あしたをつくる、ひと、しごと。

  1. トップ
  2. 仕事や暮らし、このまちライフ
  3. いくつになっても夢は叶えられる。「卓トレ 札幌店」

仕事や暮らし、このまちライフ

いくつになっても夢は叶えられる。「卓トレ 札幌店」

2025.10.27

share

2025年8月に北海道札幌市に初上陸した「卓トレ」。24時間365日、会員登録すればいつでもひとりで卓球を楽しめる卓球練習場で、すでに本州では26店舗展開されています。今回取材するのは、この卓トレを札幌で開業したオーナーの寺井靖広さん。実は寺井さん、卓トレの運営は副業であり、本業は別にあるそうです。寺井さんと卓トレの出合いや、開業しようと思ったきっかけ。なぜ副業でスタートしたのかなどを伺います。

心に残った上司からの思いがけないひと言

寺井さんが生まれたのは、北海道の苫前郡(とままえぐん)にある羽幌町(はぼろちょう)で栄えた築別探鉱(ちくべつたんこう)です。小学校1年生のときに町は閉山し、家族とともに留萌へ移り住みました。小学校時代は野球一筋。小学6年生のときには野球の北海道大会で優勝したこともありました。自宅では、食後のテーブルに簡易的なネットを張り、父が営む塗装会社に住み込みで働いている職人たちと卓球を楽しむこともあったといいます。

こちらが、卓トレを札幌で開業したオーナーの寺井靖広さん

中学では野球部に入部したものの、野球への情熱が燃え尽きてしまい、上下関係も厳しかったことから、入部半年で退部。先輩が少なく、のんびり活動できる卓球部に入り、卒業までの2年半を過ごしました。高校では、足の速さを生かして陸上部に所属し、短距離選手として活躍。

高校卒業後は、札幌にある大学の工学部へ進学し、電子工学を専攻します。札幌で教養課程の2年間を過ごした後、神奈川県のキャンパスに移り、専門課程を履修。車好きだった寺井さんは、卒業後もそのまま関東に残り、東京の大手自動車部品メーカーに就職しました。

「当時、自動車電話というのがあったんですよ。入社後は、その無線機などを開発する部署に配属されました」

寺井さんはその技術を買われ、その後国内大手通信会社へ出向。同じように高度な通信技術を持った競合の自動車メーカーの人々と協力しながら、通信事業の立ち上げに関わります。

「通信会社への出向は1年で終わりましたが、技術者として1年間のブランクはかなり大きかったですね。そんなこともあって、自動車部品メーカーを退職し、一度北海道に戻ることにしました」

帰郷後、寺井さんは北海道に拠点を置く通信会社に転職。しかし、地方拠点の会社は東京の会社と比べて業務上の主導権や裁量が少なく、物足りなさを感じるようになります。3年間北海道で勤務した寺井さんは再び上京し、かつて出向していた通信会社に転職しました。

「転職後、社内で首都圏の携帯販売店舗を拡大するプロジェクトが始動し、店舗開発のプロジェクトメンバーに選ばれたんです。2年間、関東一円を飛び回りながら70店舗を新規オープンさせました。古い物件を内装から整え、きれいにしてオープンさせるのは、すごく達成感がありましたね」

しかし、そんな寺井さんに、当時の上司はある言葉を投げかけます。

「『仏作って魂入れず』と言われたんです。外から見たら立派なことをやっているけれど、中身が伴っていないという意味のことわざです。つまり、店舗という仏を作っても、魂となる経営はしていない。経営するのは代理店さんや通信会社の営業部門です。そういう人たちから見たら、自分は中途半端な仕事をしているように見えるんだろうと思いました」

やりがいを感じていたときに上司から言われたこの言葉は、その後も寺井さんの頭の片隅から離れることはありませんでした。

人生の転機になった卓トレとの出合い

北海道から再び東京に戻り、長きにわたって通信事業に関わってきた寺井さんでしたが、2021年に突如として「住宅ローンアドバイザー」という、これまでとはまったく異なる金融部門への異動を命じられます。主な業務内容は、住宅ローンの営業や契約、融資までのサポートです。この異動は寺井さんにとって1つの転機となりました。これまで首都圏や関西エリアに展開していた住宅ローンの事業を、札幌にも拡大するという話が持ち上がったのです。

「上司が、私が北海道出身だと知っていて、『北海道に帰るつもりはないか』と声をかけてくれたんです。それはぜひ!と即答しました」

こうして札幌への帰郷が決まった寺井さんですが、その1年半ほど前に、もうひとつの転機が訪れていました。

それが、卓トレとの出合いです。

そのきっかけは些細なことだったそう。寺井さんはある日、テレビで卓球の世界大会を目にし、日本選手が中国選手を相手に奮闘する姿を見て、中学時代に卓球部で過ごしたことを思い出しました。

