「impサポートセンター」は、医療機関や福祉施設の感染予防を行い、施設内で感染を広げないためのサポートをしています。このセンターの代表であり、感染管理コンサルタントの伊藤幸咲さんにインタビュー。日本看護協会認定の「感染管理認定看護師」の資格を取得しようと思ったきっかけや、感染管理の重要さ、今後叶えていきたい夢などを伺いました。
幼少期の入院体験をきっかけに、看護師の道へ
伊藤さんは、オホーツク海に面した湧別町の出身です。中学を終える頃にはすでに「看護師になる」と心に決めていたといいます。そう決意したきっかけになったのは、幼い頃のある忘れられない体験でした。
「2歳くらいのとき、肺炎で1カ月半ほど入院したんです。しかも小児科の病棟ではなく、一般病棟だったんですよね。そのときに、看護師さんたちがすごくかわいがってくれたんです。病院の隣にあった看護師さんの寮に連れて行ってもらったり、お菓子を買ってくれたりしていました。そのときのことがずっと心に残っていたんです」

高校進学後もその気持ちは揺らぐことなく、看護師への道をまっすぐに歩みます。高校卒業後は、旭川にある看護専門学校に進学。しかし、入学してから、かなり勉強に苦労したと伊藤さんは話します。
「地元の高校では上位の成績だったんですが、道内の各地から集まった同級生と比べると全然歯が立たなくて。ついていくのに精一杯で、赤点も何度も取りました。でも辞めたいとは思わなかったですね。学費や生活費を親に出してもらっていることを考えたら、簡単に辞めるなんて言えなかった。だから、必死で食らいついていきました」
校則も厳しく、ジーパンの着用やマニキュアは禁止。それでも3年間頑張り通し、看護師国家試験に合格します。卒業後に就職したのは、遠軽町にある総合病院。当時は、約300床を備えることもあった大きな病院です。伊藤さんは、配属先に迷わず外科を選びました。
「実習をしているときから外科がいいなと思っていました。外科って、手術をして回復するのが目に見えてわかるじゃないですか。そういうメリハリがはっきりしているところがいいなと思ったんです。術後はベッドから起き上がれなかった患者さんが、少しずつリハビリをして動けるようになり、体に入れている管も取れて、最後は元気に帰って行く。その姿を見るのがうれしかったですね」

こうして伊藤さんは、地域医療を支える病院の外科看護師として、キャリアをスタートさせました。
感染管理認定看護師の資格を取得
外科病棟で経験を積んでいた伊藤さんは、やがて手術室に配属されることになりました。そして、この異動は、伊藤さんに一つの転機をもたらします。清潔・不潔の区別が徹底される空間で、器具の洗浄・消毒・滅菌に携わるなか、感染対策に強い関心を抱くようになったのです。
「手術の際は、使用する器具を滅菌してから患者さんに使います。滅菌って、目に見えない菌を限りなくゼロにする作業なんです。ピンセットやハサミなどの手術で使用する機材は繰り返し使うので、きちんと洗浄・消毒・滅菌をして、次の人に使えるように整える。それを私たち看護師や助手が担っていました」

手術室自体はクリーンルームという設計になっており、一般的な環境に比べて清潔な状態が保たれています。それでも、器具の消毒手順を一つ間違えるだけで菌が混入し、感染を引き起こす可能性があるそう。例えば、医師や看護師は滅菌手袋を着用しているため、表面は清潔でも、内側では時間とともに菌が増殖してしまいます。万が一、器具などが当たって手袋に穴が空いてしまうと、そこから感染するリスクがあります。
伊藤さんは、そのリスクを回避するために、手袋を3時間おきに交換することを提案。そして、その提案は、手術室でのルールとして運用されることになりました。
「当時、私は看護師の中で主任という立場に昇格していました。だから、常に新しい情報を収集して手術室の清潔を保たなければ、という責任感があったと思います」
その後、伊藤さんは、日本看護協会が認定する「感染管理認定看護師」の資格を取得。感染管理認定看護師とは、感染に関する専門知識を備えた看護師のこと。病院内での感染症の発生や拡大を防ぐ役割を果たします。病院には、インフルエンザやノロウイルスなど、日常的に感染のリスクが潜んでいます。医療スタッフが感染すれば、そこから院内全体に広がる恐れも。そうした事態を防ぐのが、伊藤さんの仕事です。
「看護師さんたちも忙しいから、小まめにアルコール消毒してねと言ってもなかなか完璧にはできないというのはわかります。でも、だからといって仕方ないで済ませてしまってはダメなんです。仮に、がんや骨折の治療で入院している人が院内でインフルエンザに感染してしまったら、本来の治療が遅れてしまうことになるんですよ」
伊藤さんは、他の看護師やスタッフたちにも協力してもらいながら、院内の感染対策に取り組みました。研修会では、参加者が楽しみながら感染対策に興味を持てるよう、さまざまな工夫を凝らしたそうです。

