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明日をつくる未来へのアクション

人生を「楽しむ」が原動力。舞台表現に挑み続ける人形劇師の物語

2025.8.7

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演劇の世界に情熱を注ぎ、人形劇師として活躍する後藤カツキさん。「大人と子どもが一緒に楽しめる舞台を創造する団体」である一般社団法人「トランク機械シアター」のメンバーであり、野外空間演劇「ドドド」にも参加する(以前取材した「ドドド」の記事はこちら)など、多彩な表現活動を展開しています。

「遊んでから決めたい」選んだ道と演劇との出会い

観客を喜ばせることにやりがいを感じ、演劇そして人形劇に打ち込む後藤さんは、昭和63年、小樽市生まれ。高校までは小樽で過ごし、進学先に選んだのは小樽工業高校(現、北海道小樽未来創造高等学校)の建築科でした。

「小さいころから工作や自由研究が好きだったから、建築の道を選んだのは自然なことだったのかなと思います」

高校生活を経て、多くの友人が就職を選ぶ中、後藤さんが選んだ道は異なりました。

「もうちょっと遊んでいたかったんですよね。人生を急いで決めるより、少し寄り道したかったんです」

こちらが後藤カツキさんです。

そう語る後藤さんが進学したのは、札幌にある専門学校札幌ビジュアルアーツのパフォーマンス科・俳優専攻(※現在、この学科は廃止となっています)。この2年間が、演劇にのめり込むきっかけとなりました。

「本気で演劇のことだけ考えていた2年間でした。高校の部活で演劇を経験している人も多く、最初は周りと実力差を感じて落ち込むこともあったけど、お客さんの反応がダイレクトに返ってくるのが、ものすごく楽しくて」

名優ジム・キャリーのようなコメディ演技に憧れ、自分の芝居で誰かが笑ったり驚いたりしてくれる経験に夢中になっていきました。

卒業後も進路も「ここで辞めたらもったいない、もっと特別な人間になりたい」と、そんな気持ちが原動力となり、後藤さんを本格的に演劇の道へと引き込んでいきました。

仲間、劇団と衝突、そして「演劇修行」の旅へ

専門学校を卒業後、後藤さんは同級生の仲間5人と劇団「平成商品」を立ち上げました。

「『平成を代表する消費物になれるように』っていう意味で、仲間たちみんなで決めました」

札幌の劇場を借りて公演を行い、初回から満員になるほどの手応えを感じていたといいます。ところが2年ほど経った頃、演出や脚本の方向性をめぐってメンバーと衝突。後藤さんは劇団を離れることになります。

「音楽性の違い、っていうとバンドみたいだけど、ほんとにそんな感じでした。悔しかったけど、自分のやりたいことを続けたかった」

その後加入したのが、「札幌ハムプロジェクト」という劇団でした。北海道内を巡業として、10~15人ほどのメンバーで、ワゴン車に舞台セットを積み、地方の町をまわって公演も行っていたそうです。

「『演劇体力』もリアルな『体力』もついたし、ある意味、人生で一番濃い2年間だったと思います」

ただ、厳しい現実もあったといいます。生計を立てるために、コールセンターでのバイトをしながら演劇活動を続けていましたが、生活は決して楽ではありませんでした。そんな濃い劇団生活を送っていたとある日、稽古中に演出家とぶつかってしまいます。

「今考えると若かったんでしょうね・・・気付いたら稽古場を飛び出していましたね」

取材中、何度も「当時は・・・」とこれまでの歩みを思い出しながら、当時の気持ちを振り返る後藤さん。

そう話す後藤さんの表情は、当時を振り返って、若気の至りとも、それが自分を貫く選択だったとも取れる表情で語ってくれました。ただ、それでも、演劇をやめることは考えませんでした。

「一人、また一人と、まわりの仲間が演劇から離れていくなかで、『俺はまだ楽しめるはずだ』って思えたんです。ここで耐えた、っていう気持ちもあったし、なにより、楽しくないならやめたほうがいいっていう視点もこの頃に持てるようになったんですよね」

