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あの「おしゃれな箱」が生まれる場所。モリタ株式会社

2026.3.9

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誰もが「見たことがある!」と言いたくなる、おしゃれなパッケージサンプルが並んでいるのは、札幌市白石区にあるモリタ株式会社の本社兼工場です。モリタ株式会社は、紙箱(紙器)の製造会社で創業は1932年。90年以上にわたり、貼箱や化粧箱を中心としたパッケージの企画・設計から製造までを一貫して行ってきました。今回はモリタの代表取締役社長である近藤篤祐さんと、営業担当の下田傑(たけし)さんにおふたりの今までを始め、現在モリタが進めている海外進出の話やオープンファクトリー計画など、これからについても伺いました。

商品の価値をさらに上げる、モリタの箱づくり

モリタが作るパッケージの最大の特徴は、完全オーダーメイドだということ。例えば「ジュースの瓶を入れる箱を作りたい」という依頼があれば、マーケティング戦略も含め、商品の魅力が伝わるデザインや構造を設計・提案し、製造までを担います。

「製品の価値を伝えるためには、それに見合ったパッケージが必要なんです」と語るのは、代表取締役社長の近藤さんです。

「札幌のパッケージ業界の中では、当社は比較的規模の小さい会社です。材料の加工は機械で行いますが、最後の仕上げ工程は手作業。そのため、一度に大量生産することはできず、コスト面では不利になることもあります。ただ、その分、手間のかかる仕様や、他社では対応しづらい加工もできる。それがうちの強みです」

その強みの一つが、「Vカットボックス」を作る技術です。折り目部分をV字に削ることで、厚み約2mmの板紙を美しく、シャープに成形できる製法で、全国的にも生産できる会社は少ないといいます。仕上げ加工を得意とするモリタならではの技術で、箱でありながら木箱に近い重厚感があります。

▼こちらが、モリタ株式会社 代表取締役の近藤篤祐さん。

創業当初、モリタが手がけていたのは、お中元やお歳暮のギフトボックスが中心でした。しかし、時代の変化とともに、その需要は減少。そんな中、事業が大きく広がるきっかけとなったのが、Vカット製法とアメリカの有名コーヒーブランド「ブルーボトルコーヒー」との仕事です。

「日本に初出店する際、特別感のあるパッケージを探していたところ、うちを見つけて依頼してくれたんです。そこから、首都圏のお客さまからの相談が増えていきました」

現在、モリタが手がけるパッケージは、食品や雑貨、衣類など多岐にわたります。クラフトジン「積丹スピリット」の箱をはじめ、プロスポーツや高校の全国大会の優勝メダルケースなど、意外な場面でもモリタの箱が選ばれています。

また、大阪の製紙メーカーと共同で、「エゾマツクラフト」という紙のプロデュースも行いました。エゾマツの端材を表面に散りばめた厚手の板紙で、ニセコのホテルではアメニティ用パッケージとして採用されています。

▼東京に拠点を置く「Mr.CHEESECAKE」で制作したパッケージ。
▼ニセコ町の「POW BAR」で制作したパッケージ。

さらに海外にも視野を広げ、オランダでのイベント出展を皮切りに、フランスの国際見本市「メゾン・エ・オブジェ」にも出展。展示会では、パッケージだけでなく、Vカット製法を用いた紙製のランプやテープカッター、ティッシュケースなどのプロダクトも発表してきました。

「海外で活躍する企業のパートナーになれるような会社を目指しています。そうなれば、道内だけでなく、道外の企業とも仕事ができる。小さい会社だからこそ、どうすれば仕事を依頼してもらえるかを、常に意識しています」

この快進撃の要因のひとつに、札幌のアートディレクターやクリエイターとダイレクトにつながり、ものづくりの表現力を高めて、自社サイトをしっかりと作り上げたことだと近藤さんは話します。その結果、最近では英語版サイトを通じ、新規問い合わせが海外からも届くようになったそう。

