北海道札幌市の市街地から車で1時間足らずの定山渓温泉。数あるホテルの中でも、口コミや専門誌で高評価を獲得しているのが、「定山渓温泉 鶴雅リゾートスパ 森の謌(うた)」です。2010年に、「豊かな森の物語」というテーマでオープン。国内はもちろん、海外からも数多くの人が訪れる人気の高いリゾートホテルとして知られています。今回は同ホテルへおじゃまし、副支配人やスタッフの方たちに働く側からの話を伺いました。
鶴雅グループのホテルが評価されるのは、しっかりしたブランディングによるもの
札幌から車で国道230号を走り、温泉街エリアに入って左手の山側に立つのが「定山渓温泉 鶴雅リゾートスパ 森の謌(うた)」です。彫刻作品などが飾られたエントランスから中に入ると、開放的なロビーに設えられた大きな暖炉と緑のカーペットが目に入ります。暖炉の周りにある鉄製のオブジェはまるで大きな木のようです。
さらによく見ると、その横には天井から細い水がキラキラと輝きながら降り注いでいます。火、水、木、大地と、ロビーで森全体の循環を表現しているそう。このようなストーリー性を大事にしているのは、全道各地でホテル事業を展開している鶴雅リゾートの特徴とも言えます。
取材陣を出迎えてくれたのは、副支配人を務める中島敏裕さん。さまざまなところから取材のオファーが連日入っているそうで、それだけでも各界から注目されているホテルであることが分かります。
「ここももちろんですが、鶴雅グループのホテルはどこもブランディングを徹底しています。そこに対する意識の高さはすごくあると思います。同業他社との大きな差があるとすればそこかもしれません。館内の装飾デザインや調度品はもちろん、レストランの皿までも基本的にすべて特注。お客さまに見えるところだけでなく、見えない部分まで徹底したこだわりを貫いています」
そう話す中島さん自身は、鶴雅グループに入って11年目。その前はニセコの観光協会やオーストラリア、香港などで観光の仕事に就いていたそう。各地のいろいろなホテルを見てきた中島さんは、「客観的に見ても、しっかりしたブランディングがホテルの魅力になっていると思います」と話します。
入社したときから森の謌に勤務している中島さん、なんと入社時はパート社員だったそう。
「これは鶴雅グループのいいところだと僕は思っているのですが、各ホテルの支配人や副支配人など幹部クラスは、現場からのたたき上げが多いんです。現場のことをよく分かっている人間が上に立つことで、うまく現場をまとめ、まわすことができるんですよね」
現在は副支配人としてホテルを取り仕切っている中島さんですが、普段から心がけているのは、「仕事ができる人、スピードの速い人がいやすい環境を整えること」と話します。
「ホテルの仕事は生産性を重視する部分もあります。スピードが速いというのは、作業が速いのもありますが、接客スキルを覚える速さなども含めた速さです。速い人というのは、成長速度が速いのもありますし、周りにもいい刺激や影響を与えます。そういうタイプに引っ張られて、全体の質が上がるとも考えています。だから、そういう人が働きやすい環境を作ることを意識しています」
スタッフのマルチタスク化や課題解決の速さなどで過去最高の売上を記録
人材育成にも力を入れており、入社後はいくつかの配属先を経験してもらうようにしていると中島さん。鶴雅グループ自体もマルチタスク化を推進していると話します。
「フロントがやりたいとかレストランがやりたいとか、希望はもちろん聞きますが、1カ所だけでなくいろいろなところを体験してほしいと話しています。それぞれの現場を知ることで、いざというときにヘルプも可能になりますし、知っていることで連携がスムーズにいくこともあるので」
これはスタッフ間の風通しの良さやチームワークの良さにも繋がっているようです。
「大変なこと、つらいことを一緒にやっていると、お互いに助け合うようになるし、助け合うことで自然と仲間意識も芽生えるんですよね。それがチームワークになるんでしょうね」
森の謌は離職率の低さも特徴。風通しの良さをはじめ、働きやすい環境が整っているからなのでしょう。中島さんも「現場で困っていることがあればすぐに改善するように動いています。困りごとを溜めないようにすることが大事」と、常に労働環境を意識していると言います。いわゆる働き方改革にも力を入れ、有休を取りやすいようにし、残業も大きく減らすなど、従来のホテル業界にありがちなイメージを積極的に払拭してきました。
働きやすい環境が整っていれば、スタッフにも余裕が生まれ、結果としてより良いサービスをお客さまに提供できるのでしょう。さらにチームワークの良さはホテルが醸し出す雰囲気の良さにも密接と関係しているはず。それを証明しているのが、昨年の売上です。
