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これからを支える次世代ストーリー

札幌でコーヒーとともに再スタートした大学生のこれまでとこれから

2026.3.16

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札幌市民がゆっくりと動きはじめる土曜日の午前中。賑やかな中心部から少し離れた一角に、ふわりと香ばしいコーヒー豆の香りがただよう場所があります。
待ち合わせ場所のカウンター越しに穏やかな笑顔で迎えてくれたのは、北海学園大学4年生の森 知磨さん。森さんは現在、大学に通いながら、週末を中心に「間借りカフェ」を学生数名で共同運営しています。時には店舗を持たない「出張型・移動式カフェ」の出展もおこなっています。丁寧にハンドドリップをするその手つきは、「学生アルバイト」のそれとは違う、どこか職人のような落ち着きさえ感じさせます。

「実は僕、大学を休学して、山形県で地域おこし協力隊をやっていたんです」

なぜ、北海道で育った彼が山形へ渡ったのか。そこで何を学び、今なぜ札幌でコーヒーを淹れているのか。間借りカフェを運営する現在までの道のりをうかがいました。

自転車が広げてくれた世界と、山形との出会い

生まれも育ちも北海道恵庭(えにわ)市。 札幌市と新千歳空港のちょうど中間に位置するこの街は、北海道内でも有数の「住み心地の良さ」で知られています。快速電車に乗れば札幌駅まで約25分、新千歳空港へも15分ほど。都会の利便性を享受しながら、一歩路地に入れば豊かな緑と、ガーデニングの町らしい色鮮やかな花々が溢れる場所です。そんな穏やかで、利便性の良い環境で森さんは育ちました。

こちらが森 知磨さんです。

「高校生までずっと恵庭で生活していました。大学の進学先も札幌圏内を希望していたので、北海道から離れるイメージなんて、当時はこれっぽっちもありませんでした」

高校の先生から「大学は友だち・コミュニティが増える。授業も興味がある内容を選べるし、サークル活動の選択肢もたくさんあって、高校とは違った楽しさがある」と聞き、新たな世界に胸を踊らせながら、いざ入学。しかし、聞いていた話とは違い、思ったようにコミュニティが広がらず、授業を受けていてもどこか物足りない日々が続きました。

「だからこそ、学外の活動に居場所を求めていた部分はあるかもしれません」

森さんの物足りない日々を埋めてくれたのは、高校時代から趣味だったロードバイクでのサイクリングでした。サイクリング部に入ると、その活動はさらに熱を帯びていきます。長期休暇になれば、重さ数キロ〜数十キロにおよぶキャンプ道具を自転車に積み込んで1週間かけて道内をまわったり、ある時は、津軽海峡を渡って青森から宮城まで東北を縦断する旅をしたことも。

「雨に打たれながら走ったり、知らない町で出会った人と話したり、ここでしか見られない景色があったり、単純に楽しかったんです」

そんな自転車旅を通して「まだ見ぬ場所」への好奇心をじわじわと広げていた森さんに、人生の転換点が訪れたのは大学3年生の後半でした。

受講したのは観光経済論の授業。観光を入口に地域のコミュニティをつくり、経済をまわしていくという内容です。講師の山崎先生が語ったのは、山形県長井市という、当時の森さんにとっては地図のどこにあるかもわからない小さな街の話でした。「山崎先生からは『学生でも興味があれば遊びに来ていいよ』と言ってもらっていたけど、その場に行って自分に何ができるのかとか全くイメージがわかなくて。なんとなくおもしろそうな話だな〜くらいに軽く捉えていました」と森さんはいいます。

そんな中、大学4年生の春休み中に森さんの負けず嫌いな性格に火をつける出来事が起こりました。

「ふとSNSを見たら、同じ授業を受けた仲の良い友人が山形に行っているのを見て。それを見た瞬間、『うわ、出し抜かれた!』と思ったんです(笑)。彼が先に行っているなら自分が行かないわけにはいかないなって。その日のうちに航空券を予約して、2週間後には自転車と一緒に山形へ飛んでいました。昔から負けず嫌いなところがあったんです(笑)」

その場で飛行機を予約した、という話から森さんが対抗心を沸々と燃やしていたことがうかがえます。友人の行動により、軽い好奇心止まりだった気持ちを突き動かされた森さん。それまでコツコツと取り組んでいた就職活動は一時ストップ。この時期に就職活動をストップすることはかなり勇気が必要な行動だと思いますが、当時の森さんは「とにかくまず長井市に行ってみよう!」という気持ちだけだったそう。こうして、森さんは誰もが驚く決断を下し、山形に足を運ぶことになりました。

休学と移住、地域おこし協力隊になる決断

山形県の南部に位置する長井市は、最上川の上流に位置しています。かつて最上川舟運の終着港として栄えた歴史ある場所で、一言でいえば「水と緑と花のまち」。外を歩けば、いたる所に水路が走り、今もなお江戸時代からの面影がある古い蔵や商家の建物が残っています。全国的に有名な花のスポットも点在していて、あたたかくなると観光客の来訪が増える場所。北海道の直線的で広大な景観とは対照的な、時の流れが積み重なった重厚な美しさがある街です。

