今年5月、札幌駅そばにこれまでにない新しいインキュベーション施設「Deep Tech CORE SAPPORO」がオープンしました。ビルのワンフロアを使った施設内には、コワーキングスペース、レンタルオフィス、道内初の大型LEDビジョンを使用したXRスタジオ、デジタル系モノづくりに欠かせない最先端のデバイスや各種機器がそろっているラボが入っています。ここを運営しているのは、デジタルサイネージの製造販売やコンテンツ制作、AIのシステム開発、アプリ開発などを行っている札幌の会社、ネッドドア株式会社(NETDOOR Inc.)。今回は、「Deep Tech CORE」の施設を案内してもらい、同社代表取締役CEOの藤田知直さんに会社のことやこの施設について話を伺いました。施設を見学し、技術の進歩の凄さに驚くとともに、この場所から札幌を代表するようなスタートアップ企業が生まれたり、新しい技術やサービス、社会を変えるようなプロジェクトが誕生したりするかもしれないと、ワクワクした時間となりました。
札幌に新たに誕生したインキュベーション施設「Deep Tech CORE SAPPORO」
JR札幌駅から徒歩2分のところにあるJR55ビル。この8階に「Deep Tech CORE SAPPORO」があります。施設を統括しているインキュベーション事業部部長の梶原一郎さんの案内で、まずは施設見学をさせてもらうことに。
外からの光が遮断されたエントランスに足を踏み入れると、まず目に飛び込んでくるのが、映像が流れている自動ドアビジョン。美しい映像が次々と自動ドアに映し出され、不思議で近未来的な感覚に陥ります。
「これは協業先の自動ドアメーカーと弊社の共同開発商品なのですが、日本初の透過型LEDの自動ドアビジョンです。自動ドアの内側に厚さ2mmのLEDビジョンを貼り付けています。自動ドアだけでなく、窓などでも使用が可能です」
自動ドアや窓を使った空間演出はもちろん、ここに広告を流すなどマネタイズも可能に。多くの人が知っている場所でいえば、東京赤坂にある「PLAZA」にも導入されているそうです。
データ収集など実証実験の場としても活用できるコワーキングスペース
自動ドアビジョンから中に入ると、そこがコワーキングスペース。広々とした空間にはテーブルやカウンター、仕切られたブースなどが設置されています。奥には会議室もあります。天井が大きな網目状になっており、どこか無機質な印象を受けます。
「実はこの天井にも意味があるんです」と梶原さん。天井にAIカメラや赤外線センサーなどを自由に取り付けることができるよう網目になっており、ここを利用する人たちの行動データなどを取ることを可能にしています。
「データを集めるにはいろいろ許可取りなどが必要となるのですが、ここであれば入居いただいた時点である程度のことはすべてクリアできるので、その分の手間は省けます。もちろん個人が特定できないようにするなどの設定も行います。すでに、大学から研究のためのデータ収集をここで行いたいという依頼もきています」
コワーキングスペースでありながら、あらゆる実証実験の場として活用できるのが一般的なコワーキングスペースとの大きな違いなのだそう。
奥のほうへ行くと、床と壁の3面にLEDビジョンが設置されている空間があります。これは「裸眼3D」と呼ばれ、VRゴーグルや3Dメガネを付けずとも立体的に映像を見られるというもの。投影型ではないので、余計な影が映像に映ることもなく、LEDビジョンに映し出された映像の中に自分が入り込んでいる感覚を味わえます。バーチャルミュージアムやバーチャル観光ツアーなどへの活用も期待されているそう。
「この裸眼3Dはもちろん、AIサイネージなど、あらゆる最先端デバイスを開発している会社なので、こうした実機をここにも置いています。ぜひ、これらを使ってクリエイティブな制作をはじめ、デバイスとセンサー類を融合させた新たな開発などを行ってもらいたいと考えています」
モノづくり、開発に欠かせない最先端の設備がそろっているデジタルラボ
次に案内してもらったのは、デジタルラボと呼ばれるスペース。ここには大型の3Dプリンターやレーザーカッターといった設備のほか、各種カメラにドローンやMRグラス、VRゴーグル、さらにはロボット工学で使うスマートロボット、ロボットアームなどが置かれています。AI系の開発に欠かせないものやクリエイターの創作に必要なものがそろっており、まさにラボという印象。検証用の各種スマホやタブレットまで用意されています。
「アイデアを形にしていくために必要なものを取り揃えています。MRやVRの開発はもちろん、各種センサー類からビーコン、Android基盤などもそろっているのでIoT機器の開発も可能ですし、次世代のエンジニア、クリエイターの方たち、スタートアップを考えている人たちにぜひ活用してもらいたいです」
さらに、法人登記も行えるレンタルオフィスもあり、1~4名が利用できる部屋を用意。レンタルオフィスを契約すると、コワーキングスペースの利用も可能だそう。レンタルオフィスには、エンジニアやクリエイターが多いであろうということで、PAXTONの「仕事用ゲーミングチェア」を導入しています。
コワーキングスペースやレンタルオフィスは会員登録が必要。会員になると、デジタルラボやNETDOORの最先端デバイスなどを無料で使えるそう(一部有料)。
これから需要が高まるXR。道内初の本格XRスタジオも完備