「サイト経由でご依頼をいただくことが多いですね。サイトの制作に力をいれたことも、販路拡大に繋がったのではないでしょうか」

面白いことができるはず。直感を信じて入社

おしゃれで洗練されたパッケージを作るモリタの代表…ということで、「学生時代は美術やデザインなどに長けていたのではないですか」と近藤さんへ質問すると。

「全然!むしろ美術の授業は苦手なくらいでした」

と笑いながら答えてくれました。近藤さんは、オホーツク海に面した興部(おこっぺ)町出身。高校を卒業するまで、生まれ故郷で過ごしました。

「手先が不器用で絵が下手なのが、ずっとコンプレックスでした。かといって、スポーツが得意というわけでもなく。どちらかというと地味で普通の学生でした」

当時のことを振り返り、「狭い世界で生きていた」と話す近藤さん。親は役所に勤めており、身近な親戚も、公務員や病院関係、農家がほとんどという環境。進路相談で進学先を聞かれたときも、そもそもどのような大学があるのかさえ知らなかったといいます。

「当時はインターネットもなかったので、世の中のことが分からなかった。先生から『もう少し夢を持て』と言われたこともあります」

高校卒業後は、得意だった数学を武器に、北海道大学理学部へ進学。研究者を目指そうと考えていた時期もあったそうです。しかし、卒業後に選んだ道は、札幌に拠点を置く商社でした。

▼Vカット製法を用いた紙製のランプやテープカッター、ティッシュケース
ミニマムアイヌ・ルウンペ

「研究自体は好きでしたが、一生の仕事となると、話は別。農業経済など、経営の分野にも興味があったので、だったら興部で育った自分には、地元経済を活性化させる仕事のほうが合っている気がしたんです」

入社後は、希望していた食品機械課に配属され、北海道各地の食品工場に向けて、食品を製造するための機械や設備を提案する仕事を担当しました。

仕事はやりがいもあり、順調に社会人としての生活を送っていた近藤さんに大きな転機が訪れます。妻の実家が経営するモリタ株式会社を継がないかと、声をかけられたのです。しかし、経営には興味があるものの、簡単に答えを出せる話ではありません。

「そのままサラリーマンでいた方がいいのではないか、とも思いました。当時勤めていた会社は、上場企業で安定した環境。そこから中小企業に移ることへの不安もありました。しかも、箱の製造という、先行きの見えにくい業界です。結局入社を決めるまで1年ほど悩みました」

▼箱屋として生き残るための差別化とは何か。模索し続けた私たちが辿り着いた答え、それが『デザイン』でした。

それでも、モリタに入ることを決めた理由は何だったのでしょうか。

「商社は、メーカーから製品を買ってクライアントに売る仕事です。でも、メーカーは製品そのものを自由に作れる。そこがいいなと思ったんです。それに、商社の仕事でもパッケージを目にしてきましたし、業界的にも近い。少しずつ、自分が経営しているイメージが湧いてきました」

先はわからない。それでも、面白いことはできそうな気がする。そう考えた近藤さんは、ついにモリタへの入社を決意します。

デザインの本質を学び、会社の未来を切り拓く

モリタに入社することを決めた近藤さんは、前職での引き継ぎを終えるまでの間、今後の経営方針について考え続けていました。

「すぐに社長に就任するわけではありませんが、何かを変えていかなければ、会社として生き残ることは難しい。当時は大手ハンバーガーチェーンのハンバーガーが100円など価格先行の時代だったんです。価格ではモリタは勝てないとわかっていたので、他社との違いをどう打ち出すかを考えていました」

商社の営業として働いてきた近藤さんにとって、他社との違いを考えることは、得意な分野のひとつです。では、箱屋が生き抜くための差別化とは何か。考えた末にたどり着いた答えが、デザインでした。

▼パッケージデザインは商品の顔です。
▼世界に1つだけのハコを丁寧に作り上げます。

「他が作っていないものを作るしかないと思ったんです。商社時代に、食品関連のEC立ち上げに携わり、デザインの魅力に気づいたこともヒントになりました」

そこで近藤さんは、デザインを学ぶため、モリタへ入社と同時にデザインの専門学校に入学します。そこで学んだのは、「課題をビジュアル化し、必要な情報を伝える」という、デザインの本質。また、後にモリタの自社サイト制作を担うことになる、アートディレクターやクリエイターとのつながりが生まれたのも、この専門学校への入学がきっかけだったといいます。

