「あ」の音を頭に持ってきたのは「大正解でしたね」とある医学博士に言われたことがあるそう。「あ」は緊張の音で、発することで交感神経を優位にさせるとのこと。逆にハ行の音は息を吐き出すことで副交感神経を優位に。結果として、「あへあほ」と声を出して繰り返すことで、交感神経と副交感神経が交互にバランスよく働き、心身ともに健やかにいられると分かります。
少しずつ認知され、教室も生徒も増えたもののコロナでピンチに…
こうして誕生した「あへあほ体操」ですが、最初は「ふざけている」という批判も多々あったそう。過去には、公共の施設を借りて教室を開く際、教室名に「あへあほ」を使うのはNGと言われたこともあったと言います。
「それでもとにかくこの体操はたくさんの人の健康を支えるものになると確信していたので、まずは認知してもらうことが大事だと思って、いろいろなイベントに出たり、お笑いライブの前座をやったり、たくさんの人が集まるところで体操をさせてもらいました」
次第にメディアなどでも取り上げられるようになり、2011年には認定インストラクターの養成もスタートし、「あへあほ体操」の教室展開も進めていきます。
大きな転機となったのが、2016年に取材を受けたテレビ朝日の「羽鳥慎一モーニングショー」でした。この放送によって、一気にその知名度が全国区となり、同年には主婦の友社から書籍「お腹が凹む あへあほ体操」を出版します。
「教室の数も100クラス、認定インストラクターが40名を超えたのですが、そんな矢先、コロナの感染拡大が広がり、リアルで教室を開くことができなくなってしまいました」
3年ほど危機が続いたと話しますが、そんなことでめげるしものさんではありません。オンライン教室を開いて生徒さんたちをサポートし、医療機関との連携を強化するなど、積極的に活動を続けてきました。
「コロナ禍に、『あへあほ体操』の組織をもっと強くしていかなければと思いました。ふざけていると言われながらも、これまで信念を持って、地に足をつけて続けてきましたが、さらにしっかりした組織として展開していかなければならないと思いました。それから、そのためにもエビデンスなどアカデミックな面からも『あへあほ体操』を確立していきたいと思いました」
人との縁を大事にしてきたことで訪れたチャンス。次はアカデミックなステージへ
これまでも人との繋がりを大事にしてきたしものさん。「自分一人でここまでやってきたとは思っていませんし、周りの人たちの支えがあってやってくることができたと思っています」と話します。しものさんの健康への思い、「あへあほ体操」のこれまでの実績、成果を知った人たちがしものさんの活動をサポートしてきましたが、人の縁が次の縁を結び、新しいステージへしものさんを引き上げることになります。
「2007年に『あへあほ体操』を始めたときからノートに自分の目標を書き続けてきたのですが、その中に『大学との共同研究』『学会発表』という文言を書いていたんです。これまで専門資格を持っていない自分に医療業界の壁は高いと思っていましたが、理学療法士の大野さんが黒澤さんとご縁を繋いでくださったことで、夢だった共同研究のプロジェクトが動き始めたんです」
大野さんとは、公益社団法人北海道理学療法士会理事、訪問リハビリテーション連絡会代表などを務め、自費訪問リハビリサービスを提供するフィールドクルーズ代表の大野大地さんのこと。札幌リハビリテーション専門学校で教鞭も取っていた大野さんが、「あへあほ体操」のインナーマッスルへの効率的の良い効果に着目し、自身の授業にしものさんを特別講師として招きます。それがきっかけとなり、同学校の理学療法士科・学科長である黒澤祝さんとも繋がりが生まれます。
黒澤さんも「あへあほ体操」によるインナーマッスルへの働きかけが代謝機能を高め、病気やケガの予防、リハビリや介護予防にも効果的と高く評価。「これをぜひ学術的に確立していきたい」となり、まずは3人でタッグを組んでプロジェクトを立ち上げることに。さらに黒澤さんが札幌リハビリテーション専門学校の理事長に共同研究の提案を行うと、「それはぜひ!」となり、話がトントン拍子で進みました。現在は、保健科学博士の片岡義明さんもチームに加わり、学生らの協力も得て、11月に行われる日本予防理学療法学会での発表に向けて準備が進められています。
「理学療法士など国家資格を持っているわけでもなく、大学などの研究機関にいるわけでもない自分が学会で発表できるというのは、本当に皆さんのサポートがあるからこそ。昔、いろいろな専門家たちとみんなでチームとなってたくさんの人の健康を支えたいと考えたことがありましたが、当時は目の前に壁がそびえていて実現できませんでした。でも、時代を経て、肩書きや所属、資格に関係なく、ワクワクした同じ気持ちの人たちが集まってチームで課題に取り組めるようになったのがうれしいです」
しものさんが未来に描く大きな夢は、「僕が生きている間に、ヨガやピラティス、太極拳のように歴史のある健康法と同じように『あへあほ体操』が名を連ね、世界中の人に知ってもらうこと」と最後に語ってくれました。