札幌の女子野球チーム「札幌ブルーシェ」。中学生から大人まで、約30名所属する老舗女子野球チームです。このチームで高校生以上で構成される「トップチーム」のキャプテンを務めるのが、今回取材する堀田菜月さん。堀田さんが野球に目覚めたころは「女子が野球をするのが珍しかった時代」だと、カラッとした笑顔で語ります。就職や結婚、出産に育児と目まぐるしく変わるライフスタイルの中で、野球を楽しみながら人生を歩む堀田さんにお話を伺いました。
前例のない女子野球の道を歩んできた学生時代
札幌市南区で生まれ育った堀田さんは、小さな頃から男の子たちと遊ぶのが好きな活発な女の子でした。そんな堀田さんが初めて野球のユニフォームに袖を通したのは、小学校3年生のときのこと。きっかけはほのかな恋心でした。
「サッカーか野球かで迷っていたんですけど、普段一緒に遊んでいたちょっと好きだった男の子が野球をやるというのを聞いて『じゃあ私も』って（笑）」
当時は、野球をやる女子がほとんどいなかった時代です。キャッチャーに憧れても「危ないからダメ」と言われ、少しでも試合に出ただけで新聞に載ってしまうほど。しかし、チームメイトたちは、女の子だからと特別扱いをせず、一緒に高め合う仲間として接してくれたといいます。
「あの頃の仲間とは、今でも一緒に野球をすることがあります。野球って、一生続くんだなと思いますね」
中学進学後は、野球部への入部を希望したものの、「女子は入れない」と断られてしまいます。しかし、この出来事がきっかけで、堀田さんは札幌の女子野球チーム「札幌シェールズ」に入団。
「どうしても野球をあきらめられなかったときに、少年野球時代の知り合いが紹介してくれたんです。試合を見に行ったら、グラウンドに立っているのは、女子ばかり。衝撃的でしたね（笑）。すごくかっこよくて、自分もここで野球をしたいと思いました」
当時の札幌シェールズは、社会人が中心のチーム。中学生の選手は堀田さん一人でしたが、「野球が好き」という同じ想いを持つ先輩たちに混じり、試合に出るために必死で練習に励みました。
高校では、やはり「女子だから」という理由で硬式野球部への入部がかなわなかったため、足腰を鍛えるために陸上部に入部。長距離選手としても活躍しながら、札幌シェールズで野球を続けました。その後、大学は釧路の教育大学の体育系へ進学し、そこで出合ったのが、準硬式野球部です。
「女子の入部は前例がなかったんですが、キャプテンにかけ合ってみたら入部の許可が下りて。大会にも出場させてもらいました。大学の4年間、札幌シェールズは進学のための休部扱いにしてもらっていましたが、ずっと私の背番号を残しておいてくれたんです。すごくありがたかったですね」
大学で、小学生以来久しぶりに男子選手と一緒に野球をした堀田さん。女子にはないスピード感や「考える野球」に触れ、ますます野球にのめり込んでいきます。それと同時に、女子ならではの強みも感じたそう。
「男子って、意外と声をかけ合わなかったり、バットやボールを拾うような細やかな気配りがなかったりするんです。でも、女子野球ではそれが当たり前。そういう女子特有の気の回し方を評価されたこともあって、うれしかったですね。考え方や学んできた環境の違いが、自分の武器になることもあるんだと感じました」
出産後半年でグラウンドに復帰
大学を卒業後、堀田さんは石狩管内に引っ越し、北広島市内の小学校に就職しました。札幌シェールズにも復帰し、やがて結婚。ご主人とは、大学時代に所属していた準硬式野球部が出会いだったと言います。
「夫は私より1つ年上で、大学の野球部ではショートを守っていました。その姿を見たら、キラキラと後光が差して見えたんです（笑）」
交際時期に厚岸で勤務していたご主人でしたが、堀田さんが「札幌シェールズで野球を続けたい」という想いを伝えると、その気持ちを尊重し、石狩管内の職場へ転職してくれたといいます。
「夫が夢をかなえてくれたんです」
そう語る堀田さん。結婚後は、仕事と野球、家庭を両立させる日々が続きます。
「仕事が忙しいから野球をしない、ということはまずないですね。お盆の時期には毎年、全国大会があるので、夏休みがしっかり取れる教員という仕事は、私にとってベストなんです。学校の運動会が終わったその足で、大会に行くこともありました」
「野球のために生きているようなもの」とも語る堀田さん。指導者として子どもたちに野球を教えたいという気持ちになったことはないのでしょうか。