「昨年、過去最高の売上を記録しました。しかも、過去最低のスタッフの数で(笑)。さらに、スタッフの残業も減っているんですよ。おまけに、メディアによる調査では例年と同じく高評価をいただいています。これって、スタッフ一人ひとりの能力が伸び、生産性がすごくアップしたということなんですよね」
すでに昨年を上回るだけの予約が入っているそうで、売上の記録更新は確実。むしろ問題は、高騰している光熱費や食材費だと中島さんは苦笑します。
コロナのせいで、どこのホテルも大打撃を受けたというのは周知の事実。中島さんも森の謌でコロナ禍を経験しているということだったので、大変でしたかと尋ねると、「コロナのおかげで館内の改修工事ができたので、実はかえって良かった」と意外な回答。ちょうどオープンから10年ほど経っており、お客さまから建物の老朽化を指摘されることが増えていたそう。
「常に満室だったため、直したくても直せないところがたくさんあったので、ここぞとばかりに一気に直しにかかりました。それでもまだ直さなければならないところはあるのですが…」と苦笑します。
「ホテル業界の仕事は中身が濃い」と言う中島さん。接遇や言葉使いなどをマスターするのはもちろんのこと、例えば、レストランスタッフは、食材のこと、食事マナーのこと、アレルギーのこと、和洋中あらゆる食事のこと、ワインのことなどを学ばなければならないし、フロントやブッキングスタッフはエージェントのこと、周辺の観光のこと、交通アクセスのことなども学ばなければなりません。バーのスタッフなら、お酒やカクテルの種類やうんちくも知らなければなりません。中島さん自身も「今もまだまだ日々学ぶことが多くあります」と話し、「毎日が濃い分、面白いし、充実しています」と続けます。
これからのことを伺うと、「売上の記録は更新していきたいし、さらに高い評価をいただけるように上を目指したいですね。そして、人材育成にもっと力を入れていきたいと考えています。鶴雅グループとして今後も新しいホテルを作っていく予定なので、そこで活躍できるような人材を森の謌でも育成していきたいですね」と話してくれました。
レストランで活躍。日本人スタッフと共に頑張るミャンマー人スタッフ
次に実際に森の謌で働くスタッフ2人に話を伺うことに。1人目は、ミャンマーから来たというニン イ カインさんです。2023年の6月から森の謌に勤務し、今はレストランスタッフとして活躍しています。
家族の生活を支えるために日本で働きたいという強い意志で来日したカインさん。ミャンマーで日本語やホテルサービスについて学び、10人の仲間たちと一緒に森の謌へ。「雪が見たくて、北海道のホテルで働きたいと思っていました」とニッコリ。
森の謌を初めて訪れたときは新緑の季節で、「緑が豊かで静かで窓から見える景色がとても美しかった」と振り返ります。そして、念願の雪を初めて見たときは「とても感動しました。でも、すごく寒かった」と笑います。
2シーズン目に入ってすっかり北国の暮らしにも慣れたというカインさんですが、日本に来て驚いたことや困惑したことなどはなかったのか尋ねると、「ある程度ミャンマーで勉強してきたから驚くことは何もなかった」と話します。
今は近くにある寮で暮らし、日本人スタッフとも仲良くしているそう。
「一緒にご飯を作ることもあります。私たちがミャンマー料理を振舞って、日本人の人たちがカレーなど日本の家庭料理を作ってくれることも。ほかにも日本についていろいろ教えてくれるし、ここの人たちはみんなやさしい」と話します。
休みの日にはバスに乗って札幌の市街地まで買い物に出かけたり、ミャンマーの家族と電話で話したりするそう。日本に来てから初めて温泉にも入ったと話し、「最初はみんな裸で入るのが恥ずかしかったけれど、今は温泉大好きです」と言います。
仕事について尋ねると、「お客さんがいっぱいの日は大変だけど、『ありがとう』と言ってもらえたり、褒められたりするとうれしいです。あと、『いいホテルですね』と言ってもらえるととってもうれしい」と顔をほころばせます。また、困ったことがあればすぐに日本人スタッフがサポートもしてくれるのでありがたいとも話します。
これからのことを尋ねると、「森の謌が好きなのでここで頑張って仕事をしていきたいです。いつかは調理のヘルプやフロントなど違う仕事にも挑戦してみたいです。そのために日本語ももっと上手に使えるように勉強もしていきます」と意気込みを話してくれました。
常に笑顔のフロントスタッフ。アットホームな職場だけど、みんなプロ意識は高い
もう1人は、フロントスタッフの多田実千さん。大学卒業後、新卒で鶴雅グループに入社し、森の謌に勤務しています。ホテル業界へ入るきっかけを尋ねると、「最初からホテル業界に進もうと決めていたわけではないんです。就活に前向きではなかった私を見かねて、親がこれまでの経験を生かしてホテル業界とかどう?と言ってくれたのがきっかけなんです」と話します。