「病院内にある講堂と呼ばれる大きなホールを会場にして、感染対策の研修会を行いました。でも座って聞いてるだけじゃつまらないから、講堂を渡り歩きながら手を洗ってもらい、ハンドクリームのサンプルを渡したりして、エンターテインメント性をもたせたり。後輩からは、すごい斬新なことを考えましたねって言われてましたね(笑)」
やがて、伊藤さんの活動の場は、医療機関以外へも広がっていきます。感染対策に困っている、近隣の高齢者施設や保育所などからも研修会の依頼が舞い込むようになり、地域全体の感染対策に携わるようになりました。
「施設内で感染対策が不十分な部分を見つけて、指導することもありました。でも、このまま地方の総合病院にいたまま感染対策をするには限界があると感じるようになったんです。だから、思い切って札幌に出ようと決めました」
札幌への転勤。そして、念願の会社設立!
伊藤さんが札幌へ向かおうと考えたのは、フリーの感染管理コンサルタントとして活動したいという思いがあったからです。ただ、すぐに独立するには準備不足だと感じ、まずは遠軽から札幌の総合病院への転勤願いを申し出ました。
当時、遠軽の病院では感染管理認定看護師の資格を取得し、看護師長を務めていた伊藤さん。しかし、札幌の病院では役職を外し、看護師として現場に立ち戻ります。1年目の配属先は血液内科病棟でした。白血病など免疫が大きく低下した患者を担当する部署で、感染管理が特に求められる現場です。しかし実務が忙しく、抗がん剤治療の管理や患者のケア、記録作業など膨大な業務に追われ、帰宅が夜8時や9時になることも珍しくなかったといいます。
「13年ぶりに夜勤もしました。朝から夜まで休む間もなかったですね」
その後、術前管理センターへ異動。外科や手術室での経験を生かし、手術を控えた患者への説明やスケジュール調整を担当しました。そして、札幌での勤務から2年が経った頃。伊藤さんは、遠軽の病院で一緒に働いていた医師から、札幌でのクリニック開業を手伝ってほしいという連絡を受けます。

「札幌の病院での勤務を続けていたら独立は難しいだろうと感じていたところだったので、ちょうど良いタイミングでした。副業としてコンサルタント業を行うこと、将来的に会社を立ち上げることを条件に、クリニックを手伝うことにしたんです」
そして2年後、ついに「その時」が来たと感じた伊藤さんは独立を決意します。
「感染の専門家としてコンサルをやりたいと話していたら、協力してくれる人がどんどん集まってきてくれたんです。開業届の提出から事業の枠組みを考えることまで、すべて手伝ってくれました。社名も、みんなで一緒に考えたんです」
こうして、2019年5月に、伊藤さんは「impサポートセンター」を設立。念願だった感染管理コンサルタントとしての活動をスタートさせました。

コンサルとして現場に入り、感染管理の意識を高めたい
伊藤さんが会社を設立した2019年は、コロナ禍が始まった年でもあります。感染管理の専門家として期待される分野だったとはいえ、当時はまだ認知度が低く、思ったほど問い合わせは来なかったそう。感染のリスクを抑えるため、現場に出るのは控えるようクリニックから頼まれていたという事情もあり、活動の中心は宿泊療養施設や高齢者施設での感染管理の指導でした。
「看護協会や札幌市の保健所から依頼されて行っていました。病院勤務の看護師さんは自由に動けないから、フリーで活動できる私に声がかかったんです。それでなくても、当時はコロナの重症患者さんが多く、人手が足りない状況でしたからね」
やがて、コロナ禍が落ち着いてくると、状況は少しずつ変化します。高齢者施設からの研修依頼が増えてきたのです。