「また卓球をやってみたいと思ったんです。当時、運動不足解消のためにウォーキングをしていましたが、ちょっとコースにも飽きてきたので、代わりに卓球でもやってみようかなという軽い気持ちでした」

そこで、当時住んでいた東京都府中市で、卓球ができる場所はないか調べてみた寺井さん。サークルや卓球教室は見つかりましたが、寺井さんが卓球をしたい目的は、友人をつくったり、大会に出たりするためではありません。そんなとき、自宅から歩いて15分ほどの場所に「卓トレ」という店があることを発見したのです。

「バッティングマシンのように、自動的に球が出てきてひたすら打ち返せるんです。しかも、24時間営業で、いつでも好きなときに卓球ができる。これはいいと思い、早速入会しました」

こうして寺井さんは卓トレの会員となり、札幌へ戻るまでの間、子どもの頃に親しんでいた卓球を再び楽しむようになります。

若い頃の夢とあの言葉で、開業を決意

いざ、札幌に帰郷した寺井さんでしたが、東京時代に通っていた卓トレを自分で開くという発想は当時まったくなかったといいます。しかし、寺井さんの記憶の中には、そのきっかけとなる原風景が刻まれていました。

それは、息子さんがまだ小学生だった頃にさかのぼります。野球をやっていた息子さんのために、家族でよくバッティングセンターに通っていた寺井さんは、そこでいつもニコニコしながら働いていた管理人の姿を見て、「老後はこういう裏方の仕事をしたい」と思ったそう。

「札幌に戻るタイミングで定年を迎え、今後のライフプランについて真剣に考えたときに、その管理人さんのことを思い出したんです。以前、上司から言われた『仏作って魂入れず』という言葉も心の奥にずっとひっかかっていて、形だけではなく、本当に中身のある仕事がしたいとも思いました」

「仏に魂を入れる」ため、店内にご意見箱を設置し、利用者の要望を出来る限り叶えていきたいと話す磯辺さん。利用者に寄り添いつつも、バッティングセンターの管理人のように、むやみに利用者と会ったり話したりしない距離感が利用者にとって心地良いのではないかという考えのもと、裏方に徹して取り組まれています。

そのとき寺井さんは、東京で卓トレに通っていたことを思い出し、札幌に卓球を好きな人が気兼ねなく楽しめる場所をつくりたいと考えました。

「北海道にも、卓球ができる体育館やスクールはありますが、もっと気軽に楽しみたいという人もいるのではないかと思ったんです。2年半前、札幌に帰郷した年末に中学時代卓球部の友達と久しぶりに卓球しようぜって話になり、ススキノの某娯楽施設で卓球したんです。久しぶりに一つのボールを使った対面卓球は楽しかったのですが、ラリーよりエラーのボールを拾う動作で早々にバテてしまいました笑」

このときの経験から、マシン相手の卓トレを同じような思いをもつ札幌にいる方々へご提供したいと思ったのが起業の決定打でしたと話す寺井さん。

「北海道にはまだ卓トレの店舗がなかったので、65歳の再雇用終了前に、まずは副業としてやってみようと思いました」

こうして寺井さんは、札幌初となる卓トレの店舗を、自ら立ち上げる決意を固めました。第二の人生として個人事業主の道を選んだ寺井さんのことを、周囲の人々も応援してくれているといいます。

「妻は『やってみたらいいんじゃない』と言ってくれましたし、会社にも副業申請を出して承認してもらいました。本業の仕事をしながら、店舗の掃除やメンテナンスに顔を出すスタイルなら、副業でもできると思ったんです」

難航した物件探し。救世主のおかげで店舗をオープン

店舗をオープンするまでは、さまざまな苦労があったと語る寺井さん。特に、物件探しの際は、個人事業主という立場がハードルとなり、かなり難航したと話します。

「不動産会社から『法人ですか、個人事業主ですか』と聞かれて、正直に個人事業主と答えると、ほとんどの会社から法人じゃないことを理由に断られるんです。ネットで問い合わせたときは、返事が来ないなんていうこともざらでした」

しかし、そんな状況の中でも、親身になって対応してくれる不動産業者が現れます。希望のエリアだけでなく、幅広い地域の物件を紹介してくれたそう。その中で、不動産会社の営業担当者とも縁のある、現在の場所に店舗を構えることができました。

物件が決まった後の内装業者探しでも、同じように個人事業主の壁にぶつかります。しかし、ここでも救いの手を差し伸べてくれる人が現れ、内装業者やデザイナーを紹介してもらうことができました。寺井さんは、店舗の内装にもこだわったといいます。

「卓球って球が軽いから、隣の台の方にもコロコロと転がって行ってしまうんですよ。隣で知らない会員さんが使っていると、拾いに行くのに気を遣ってしまうんですよね。私にもそういう経験があったので、気兼ねなく練習できるように個室にしました」

個室は2部屋あり、プライベート空間で卓球に熱中できます。
球をひろいやすいよう、ブロワーやボール拾いネットなど完備!