これまでの経験というのは、大学時代のアルバイトの数々。飲食業、ライブ会場の物販やイベント会場の入場整理、コールセンターなど、人と接したり、対話したりするアルバイトをたくさん経験してきたそう。
「いくつかの合同説明会に参加して、いろいろなホテルや観光系の会社の話を聞いたのですがどこも惹かれるところがなく…。たまたま鶴雅グループのブースがあって話を聞いたら、会社のアットホームな雰囲気が伝わってきて、ここなら働きたいと思ったんです。北海道に根付いた道産企業という点も親近感を感じて、惹かれるものがありました」
入社してすぐにフロントに配属されますが、しばらくするとレストランへ。そして再びフロントに。「フロントもレストランも仕事内容は大きく違うのですが、それぞれに楽しい部分と大変な部分があって、どちらもとても勉強になります」と話します。
日々、たくさんのお客さまたちと接していて「リピーターの方がとても多く、特に道民の方に愛されている企業なのだなと感じることがよくあります」と多田さん。道内各地の鶴雅グループのホテルを回って宿泊しているというお客さまがとても多いと言います。
多くのリピーターに支持される理由の一つでもあると思われるのが、フロントでチェックインを担当したスタッフが部屋までお客さまを案内するという鶴雅グループのシステム。近年は、チェックインしたあとにスタッフが部屋まで案内してくれるホテルは稀です。
「お部屋にご案内するまでの間、お客さまから定山渓の見どころなどを聞かれることも多く、短い時間ですが、会話をすることで旅のはじまりのワクワクした気持ちを持っていただけたり、あるいは案内されているという特別感を感じていただけたりしているのかなと思います。私自身も、お客さまといろいろなお話をするのが楽しいですし、もともとコミュニケーション力はあるほうだと思うのですが、会社に入ってからコミュ力がさらにアップしたと思います。だから、うちのフロントスタッフはコミュ力高い人ばかりですよ(笑)」
お客さまからの質問に答えられるよう、休みの日には実際に同僚たちと定山渓の見どころを回ったり、アクティビティを体験したりもしているそう。
「同期も先輩もみんな仲がいいんですよ。一緒に出掛けたり、遊んだりもします。最近の定山渓はおしゃれなカフェなども増えたので、札幌の人に日帰りで遊びに来てもらうのにもちょうどいいと思います。季節ごとにいろいろなイベントもやっていますし。お客さまにいつも私が薦めるのは、夜空の星。山の中で空気が澄んでいるから、とにかく星空がキレイなんですよ」
普段仕事で心がけているのは、「気持ちを常に安定させること」と話す多田さん。「先輩たちを見ていると本当に勉強になります。ネガティブにならないように気持ちをコントロールして、お客さまに笑顔で接客している姿はすごいと思います」と続けます。
「私は、まず自分のために仕事をしているんだと思うようにしています。自分のためと思ったら、自然と笑顔になれるし、結果としてお客さまに笑顔で接することができるので」と自分なりのやり方を編み出したそう。
話を聞いていると頑張り屋さんのように思える多田さん。それを象徴しているエピソードがネームバッチについているアメリカの国旗です。
「これは、英語が話せますよというサインです。韓国語が話せる人は韓国の国旗が、中国語が話せる人は中国の国旗が付いています。私、入社したときに英語が全然できなくて、できなくてもなんとかなったんですけど、周りの人たちがみんな話せるので、自分も話せるようになろう!と思って、すごく勉強したんです」
その努力が認められて、2024年秋に人事からアメリカ国旗の付いたネームプレートをもらったそう。
そんな多田さんが仕事をしていてやりがいを感じるのは、「アンケートに『また来年来ます』とか『ここに泊まって本当に良かった』とか書いてあるのを見たとき」なのだそう。「まして自分がフロントで対応したお客さまだったらなおさらうれしいですね」と話します。
「これからはもっと視野を広げて、それを仕事でも生かしていきたいです。英会話も海外のお客さまがたくさんいらっしゃって、せっかく会話できる機会があるのだし、スキルアップしたいです」と最後に語ってくれました。
笑いが絶えなかった撮影時、アットホームな職場であることが伝わってきました。ただしそれは決して馴れ合いのアットホームさではなく、プロのホテルマンとして高い意識を持ち、お互いに切磋琢磨し、それを応援しあえるような風通しの良さからくる雰囲気の良さなのだろうなと感じました。
中島さんは「料理、温泉、そして定山渓という立地の良さが高評価につながっている要因」と謙遜気味に話していましたが、それだけでリピーターは増えませんし、客室が満室になることもありません。そこに、スタッフの心づくしのサービスがあるからこその高評価なのです。スタッフの努力がきちんとサービスに現れ、それがお客さまにもしっかり伝わっているのでしょう。