取材場所の「あけぼのアート&コミュニティセンター」は、閉校となった旧「曙小学校」の跡を再整備した施設。

人形劇との出会いが、人生を変えた

ハムプロジェクトを離れた後、後藤さんのもとに舞い込んできたのは、「人形劇をやってみないか?」というお誘いでした。声をかけてくれたのは、現在「トランク機械シアター」の団長を務める立川佳吾さん。ハムプロジェクトのメンバーでもあった演劇の先輩です。

「ちょうど舞台に立てる場所を探していたし、『人形劇?なにそれ、楽しそう!』って、すぐに乗っかりました。この人形劇との出会いは、人生の一番大きな転機だったとも思ってます」

トランク機械シアターは、2012年に立川さんと保育士の方の二人で立ち上げた劇団です。「大人も子どもも一緒に楽しめる舞台をつくる」というコンセプトのもと、保育園や学校、地域のイベントなどで人形劇や児童劇を上演しています。

後藤さんはこの劇団で、俳優としてだけでなく、人形造形師としての才能も発揮しはじめます。最初に手がけたのは、団体の人気キャラクター「つぎはぎ」の二代目。初代は金属製で重たかったため、後藤さんは家電の梱包材などに使われる軽い素材を使って新しい人形を作りました。

こちらが後藤さんが手掛けた二代目「つぎはぎ」。

「3メートル級の人形をつくるときも、まず模型をつくって、それを型にして拡大していく。工業高校でやってた建築設計にも通ずるものがあったんですよね」

こうした「建築的思考」が、人形制作に見事に生きています。自分が作った人形を、観客が見て喜んでくれる――その反応が、後藤さんにとって何よりのモチベーションになっていきました。

また、後藤さんにとって大きな存在となったのが、「心の師匠」と慕う人形劇の大先輩・沢則行さん。出会いは、2015年のさっぽろ雪まつりで上演された人形劇オペラ「雪の国のアリス」という作品でした。沢さんのまわりには、さまざまな技術を持ったクリエイターたちが集まっており、後藤さんはその現場で多くのことを吸収しました。

「札幌の人形劇界隈には子供のころから携わる人が多いなか、僕のようなパターンは珍しいんですが、沢さんはそんなことは気にせず仕事に呼んでくれて、学ばせてもらえるのが嬉しくて。『人形劇師』っていう肩書きも、沢さんへのリスペクトを込めて名乗ってるんです」

そんな後藤さん、自身の表現を「純粋な自己表現」ではないと語ります。観客がどう感じるか、どう受け取るかを大切にしているそうです。

お客さんの「楽しい」第一に考え、自身の「楽しい」に繋げる後藤さん。

「特に子どもたちは反応が素直だから、『今日はお祭りだ!』って思ってもらえるように、子どもたちと接する時には、『舐められのスキル』を使って空気をつくってます」

この「舐められのスキル」というのは、後藤さん曰く、子どもたちが緊張しないで、人形や役者と接することができるようにする空気作りだそう。「制作も操演も両方が楽しい」という後藤さんの言葉からは、表現することの楽しさがあふれていました。

実際の公演の一コマ。

チームで広げる舞台表現と、巨大人形への挑戦

2023年4月、トランク機械シアターは一般社団法人として新たな一歩を踏み出しました。現在は5名体制で、後藤さんもその一員として運営や制作に携わっています。

劇場公演はもちろん、保育園や学校、地域イベントでの公演、ワークショップの実施、さらには企業の販促用として人形を貸し出すなど、活動の幅はますます広がっています。

「演劇でこんなにいろんな仕事ができるんだって、自分たちでも驚いてます。ニッチだけど、意外とニーズがあるんですよ」

実績も確かなもので、TGR札幌劇場祭では7年連続で各賞を受賞。文化庁や愛知人形劇センターが主催する新人賞・観客賞も複数回受賞しており、注目度は年々高まっています。

2025年8月には、札幌演劇シーズンでの上演が決定。演目は『ねじまきロボットα~ともだちのこえ~』で、過去にも好評を博した作品の再演です。会場となる札幌市こどもの劇場「やまびこ座」で、8月16日から23日まで公演される予定です。さらに、YouTubeチャンネルも開設し、SNSでの情報発信にも力を入れています。

2025年の札幌演劇シーズンでの公演ポスター。

そんな中、後藤さんがもうひとつ力を入れているのが、札幌の野外空間演劇「ドドド」での活動です。一度関わると抜け出せない『沼』的な魅力をもつこの団体は、約30名の個性豊かなスタッフで構成され、毎年独自の舞台作品を上演しています。