ほかにも、下の階のテナントの迷惑にならないよう、床に防音マットを敷いたり、球拾いが面倒な人でも楽しめるような遊び心のある仕掛けを作ったりと、さまざまな工夫を凝らしています。そして、2025年8月1日、札幌初となる卓トレがついにオープンしました。

「ここまでやってこられたのは、救世主と呼べるような方々と出会えたおかげです。オープンしてからも、ご縁でつながった業者さんが情報発信してくれたり、息子夫婦も集客のためにSNSに投稿してくれたりしています」

札幌に、マイペースで卓球を楽しめる場所をつくりたいという思いを実現した寺井さん。あらためて現在の心境を伺ってみました。

「上司から言われた『仏作って魂入れず』という言葉がずっと心残りでしたが、やっと自分でも納得できる仕事ができていると思います。昔、バッティングセンターで見た管理人さんのおじさんになってみたいという夢も叶いました。オープンしてまだ間もないですが、すでに何度も利用してくれている会員さんや、1日2回来店してくれる人もいます。私は、清掃と点検でほぼ毎晩店舗に入っていますが、皆さん、本当にきれいに使ってくださっていて、ありがたい気持ちで一杯です」

札幌は、のんびりしたリズムが心地よい街

現在は本業のかたわら、副業として卓トレを運営する寺井さん。本業の再雇用終了時期が65歳ということで、その後のビジョンを聞いてみると…

「65歳で本業を卓トレに切り替えたときにやりたいことは、もういろいろ考えてあるんですよ。でも、今ここで話すと誰かに先を越されてしまうかもしれないので、そこは内緒です(笑)」

寺井さんはそう言って、いたずらっぽく笑います。「今は会員が快適に使える環境づくりを第一に、日々の運営に向き合っていくことが大事」だとも話してくれました。

「会員さんにはなるべく自由に過ごしてもらいたいので、あえてあまり接しないようにしています。東京の生活が長かったせいかもしれませんね。東京では一人にさせてほしいという感覚の人が多い気がします。札幌の人はそうでもないのかもしれませんが、私は、誰も予約が入っていない時間に車で来て、そっと掃除をして帰っています。なので、卓球選手のように叫んでもいいし、好きなように楽しんでもらいたいですね」

2店舗目の計画について尋ねると、「今は考えていないです」と即答。

「年明けから物件探しに奔走し、ようやくオープンにこぎつけたところですからね。それに、もともと卓トレはお金を稼ぐために始めたものではないので、ご縁があれば、くらいの気持ちです」

長い時間を過ごした東京での生活を終えて帰郷した寺井さんの目に、札幌の街はどのように映っているのでしょうか。

「何十年かぶりに戻ってきて、一番いいなと思ったのは、生活のリズムがとてものんびりしているところです。例えば、エスカレーターを急いで駆け上がる人はほとんどいないですよね。市電も、最初は『もうちょっと早く走れないのかな』なんて思いましたが、今はこのスピードが心地いい。そうそう、これだよこれ、という感じです(笑)」

若い頃に過ごした東京時代の生活も、それはそれで良かったと語る寺井さん。年齢を重ねた今だからこそ、札幌のゆっくりしたリズムが合っていると話します。

「もう東京に戻るつもりはありません。札幌に卓トレを出そうと決意したのも、そのためです」

これから新しいことに挑戦しようとしている若い世代に向けて、寺井さんはこうメッセージをくれました。

「私は、定年を間近に控えてやっと、先のことを考えましたが、できれば若いうちから自分の将来についてじっくり考える時間をつくってほしいですね」

そして最後に、こんな言葉で締めくくりました。

「今は転職のハードルも下がっている時代ですから、自分に合わないと思ったら仕事を変えてみるのも良いかもしれません。ただ、一度立ち止まって、自分にとっての『働きがい』とは何かを考えてみることも大切にしてほしいですね。ときには苦労することも必要ですし、失敗も、必ず自分の糧になりますから」

新しい一歩を踏み出すのに遅すぎることはない。そんなことを実感させられるインタビューでした。定年を間近に控えながらも夢を叶えた寺井さんの姿は、年齢を理由に挑戦をためらう人だけでなく、若い世代にも大きな刺激となるはずです。65歳になったとき、寺井さんがどんな挑戦をしているのかと思うと、とてもわくわくした気持ちになります。

トラブルがある場合を除いて、基本的に入室から退場まで誰とも接触せずに完全プライベート空間で卓球を楽しめます。
30分単位から気軽に卓球を楽しめるので、リフレッシュしたい方はぜひご利用ください!
寺井靖広 さん

卓トレ札幌 オーナー

寺井靖広 さん

北海道札幌市豊平区豊平4条3丁目3-2
さんぱちBLD II 3階

ホームページ

Instagram(ご利用方法はこちら)

キャラクター