「指導よりも現役のプレーヤーでいたいですね。実は一度、監督不在のときに代わりを務めたことがあるんです。そのときに、自分には無理だと思いました。監督になると、試合全体を見て、選手のことも考えなければならないので、プレーに集中できない。自分は監督には向いていないなと、身をもって感じました」
結婚から4年ほどたった頃、堀田さんは長男を出産。妊娠中は野球をお休みしていたものの、なんと産後半年で試合に復帰したそう。
「監督たちも私が野球が大好きなのを分かってくれていて、『席は残してあるから試合を見においで』と声をかけてくれたんです。で、見に行ったら『出たくなったんじゃない？』って言われて。ベンチの裏で授乳しながら試合に出させてもらいました（笑）」
育児で心が折れそうになる人も多い中、堀田さんは一度もつらいと感じることはなかったと話します。
「野球があったから外に出るきっかけもあったし、野球で鍛えたおかげで体力もあって、疲れを感じることもありませんでした。子どもと遊ぶのも楽しかったですよ」
選手がいつでも帰れる場所を守り続けたい
子育て中は仕事をすっぱりと辞め、育児に専念していた堀田さんですが、子どもの成長とともに、「もう一度社会に出たい」という想いが芽生え始めます。
「子育ては楽しいですが、それでも社会から孤立しているような感覚がありました。それに、体力が有り余っていて、もっと何かできるんじゃないかと思ったんです」
そこで堀田さんは、まず体を動かせる仕事として、保育園や幼稚園でのパート勤務を始めます。その後は小学校の支援員となり、仕事・家庭・育児・野球を両立させる生活が再び始まりました。
一方、札幌シェールズにも変化の時期が訪れ、「札幌ブルーシェ」へと名前を変更。現在は、中学生30名、高校生以上が7名所属するチームへと成長しています。
「お父さんやお兄ちゃんが野球をやっていて始めた子たちが多いですね。最近は、大谷翔平選手の影響で野球が好きになる子も増えています」
今は、女子が野球をやることも珍しくない時代。「でも…」と堀田さんは語ります。
「以前は、中学生から入部して、社会人になっても続けてくれる選手が多かったんです。でも最近は中学校3年間だけという子が増えて、高校からは別の野球部に行ったり、硬式に変えたりする選手も増えました。もちろん、もっと上を目指すのは良いことですし、応援もしています。ただ、その分、札幌ブルーシェの人数が減ってしまうという危機感もあります」
こうした状況の中で堀田さんが大切にしているのは、「いつでも帰ってこられる場所を守ること」。自身も、人生のさまざまな場面でチームから離れざるを得なかったときに、何度でも迎え入れてくれた場所があったからこそ、今も野球を続けられているといいます。
「チームだけじゃなく、女子野球を支えてくれる連盟の存在も大きいです。私が中学生の頃から社会人として女子野球を続けてくれている方たちがいたからこそ、ここまで大きくなったと思います。その歴史を絶やしちゃいけないと、いつも感じています」
中学生が中心の現在のチームは、とても明るくにぎやかな雰囲気です。しかし、年齢層が幅広いチームだからこそ、「社会に出ても恥ずかしくない人を育てたい」と話す堀田さん。
とはいえ、上下関係の感覚が薄れつつある若い世代には、指導の難しさを感じることもあるそう。
「グラウンドに出たらみんな同じでいいんです。でも、私生活では先輩後輩の関係を守ることも大事。社会に出たら必要になる力です。そのためには、まず私たち大人が見本となる姿を見せなければと思っています。全国優勝を目指しているチームだからこそ、当たり前のことができるようになってほしい。外から見ても、あいさつが気持ちよくて元気な、愛されるチームにしたいですね」
野球を続けてこられたのは、チームのサポートがあったから
プレーヤーでありながら、チームを引っ張る立場にもある現在の堀田さん。そのバランスに葛藤を抱く場面もあるといいますが、自身の野球に対する姿勢は一貫しています。
「私のやり方は見せることなんです。声は誰よりも出す。全力疾走をする。怠慢なプレーは絶対にしない。常に全力で、あいさつも一番に。『もうすぐ40歳だぞ！』って言われても、そこは譲りたくないですね（笑）」
特に中学生の年代は、心も体も大きく変化する大事な時期。生理周期による体調の変化など、女子ならではのコンディションにも、チームとして細やかに寄り添っています。