「学校に通ったことで、ブランディングという考え方も腑に落ちました。商社でマーケティングに関わっていた頃から言葉自体は知っていましたが、そこで初めて意味が分かった。『つながった』という感覚でしたね」

▼モリタの転機にもつながった「ブルーボトルコーヒー」のパッケージ制作。

その後、2020年には5代目の社長に就任。それまで常務として組織づくりを任されていましたが、今後はよりスピード感のある意思決定が必要だと感じ、自ら社長交代を申し出たといいます。

そんな近藤さんには、個人的に忘れることのできない仕事があります。それは、モリタの転機にもつながった「ブルーボトルコーヒー」のパッケージ制作です。

「ブルーボトルコーヒーさんは、ちょうどベンチャーとして成長しようとしていた時期で、モリタのイメージとも合ったのだと思います。日本向けのパッケージが完成したとき、オーナーさんがそれを気に入ってくださり、『アメリカでも使いたい』と言ってもらえたんです。ただ、印刷が本当に難しくて。うまくいかないこともありましたが、札幌まで来て印刷に立ち会ってくれたこともありました。大変でしたが、初めてアメリカに納品した仕事だったので、今でも強く印象に残っています」

▼箱屋の生きる道を「デザイン」に定め、その答えを胸にフランスの地へ。

箱づくりと田舎暮らしの魅力に惹かれ、北海道へ移住

ここでモリタの営業担当、下田さんにもお話を伺うことに。

東京出身の下田さんは、モリタに入社するまで、長く東京で暮らしてきました。大学では経営学部に進学し、卒業後はIT企業に入社します。

「学生の頃から、わりと無難な道を選んできていて、就職のときもこれといってやりたいことがあったわけではありませんでした」

▼こちらが、営業担当の下田傑さん。

社会人になってから、下田さんは複数の転職を経験します。

「IT企業の後は塾の事務職に転職しました。その後は大学の総務部です。どの仕事も、自分が求めていたやりがいを感じられなかった、というのが転職の理由でした」

そんな下田さんが、次の転職先として選んだのが札幌のモリタでした。きっかけは、ある求人媒体に掲載されていた募集記事です。現場の様子がブログのような文章で紹介されており、その内容に惹かれたといいます。

「『ただの箱』かもしれないけれど、商品にとって第一印象になる箱を作っている、という言葉が印象的でした」

▼旭川市に本店がある、「RAMS」のチョコレートパッケージ。
▼文房具収納パッケージ。

とはいえ、東京育ちの下田さんにとって、北海道への移住は大きな決断だったはず。不安はなかったのでしょうか。

「ちょうど結婚したタイミングで、子育ても含めて今後の生活を考えたときに、都会ではなく、田舎でのんびり暮らしながら働きたいと思ったんです。北海道は以前旅行で訪れたことがありました。食べ物もおいしいし、すぐそばに自然もある。いい場所だと思いました」

移住先は、夫婦で話し合いながら決めたそうです。

「妻は札幌から40kmほど離れた長沼に住みたかったんです。でも、会社は札幌ですし、雪国の経験もないので、冬の通勤を考えるとちょっと不安。JRが通っていて空港にも近い北広島の方が、現実的だろうということで決めました」

▼「納得のいく美しい箱が仕上がった時の達成感はもちろんですが、お客様から『ありがとうございました』という言葉をいただけるだけで、この仕事をやっていて本当に良かったと心から思います」と下田さん。

モリタには、営業職として入社した下田さん。担当するのは、お客様からの問い合わせ対応から、企画提案・仕様の調整・見積もり・製造・納品まで、パッケージ制作に関わる、一連の業務です。