「演劇集団っていうより、祭りみたいなノリの場所ですね。みんなクセ強いけど、なんか面白くて、毎回関わっちゃうんです」

この日も、ドドドのメンバーでもある、大川ちょみさんと人形の制作に取り組んでいました。

今年の公演は2025年9月6日。まったく新しいSF作品の本公演が予定されています。今回、後藤さんが挑戦するのは、全長3メートルにもなる「謎の巨大人形」の制作と操演。その人形は、4人がかりで動かすダイナミックな存在で、物語のキーパーソンとなるそうです。

「人形が動くだけで、会場の空気が一気に変わる。その瞬間が、たまらないんです」

この巨大人形は、8月20日に札幌ドームで行われるイベント、札幌のミュージカル劇団「もえぎ色」さん主催のステージでもお披露目される予定です。人形劇と舞台演出、その両方の魅力を一気に感じられる貴重な機会となりそうです。

札幌でさまざまな表現を行う団体が活動するあけぼのアート&コミュニティセンター。

日常も表現も「楽しむ」が原動力――これから目指す未来

表現者として多忙な日々を送る後藤さんですが、生活の基盤は個人事業主として、八百屋さんの配達業をしています。週6日働いていますが、昼前には仕事が終わるため、午後は舞台や人形づくりにしっかり時間を使えるそうです。

「演劇の仕事だけで食べていけたらいいけど、現実はそう甘くない。でも、ちゃんと生活費を稼げる本業があるからこそ、創作を『楽しく』続けられてるんです」

また、プライベートでは、3年前に結婚。奥さまも演劇に携わる俳優で、出会いは10年以上前、後藤さんが客演した劇団「fireworks」でのことでした。

「お互いに演劇人だから、忙しい時期も支え合えるんです。休日が重なったら、サウナに行ったり、ちょっと遠くまでごはんを食べに行ったりして、しっかりリフレッシュしてます」

趣味はゲームやアニメ、漫画。創作のインスピレーションも、日々の癒しも、そこから得ているといいます。

そんな後藤さんが今、目指しているのは――「バズること」。

「『札幌という地方のまちで、なんか人形作りや人形劇をやっているやつがいるらしいよ』、って言われたいんです。目立ちたいし、注目されたい。単純だけど、それが一番の目標かもしれません(笑)」

この人形は巨大人形を作るためのプロトタイプ。ここから図面を大きくし、実際には全長3mほどになるそうです!

札幌には、全国的にも珍しい常設の人形劇場「こぐま座」があり、子ども向けの講座も開かれるなど、実は人形劇の文化が根付いている地域です。後藤さん自身も活動を通じて、その魅力と可能性を実感するようになったといいます。

「日本でいちばん人形劇が盛り上がってるのって、実は札幌なんじゃないかって思うくらいです」

そして、もうひとつの大きな夢が、長野県飯田市で開催される「飯田人形劇フェスタ」への「有料公演」での出演。

「無料で出ることはできるけど、有料枠は競争率も高くて、本当に評価されないと出られない。だからこそ、そこを目指したいですね」

廊下の壁面には、過去の公演ポスターが全て貼られていました。

最後に、これから演劇の世界へ飛び込みたいと考えている人たちに、後藤さんはこんなメッセージをくれました。

「ちゃんとしてなくても、演劇もそうだし、人形劇って始められるんです(笑)。でも、楽しくなかったらやめていい。そういう気軽なもので良いと思っています。これで自分の人生が苦しくなるようなら、それは違うと思うんです」

挫折や迷いを何度も経験しながら、「おもしろい」を軸に歩み続けてきた後藤さん。その姿は、表現に関わるすべての人に勇気を与えてくれます。

人形劇師・後藤カツキさんのこれからの挑戦が、もっと多くの人に届きますように。

俳優・人形劇師・人形造形師/後藤カツキさん

一般社団法人 トランク機械シアター

俳優・人形劇師・人形造形師/後藤カツキさん

北海道札幌市中央区南11条西9丁目4-1 あけぼのアート&コミュニティセンター13号室

TEL. 090-8270-9565

https://www.trunktheater.net/

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