「全国大会には親御さんが帯同しないこともあるので、最初に『体調のことは遠慮なく言っていいんだよ』と伝えています。監督も含めてみんな女子だし、お母さん方もサポートしてくれるから、怪我でも、生理でも隠さなくていいんだよって」
仕事・家事・育児・野球と、多忙な堀田さん。毎日、どのように時間をやりくりしているのでしょうか。
「私が今、一番大切にしているのは育児です。だから仕事も、息子が帰ってくるまでの時間に働いています。ただ、うちの夫はすごく主婦力が高いんです（笑）。料理も家事も育児もできる。私も夫も、父親と母親どちらの役割もできちゃうタイプなので、できる方がやっています。仕事も野球も、お互いにやりたいことを平等にやっていこうという家庭ですね」
札幌ブルーシェでは、堀田さんの出産後に「主婦枠」がつくられ、子育てをしながら野球を続けられる環境が整いました。試合中は、保護者やチームメイトが子どもの面倒を見ることもあり、そのサポートのおかげで野球を続けることができたといいます。
「私と同じように育児をしながら野球を続けているチームメイトもいて、土日や夜に出られないときは、平日の午前中に一緒に練習したこともあります。仕事が終わってから、子どもが帰ってくるまでの時間にバッティングセンターやトレーニングに行くこともあるんです。学生には負けられないって気持ちは、今でもずっと持っています（笑）」
80歳まで現役で！女子野球の魅力を発信し続けたい
これから挑戦したいことを尋ねると、堀田さんは迷わずこう答えました。
「エスコンフィールドで大会をしたいです」
堀田さんの長男が所属する少年野球チームはすでに、エスコンフィールドで試合を経験したそう。「私もあそこで試合がしたい」と目を輝かせます。
「女子野球も、エスコンフィールドで試合ができるくらい認められる存在になってほしいですし、そのためにレベルも知名度も上げていきたいと思っています」
楽しい野球だけでなく、「しびれるような」試合をしたいと語る堀田さん。
「今、うちのチームは中学生が主体なので、高校生以上で構成しているトップチームの元気がちょっとないんですよね。トップチームの練習時間や練習内容を工夫して、大人たちも活躍できる試合ができるように盛り上げていきたいです」
また、北海道全体の女子野球について、堀田さんはこう話します。
「全国大会に行くと、まだまだ力の差を感じます。関東などに比べると、北海道は女子野球の人口が少ないですし、その中で、どうやってレベルを上げていくか考えていきたいですね」
とはいえ、今は子育て優先の時期。特に、長男も少年野球を始めたこともあり、女子野球の活動にほとんど参加できなかったそうです。今は、チームや連盟に甘えさせてもらっている部分もあると話す堀田さん。しかし、仲間と一緒にチームを一緒に盛り上げていきたいという気持ちは、常に一貫しています。
「私は、普及や発展といった大それたことを言える立場ではありません。それでも、今までの経験で学んだことを伝えながら、どんな年齢でも楽しく、刺激し合いながらプレーできる女子野球の魅力を発信していきたいと思っています」
一度は野球から離れてしまったものの、もう一度グラウンドに戻りたいという人たちに向けて、堀田さんはこんな言葉を残してくれました。
「うちのチームは、本当に野球が大好きな人たちが集まっているチームです。野球への情熱さえあれば、年齢もブランクも関係なく、平等に楽しめるのが野球の良さ。一度野球を辞めてしまった人でも、いつでも待っているので、安心して戻ってきてほしいですね」
最後に、堀田さん自身の現役生活のゴールを聞いてみると、「80歳です！」と即答。
「全国大会に行くと、本当におばあちゃん世代の選手がいるんですよ。男子にはマスターズリーグとか還暦野球とかがありますけど、女子は中学生と同じ大会に出ている（笑）。そんな姿を見ると、私もずっと野球をやっていたいと思います」
堀田さんの野球への熱い想いや、前例なき道を切り開いてきた力強さ、そしてチームへの深い愛情がひしひしと伝わってくるインタビューでした。「帰ってこられる場所を守りたい」という言葉は、さまざまな事情で一時的に野球を離れざるを得ない人にとって、心強い支えになるはず。これからも、北海道の女子野球を盛り上げていってくれることを期待しています。