最初は「自転車を持って遊びにきただけ」という感覚だった森さん。ですが、地域のお祭に参加した時に「また遊びにおいでよ」と声をかけてもらったり、仲良くなった人から「こんな仕事をしてる人もいるんだよ」と新しい人を紹介してもらったり、一緒に作業した農家さんから「これ持って帰りな〜」と野菜をもらったり、そうしているうちに気がつけば1年間で計5回も長井市へ通っていたそう。

「ちょうどその頃、長井市に訪れる人と市民が集まったり交流できるような『拠点づくり』の話が進んでいて、ゲストハウス運営に関する話題もあがっていたんです。北海道から通うだけじゃなくて、ここに住んで、この場所が形になるまでしっかり関わりたいと思うようになりました」

その想いは、大学を休学し、住民票を移して「地域おこし協力隊」になるという決断へと繋がります。 学校側からも「こんなケースははじめてだ」と、とても驚かれたといいます。この森さんの行動に驚きを隠せなかったのは、学校側だけではありません。

「両親は当然、いい顔をしませんでした。それはそうですよね。せっかく大学に入って残り数カ月というタイミングで休学するなんて(笑)卒業してから山形に行っても決して遅くはないわけですから。でも、『新卒というカードを残したまま、社会経験を積んだ上で就活ができる。これはアドバンテージを得るチャンスなんだ』と、論理的に説得しました(笑)」

説得に説得を重ねて、なんとかご両親は受け入れてくれたそう。森さんは「自分の中ではそれほど特別な選択ではなかったので抵抗感はありませんでしたね。周りには休学したり留学をしたりする友人も多くいたので」と当時を振り返ります。
休学と移住。この一大決心を下し、森さんは山形県長井市で「地域おこし協力隊」としての活動をスタートすることになります。

地域おこし協力隊として活動していた頃の森さん。
移住者向けのイベントにも参加し、長井市の魅力をアピール!

高校生に届けた「苦くないコーヒー」と経営の難しさ

地域おこし協力隊としては、「関係人口の創出」をテーマに活動していくことになります。関係人口とは、移住した「定住人口」でも観光に来た「交流人口」でもない、地域と多様に関わる人々を指します。頻繁にその地を訪れたり、副業やボランティアとして地域課題の解決に協力したり、ふるさと納税で応援し続けたりする、いわゆる「地域のファン」のこと。人口減少に悩む地方にとっては、地域の活力を維持し、将来的な移住の可能性を秘める大切なキーマンとして着目されています。

森さんは、この「関係人口の創出」のテーマに沿って、ゲストハウス兼カフェの立ち上げを計画します。 しかし、宿泊業の許認可取得の関係でゲストハウスの手続きがうまく進まず、まずはカフェからスタートすることに。そこでコーヒー提供を開始したことが、今の森さんの活動にも繋がっていきます。

山形県長井市でカフェをオープンした時の1枚。このカフェの立ち上げがコーヒーにハマっていくきっかけに。

「コーヒーも最初は趣味程度で、キャンプする時にコンパクトな道具でコーヒーを淹れるのが好きだったことから始まりました。本格的にコーヒーに興味を持ち出したのはこの頃からです。今思い返すと、サイクリングの次にのめり込んだのがコーヒーだったかもしれません」

店舗の場所は高校生が行き交う駅前。放課後になると、近くの高校生たちがたくさん集まる場所です。大切にしていたことは「高校生でも飲めるコーヒー」を提供すること。

「実は僕も最初はコーヒーが苦手だったんです。だからこそ、高校生でも、コーヒーが苦手な人でも飲みやすいコーヒーを作りたかった。苦味が苦手だと感じる子でも『これなら飲める、美味しい』と思ってもらえるような、すっきりしたブレンドを提供することを常に心がけました」

北海道のコーヒーは比較的しっかりとした味わいで苦みを感じるテイスト、一方で関東や関西では、軽やかで飲みやすいコーヒーが多いそう。「コーヒー豆にもトレンドがあるんです。仕入れ先に足を運ぶとトレンドの変化に気づけておもしろいですよ」と教えてくれました。

しかし、2年間の活動中は楽しいことばかりではなかったそう。

「最初は『このまま山形で起業するのもアリかな』と考えていたんです。でも実際は、売上が伸びなかったり、経費を抑える方法を模索したり、責任の重さを感じる中で、自分の『経営センス』や『経験値』の圧倒的な不足を痛感しました。店をスタートした当時のように『コーヒーが苦手な人が飲みやすいコーヒーを淹れたい』という、純粋な気持ちを忘れていたことに気づいたんです。『このままでいいのか?』と、たくさん悩みました。自分一人の力ですべてを回すことは本当に難しいことだし、想いだけでは場所は守れない。一度大学に戻った上できちんと就職して、組織の中で学ぶべきだと考えるようになりました」と、当時を冷静に振り返ります。