「お客様に満足してもらう箱を作るには、イメージをしっかりくみ取ることが大切です。仕様が固まれば1か月半ほどで完成しますが、コストの相談をしながらイメージをすり合わせていくと、半年ほどかかることもあります」

箱のサンプルを見てもらいながら対話を重ね、要望を聞いていく。そんなモリタの営業スタイルが、自分に合っているともいいます。設計や構造を考える難しさもあり、行き詰まると何日も頭から離れないこともあると語る下田さん。仕事のやりがいを聞くと、少し考えてこう答えてくれました。

「綺麗で良い箱ができた、という達成感もありますし、『ありがとうございました』と言ってもらえるだけでも、やってよかったと思います」

▼北海道積丹ジン「積丹スピリット」のパッケージ。
▼「灘から世界へ」を掲げる菊正宗のパッケージ。
▼化粧箱には雪の結晶を表現した六角形の箱を採用した男山のパッケージ。

ローカルの強みを生かし、札幌から世界へ

最後におふたりへ今後について伺うと、近藤さんから素敵な未来設計が。

「工場をオープンファクトリーにしたいと思っています。現在も希望者には見学してもらっていますが、もう少し環境を整えて、一般の人にも開放したい。モリタのオリジナル商品を置いていただける店舗も、もっと開拓していきたいですね」

海外展開にも意欲的です。現在はアメリカへの納品が中心ですが、今後はヨーロッパにも市場を広げていきたいと考えています。実際、展示会をきっかけに、スペインから問い合わせが入るなど、少しずつ手応えも感じているそうです。

「打ち合わせはオンラインでできますし、通訳や翻訳ツールを使えば言葉の壁も大きな問題ではありません。10年前に比べたら、海外に挑戦するハードルは本当に下がりました。札幌にいながらでも、海外と仕事ができる時代です」

現場で働く下田さんも、自分に求められている役割を模索しながら、少しずつ視野を広げています。

「今後は、海外展開に向けて、語学や設計のスキルを磨いていきたいと考えています。ものづくりにも、もっと携われるようになりたいですね。自分で機械を動かしてサンプルを作れるようになれば、できる・できないの判断もしやすくなりますし、提案の引き出しも増えると思います」

近藤さんは、今後も拠点は札幌から移すつもりはないと断言します。その理由を、自身の出身地である興部町への思いと重ねながら、こう語ってくれました。

「子どもの頃、興部には何もないと思っていたのに、大人になってから魅力が見えてきた。世間的にも興部はチーズの町として有名になっていきました。海外と接するようになって、札幌もまた違う見え方ができるようになったんです」

加えて、こう話します。

「札幌にはアートディレクターも多く、クリエイティブなイメージをつくりやすい。ブランディングしやすい街なんです」

▼応接室の棚を彩るのは、これまでに手がけてきた数々のパッケージ。一つひとつの箱に、お客様と共に歩んだ物語が詰まっています。

北欧をはじめ「北」の地域は、世界的にも創造的なイメージと結びつきやすいといいます。北海道と「箱」が結びつけば、独自のブランドを築ける可能性がある。海外との接点が増えるにつれ、札幌という地名の認知が確実に高まっていることも、肌で感じているそうです。

「私たちも『京都で作られた着物』と聞くとなんとなく良いイメージが湧きますよね。いつか『北海道で作られた紙箱』も同じような印象を持ってもらえるように、今後もがんばっていきたいです」

箱づくりを通して、世界とつながろうとするモリタの挑戦。その根底にあったのは、札幌というローカルな場所だからこそ持てる視点と、ものづくりに対する思いでした。近藤さんと下田さんの言葉からは、モリタ独自のデザインの魅力や、北海道を拠点に働くことの可能性が伝わってきました。

▼「札幌だからこそ、見える景色がある」近藤さんと下田さんが語る言葉の端々には、独自のデザインに込めた誇りと、この地で挑み続けることの真意が宿っています。

近藤 篤祐さん

モリタ株式会社 代表取締役

近藤 篤祐さん

下田 傑さん

営業部

下田 傑さん

北海道札幌市白石区中央2条3丁目2-17

TEL. 011-831-1151

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