そして、最後に道内初という大型LEDビジョンを使用したXRスタジオを案内してもらいました。XR(クロスリアリティ)とは現実の物理空間と仮想空間を融合させて新しい体験を創造する技術で、ARやVRなどの先端技術の包括的な総称を指します。コワーキングスペースで見せてもらった裸眼3DもXRです。
XRスタジオには、床、壁の4面にLEDビジョンが設置されています。この中に入って撮影などもできるそう。
「最近は世界中のテレビ局などでこのスタジオを導入するところが増えました。セットを組み替える必要がなく、背景を変えればいいだけなので」
XRスタジオはハリウッドでも映画撮影のために導入しているとのこと。これまで、あとから背景を組み合わせるグリーンバック合成で撮影していたものが、最先端のXRを導入すると最初から背景がある状態で撮影可能に。周波数を合わせることで、モアレの心配も不要になるそうです。
実際、取材スタッフもこのXRスタジオのLEDの中に立たせてもらいました。森林の中を流れる小川の音も入っている動画を流してもらいましたが、本当に森林浴をしているような気分に。技術がどんどん進歩しているのを実感しました。
デジタルソリューションをワンストップで提供している会社・NETDOOR
Deep Tech COREの施設内をすべて見せていただいたあと、ここを運営するNETDOORの代表取締役CEO・藤田知直さんに話を伺いました。
NETDOORは今期6期目を迎えたところ。藤田代表はもともと東京でWEBデザインや映像コンテンツのディレクションの仕事をしていたそう。7年ほど前、AIとデジタルサイネージの相性がいいところに着目し、ハードウェア、ソフトウェアの各分野のプロフェッショナル4名で、NETDOORを設立。デジタルサイネージの開発製造からシステム開発、コンテンツ制作までワンストップで提供してきました。
「いわゆるデジタルソリューションと呼ばれるものをワンストップでやれるところは意外と少ないこともあり、お客さまからあらゆる相談を受け、新たなものをいろいろ開発提供してきました。企業理念である『価値創造』に重きを置いて、ハード・ソフトを融合させたプラットフォームを構築し、社会と生活者のハブとして新たな価値を作り出していく会社でありたいと考えています」
これまで取り組んできた事業としては、カメラやセンサーをつけたデジタルサイネージにAIを組み込んだAIサイネージ、決済まで可能にしたモバイルオーダーのプラットフォームなど。パートナー企業各社と共にスマートシティ分野の事業にも携わっています。
さらに今後需要が高まると話すのがXR領域。コワーキングスペースで見せてもらった「裸眼3D」は「XR BOX」として商標も取得しているそう。
「XR BOXを用いることで、ほかでは体験できない、そこに行かなければできない驚きや感動を作り上げることもできます。たとえば、これまで手掛けてきたものの中でいえば、JR博多駅の3D空間演出などがあります。うちは、ハード面だけでなくソフトやシステムも得意なので、演出なども行えるのです」
「Deep Tech CORE」は大人の砂場。札幌発のイノベーションをここから創出
このように創業から飛躍を続けているNETDOOR が、地域全体でイノベーションに取り組もうと作ったのが、このインキュベーション施設「Deep Tech CORE」です。今年の「NoMaps」(札幌市が行うクリエイティブな発想や技術によって、次の社会・未来を創る人のためのプロジェクト)の会場としても使用されました。
「ここは民間で初めてインキュベーションの補助金(地域の中核大学等のインキュベーション・産学融合拠点)がおりた施設なんです。子どもたちが公園の砂場でいろいろものを作って試行錯誤するように、スタートアップ企業やフリーランスで活動している人たちが集まり、新しいモノを創出していける大人の砂場でありたいと考えています。また、開発したものを事業化させる際のサポート、スタートアップのサポートもここで行いたいと思っています。開発サポートはもちろん、知的財産に関すること、資金調達のことなども含めてサポートしていけたらと思います」
XR 領域に関しても、「世界的に需要が増えるのは確実。XRといえば札幌だねと言われるよう、ここがその拠点になれればと思います」と藤田代表。そのためにもこの施設をたくさんのエンジニアやクリエイターにどんどん活用してもらいたいと話します。「会社としても、XR×インタラクティブ、AI×クリエイティブ、XR×メタバースなど、新しい組み合わせによる価値創造をこの場所から展開していけたらと思います」。
NETDOORは、グローバルな活躍が期待される有望なスタートアップとして「J-Startup HOKKIDO」の認定企業に選ばれているほか、「北大発認定スタートアップ企業」にも選ばれています。さらに、札幌の経済をリードする高い意欲と可能性を有する中小企業「NEXT LEADING 企業」にも認定されています。これからますますの飛躍が期待される企業なのです。
同社が掲げるミッションの中には「ハード・ソフト・クリエイティブの全てを開発できる環境を構築。地域全体でイノベーションを行う」とあります。まさに、Deep Tech COREはそれを体現した施設。この場所から、ミッションにある「世の中をもっと便利に、世の中をもっと笑顔に」してくれる技術やサービスがたくさん創出されるのが楽しみです。