このポジティブな挫折こそが、今の森さんの冷静な視点と次のステップへの原動力となりました。

キャンプ用品を入れるために購入したこちらのバッグ。今ではコーヒー道具一式を持ち歩くための大切なアイテムです。

札幌へ戻ってからのコーヒーとの向き合い方

山形での2年間におよぶ地域おこし協力隊としての活動を終え、森さんは再び札幌へと戻ります。まず待っていたのは、数年の空白期間を経て再開する「大学生」としての日常です。

そして、学業と並行して森さんが始めたのが、学生数名で共同運営している「間借りカフェ」。週末を中心に、土日の午前中は陽だまりカフェ(札幌市北区)を営業。月1回は夜カフェとしてNeumond(札幌市北区)でコーヒーや焼き菓子、軽食を提供しています。山形での経験を活かし、引き続き学生も利用しやすい価格帯で提供しています。お客さんが飽きないようにメニューを定期的に入れ替えるなど、工夫をこらしながらの日々。時には店舗を持たない出張型の「休息かふぇ まりもコーヒー」として、イベントに出店することもあります。豆の仕入れは札幌の中央卸売市場へ自ら足を運び、直接お店の方に交渉したそう。

「お店を続けていくためには、こだわりを持ちながらもコストを抑えることが必要不可欠。これは山形にいた頃に僕が痛感したことです。美味しいコーヒーを淹れるためには、自分で選んで納得した豆を使いたい。だけど経費は抑えなきゃいけない。そこでいろいろな卸売業者や焙煎店を調べて実際に足を運びました。検討を重ねる中で『これだ!』と思ったのが、今の仕入れ先のコーヒー豆です。仕入先の方には自分が学生であることを正直に伝え、その上でここの豆を使わせてくださいと直談判しました。学生ながらの考えや取り組む姿勢に理解を示していただき、ありがたいことに今も卸価格で仕入れさせてもらっています」

山形時代との大きな違いは、「コーヒーとの向き合い方」にありました。

「山形にいた時は、地域おこしや場所づくりのツールとしてコーヒーを活用している、という感覚でした。だからというわけではないかもしれませんが、純粋に楽しむ気持ちを忘れてしまう瞬間がありました。でも今は、純粋に自分が美味しいと思うものを飲んでほしい人に届けたいという気持ち。利益を追求したり、経営を続けるためのビジネスではなく、純粋にこの時間を楽しいと感じています」

先日は、札幌のアスティ45にて開催された漁業フェアの会場でコーヒーを提供!用意した豆がすべてなくなるほどの大好評でした!
コーヒーを提供する場は「コミュニティの場」でもあります。

コーヒーを淹れる時間は「休息」そのもの

今の森さんにとって、コーヒーを淹れる時間は「休息」そのものだそう。

「コーヒーをドリップしている時は、どんなに忙しくても、お湯を注いでから落ちきるまでの数分間は待つことしかできないんです。その強制的な『空白』の時間が、頭を整理して一息つくために必要だと感じています。だから、自分にとってコーヒーはずっと『休息』の時間なんです」

そんな森さんに今後の展望をたずねると、少し照れくさそうに明確なビジョンを語ってくれました。

「卒業後は一般企業に就職する予定です。まずは組織の中で揉まれて、山形で足りないと感じたスキルを身につけたい。でも、30代になったら、自分の家に人を招いてコーヒーを振る舞えるような、そんな暮らしが理想です。その頃には自分の家を持っている予定なので(笑)」

休みの日にはカフェにも行くこともしばしば。「お気に入りの一杯」を見つけるために、固定のお店に通うのではなく、いろいろな店舗を巡っているそう。

さらにもう一つの夢が、バンライフ(車中泊生活)で47都道府県を巡ることだそう。

「拠点を一つに決めなくてもいいと思うんです。夏は涼しい北海道を拠点に活動して、冬は暖かい沖縄へ移動する。自転車でどこへでも行けると思っていた頃の感覚のまま、日本中を巡る暮らしをしてみたい。そんな暮らしに憧れます」

では、今の森さんにとって「札幌」はどんな場所なのでしょうか。

「友達がいる家、みたいな感覚ですね。実家のある恵庭も大切だけど、札幌には自分のコミュニティがたくさんあって、自分の活動を応援してくれる人たちがいる。たくさんの仲間がいる親しみのある場所です」と森さんはいいます。

休学、移住、そしてUターン。 時に悩み苦しみながらも、選択したすべての道を謳歌する森さん。そんな森さんが発する言葉には重みがありながらも、常に視野を広く持ち、未来を見据えるポジティブさがありました。森さんのこの視点は、自転車一台でさまざまな土地を巡り、たくさんの人と出会ってコミュニケーションを図る経験によって培われたものなのでしょう。これからも札幌の地で森さんらしく、時にはホッと一息つきながら、夢や目標に向かって歩み続けてくれることを願っています。

森 知磨さん

陽だまりカフェ・Neumond(間借りカフェ)、休息かふぇ まりもコーヒー(出張型カフェ)運営

森 知磨さん

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