「高齢者施設の方たちは『あの時のような怖い思いはもうしたくない』という気持ちが強いんです。2024年の介護保険制度改定で、感染対策の研修や病院との連携を強化するという内容が追加されたことも、追い風になったと思います」
現在は、セミナーや研修の依頼が仕事の大半を占めていますが、伊藤さんが目指しているのはコンサルティング業務の拡大です。病院の感染対策に関わり、現場の意識改革や経営改善につなげたいという思いがあります。
「impサポートセンターには、サーベイランスサポートというサービスがあります。そのサービスで、ある病院で続いた発熱の原因が院内感染だとわかり、感染拡大を抑えたことがあるんです。その結果、抗生剤の使用量が3カ月で約70万円分、年間に換算すると280万円も減らせました。看護師さんたちの業務負担も軽くなり、人件費削減にもつながったんです」
近年、全国の病院が厳しい経営状況に置かれており、倒産する病院の数も増えているといいます。そんな状況のなか、感染管理はリスク管理だけでなく、経営を改善する手段としても大切です。
「サーベイランスサポートで感染状況を把握していけば、病院全体の感染対策も少しずつ上がっていくはずなんです。それこそが、私の本当にやりたいこと。そのためにも、まずはコンサルとして現場に入ることから始めたいと思っています」
認定看護師の仲間を集め、全国に活動を広げたい
伊藤さんは、今の仕事でどのようなやりがいを感じているのでしょうか。

「一番うれしかったのは、感染拡大を抑えた現場で、私がいなくなった後も低い感染率が維持できていたときです。感染率の低さが続いているということは、感染管理の質が上がったということ。そのために私は現場に行っているので、まさにそれがやりがいですね」
現場で一緒に携わったスタッフが、感染管理に興味を持ち、認定看護師を目指すようになったこともありました。そんなときに伊藤さんは、自分の信念は間違っていなかったと実感すると話します。
「今は、どうすればもっと多くの医療機関の担当者に感染管理の大切さを伝えたらよいか、一つずつ学んでいるところです」
次の目標は、一緒に活動する認定看護師を増やすことだと語る伊藤さん。そこには、事業拡大に伴ない、人員を増やしたいという理由のほかに、看護師の労働環境や待遇を改善したいという思いもあるそうです。
「副業で活動してくれてもいいんです。むしろその方がいいくらい。少しでも本業以外で収入を得る手助けをしたいと思って。他の医療施設に行くことで学びにもなるし、看護師は資格さえあれば年齢に関係なく働けるので、定年で現場から離れた人でも、バイト代わりに来てもらえたらうれしいですね。北海道だけでなく全国に広げたいと思っています」
伊藤さんが取得した認定看護師の資格は、全部で21分野の種類があるそうです。そうしたさまざまな分野の認定看護師を集めた会社を作り、必要な現場に派遣する事業にも興味があると話します。

「在宅医療が進んでいる今、そういう派遣ができれば、患者さんの不安を現場で直接聞いてサポートすることもできるんじゃないかと思って」
現在の拠点は札幌。今後も、札幌を離れるつもりはないと断言する伊藤さん。札幌は住みやすい街であると同時に、仕事面でもさまざまなチャンスに恵まれた場所だといいます。
「札幌に来てから、人とのつながりが増えましたね。おかげで、医療機関や高齢者施設だけじゃなく、障がい者就業支援センターや社会福祉協議会の地域サロン、地域包括支援センターからも声がかかるようになりました。コロナの後は、認知症カフェを再開するから感染対策のアドバイスをしてほしいと相談されたこともあります」
ここまで頑張ってこられたのは、多くの仲間がいてくれたおかげだと語る伊藤さん。仲間が集まれば知識も増え、それを次のチャレンジに生かせると話します。そんな伊藤さんは、札幌の若者にこんなメッセージを送ってくれました。

「札幌には、いろいろな人が集まる場所がたくさんあります。朝カフェみたいなのをやっている人もいますよね。そういうところに集まってくる人って、職種や年齢層も違うし、経験則もたくさん持っているから、いろいろなことを教えてもらえるんです。そういうコミュニティが札幌にはたくさんあるので、ぜひ活用してほしいですね。最近はオンラインでもつながれるけど、直接会って関わることでしか得られないものって絶対にあります。パワーがある若いうちに、どんどん動いてほしい。『考えるな、感じろ』です。失敗も含めて、動いた分だけ得られるものは多いと思います」
伊藤さんのお話を聞いて、私たちが安心して病院に通える背景には、現場で感染対策や衛生管理に尽力する方々の努力があることをあらためて知りました。多くの現場で培った経験と、人とのつながりを力に、これからも感染管理の大切さを広く伝えていってほしいです。

